棋士群像(糸谷哲郎九段)

2018/3/16 | 投稿者: pdo

昨日、藤井聡太六段が、順位戦C級2組の最終局で三枚堂達也六段に勝利し、全勝を決めた。

横歩取りで圧勝。

そんな藤井六段の次の対戦相手は、糸谷哲郎九段である。

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圧倒的な強さを見せつける藤井聡太を止めるのは、今季順位戦B級1組を全勝してA級入りを決めた、この糸谷哲郎しかいないのではないか、と注目の大一番である。

糸谷は、2014年、六段の時に、第27期竜王戦の挑戦者になり、森内竜王(当時)から見事竜王位を奪取している。

そのシリーズの第1局、ハワイで行われた前夜祭での糸谷のスピーチが話題になった。

当時の中継ブログから糸谷のスピーチの書き起こしを転載する。

「皆さんアローハ。私はあいさつに入ると、長くて分かりにくいと言われるので手短にしたいと思います。

昨日、領事館にうかがわせていただきました。そこで一つ啓示的な話をいただきました。

母の実家が鎌倉でして、鎌倉とハワイはある共通点があるという話をいただきました。

話を縮めますと、日本とハワイは精霊信仰、シャーマニズムという点において共通しています。

父方が宮島が実家でして、宗教と縁があるのですが、一神教とシャーマニズムの違いとして、観客に語りかけるか、神に交信するかという話をいただきました。

私は中高をカトリック系の学校にいましたが、ミサなどにおいて神父は聴衆に話しかけますが、ハワイや鎌倉に行こうというのは神そのものに話しかける。一種の交信儀式を行うわけです。これは将棋と近しいのではないかと。

将棋は哲学では神、世界、真理、存在とある程度同一視される、というと怒られるかもしれませんが。一つの世界そのものが神の代わりである。

ニーチェは『神は死んだ』と申しましたが、そういった意味での存在、真理、ただ一つのくつがえしがたいものを神などと隠喩する風習があります。

そういう点で将棋はある程度真理を目指す、神の存在ですね。神のメタファーになると思いますが、どこか真理を目指しながら、しかし、神にたどり着かない。ただ、対局者同士は神を目指すという行為ですね。

シャーマンも神にたどり着くという行為自体はなしえないわけです。交信することにおきまして、ただ、それを目指す。

というわけで、真理=神に近づけますように将棋を指していきたいと思います」


これを聞いた前夜祭の参加者は、宴会や酒の雰囲気もあって、専ら糸谷による奇譚くらいに捉えて、さぞかし苦笑いでもし合っていたのであろう。

もちろん糸谷が困った奴だとか思われているわけではなく、彼の愛すべきキャラクターは将棋界に知れ渡っている。

西遊会という関西の若手棋士の将棋普及活動チームでも先頭きって引っ張っている好青年である。

僕は糸谷のような若者がハワイで「将棋を通して神(真理)を探究する」という純粋な考えをまっすぐに人前で披露した姿に畏敬の念を覚える。

何か現代世界で喪われて久しい崇高なものの輝きをそこに見る。

糸谷九段と藤井六段が、二人で神を目指して対局する日が近づいている。

見逃せない一戦である。
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