断想

2016/11/26 | 投稿者: pdo

※キモいので能年玲奈(のん)のファン以外の人は読まないでください



たとえばボクシングや将棋のような勝負の世界だと、強い者が頂点に立つという意味での正義はある。
(物事をかなり単純化して言わせてもらえば)

しかし芸能界とかアートの世界というところは、必ずしももっともすぐれた才能が頂点に立つとは限らない。

ここ数年の能年玲奈(のん)の状況は、たとえて言えばメイウェザーとか羽生善治のような才能の持ち主が、試合にも出させてもらえず、世界の片隅にいることを強いられている状況だった。

業界に見捨てられた存在だった彼女を敢えて拾った片渕須直監督の英断で、声優での主演が決まったアニメ映画「この世界の片隅に」では、美しい容姿と表情の演技を最大の武器にしている女優が、声だけで勝負した。まるで利き腕をもがれて左手一本で戦うボクサーのように。

結果、彼女はその声の輝きだけで観客を圧倒し魅了した。

今では、すず役を能年玲奈以外の声優がやることを想像するのは、オードリー・ヘプバーン以外の女優が「ローマの休日」のアン王女を演じることを想像するのと同じくらい困難だ。

原作者こうの史代さんのファンページの掲示板を見ると、

「のんさんはすずさんを演じるために生まれて来られたんですね」

という書き込みがあった。

このように言われるのは、女優にとって大変名誉なことだ。

もちろんのん(能年玲奈)はすずさんを演じるために生まれてきたわけでもないし、天野アキを演じるために生まれてきたわけでもない。

久慈の人たちのために女優をしているわけでもないし、広島の人たちのために女優をしているわけでもない。

ただ、女優になるために生まれてきただけだ。

そして、彼女の演じた役柄が、それを見た人々にとって唯一無二の存在になったというだけだ。

「この世界の片隅に」は、能年玲奈以外の声優が主演しても、歴史に残る傑作であり名作になっただろう。

ただ能年玲奈が主演したことによって、この作品は尋常でない大傑作になった。

今年は日本映画の「当たり年」と言われているが、来年以降の日本映画界は、果たして能年玲奈という宝石にふさわしい作品を用意することができるだろうか?

片渕須直監督のような勇気と情熱ある映画監督は今の日本にいるだろうか?
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