徒然雑感

2020/8/21 | 投稿者: pdo

藤井聡太二冠の誕生で、今朝のスポーツ紙やテレビのワイドショーは彼の話題で持ちきりのようだ。

こんなことは羽生善治七冠の時以来(藤井聡太のデビュー29連勝は除く)だろう。

杉本師匠はじめ、ひふみん、豊川七段、橋本(ハッシー)八段、女流の山口二段や香川三段などがテレビに引っ張りだこ状態。

将棋を知らない人でも藤井聡太やこれらの棋士の名前と顔は知っているというのは間違いなく将棋界にとってよいことだろう。

しかし、江戸時代や昭和の一時期のように、誰もが昼休みになると将棋を指したり、銭湯でワイワイ盤を囲んだり、道端で縁台将棋を指したりといった具合になればもっといいことだろう。

将棋を観る人口は増えていても、将棋を指す人口は増えておらず、テレビゲームなどが普及するようになってからは減る一方な気がする。

しかし、指す人口のレベルは間違いなく上がっている。ソフトの進化もあるし、オンライン対局などの環境もあり、実戦を指す対戦相手には困らない。

目指せ藤井聡太ということで、小学校に入る前から将棋を始め、トレーニングを積んでどんどん実力を伸ばす子供も確実に出てきている。

江戸時代の詰将棋作品は、知的芸術として世界的な基準に達していると思う。しかし、チェスのように真の国際的ゲームになるには色々とハードルが高く、海外で評価されるのは難しい。

藤井聡太が何よりもすごいのは、小学校の頃から詰将棋の解答創作ともにトップレベルにあったことだ。詰将棋の創作にはある種の美的センスが必要だ。彼は膨大かつ精密な読みの能力に加えて、芸術的感覚も備えている。

加藤一二三が、今回の二冠達成に際して出したコメントは、実によいものだと思う。

「この先、AI(人工知能)研究がいかに隆盛を誇ろうとも、藤井聡太二冠には人間の探究心と求道心の先にある芸術的な一手により、盤上での感動を追求し、将棋界を湧かせて頂けることを願っております」

最強の一手が常に芸術的であるとは限らない。しかし、今回の王位戦第四局で見せた封じ手の8七飛成は、盤上での感動を追求し、将棋界を湧かせる一手であった。

邪心なくひたすら勝ちを追求する先に、美しい芸術のような棋譜が生まれる。

しかし美しい棋譜は一人では作れない。真に彼のライバルとなりうる存在が出てくることを願っている。
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