王位戦第2局

2020/7/15 | 投稿者: pdo

王位戦第2局は、藤井七段が苦しい将棋を終盤でひっくり返して2連勝を収めた。

ニュースなどでは「大逆転」と大きく報じられているが、木村王位に明らかな悪手があったというわけではなく、終盤までギリギリの攻防だったのが紙一重の差で藤井七段有利に転んだ。

AIの評価値がなければ、最後までプロが見てもどちらが勝つか分からない勝負だっただろうし、ましてアマチュアが見て分かるわけがない。

もっとも、対局者は深いところまで読んでいるから、木村王位は途中で勝ちを半ば確信しただろうし、藤井七段はずっと苦しく、負けを覚悟した場面もあっただろう。そこから決して勝負を諦めずに最善手を尽くして粘っているうちに勝機が生まれた。最善手を指さなければ負け、相手が次善手を指したところで差を縮めるしかない。

紙一重の差で勝負がつくのがトッププロの世界で、そのほんの僅かな読みの差が天地の開きを生む世界だ。

語彙力がなくこの勝負の凄さを(特に将棋を知らない人に)伝える術がないのがもどかしい(関係ないが、キューバの元元首フィデル・カストロは熱狂的な野球ファンであると同時にチェスのファンでもあって、野球とは違ってチェスの試合の凄さが伝わらないのがもどかしいとどこかで言っていた記憶がある)。

スポーツのように、見ればある程度凄さが分かる(それでも素人には細かいところまでは分からないが)世界とは違って、頭脳勝負の世界は外から見て凄さが伝わりづらい。

それでもこれほどのニュースになるのは、藤井七段が17歳であるということも相まって(あと何日かで18歳になるが)、とんでもない才能を発揮しているということを誰もが直感的に分かるからだろう。

知らない人は、凄さの度合いを「プロセス」ではなく「結果」で測るしかない。

デビューから29連勝という「結果」、最年少タイトル挑戦という「結果」を出してきた藤井七段の実績は確かに前人未到である。

しかし、彼の「凄さ」は、例えば昨日の対局のような、人智の限りを尽くしてさらにそれをも超越したような終盤の指し手の「プロセス」の中に表現されている。

今日は札幌から大阪に移動し、明日には渡辺棋聖からのタイトル奪取がかかる棋聖戦第4局というビッグマッチに臨む藤井七段。

彼のやっていることの凄さを十分に伝えられないことがもどかしい。いや、僕も彼の凄さを十分に理解しているとはいえない。そのことがもどかしい。


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