so kakko

2019/11/24 | 投稿者: pdo

オザケンの新譜は、実はまだ怖くて聴けていない。

あのタイトルとあのジャケ、そして新曲「彗星」のMVを観て聴いて、これは今の自分に必要なものではないな、と無意識に判断してしまった。

きっと多幸感と大肯定感に溢れて「オッケーよ」という人たちも沢山いるのだろうし(というかほとんどがそうだろう)、「いまここにある宇宙の奇跡」とか自己啓発セミナーまがいのカルトっぽいテイストが(元々あったとはいえ)ますます前面に出て来たなあ、などと意地悪に水を差す気も毛頭ない。

彼を見ていると、めちゃくちゃ頭が良くて高学歴で高収入で意識高いけどイタい知り合いの姿とオーバーラップしてムズ痒さを感じてきた。

90年代はそれも含めて微笑ましかったが、アメリカから返ってきた今の彼が放っている高揚感にどうも違和感を覚える自分の感覚が、むしろズレているのかなとも思う。

このことについては改めて考えてみたい。


※この記事を書いた後に、小沢健二のあるツイートが排外主義的だといって軽く炎上しているのを知った。彼に政治的な求めることは間違いだと思っているし、反グローバリズム運動的なことをやっていたときにも胡散臭さを感じていたので、彼の発言に別段驚きはない。それよりも、発言へのリプライに小沢健二崇拝的な全肯定の意見がけっこうあることに衝撃を受けた。
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