ある女優の告白(13)

2016/6/28 | 投稿者: pdo

ウィリアム・シェイクスピア(人殺し1564年に生まれていろいろ1616あった年に死んだ作家)作『アントニーとクレオパトラ』の初演に向けての稽古は難航かつ激烈を極めました。

クレオパトラ役であるわたしは、当初アントニー役を務めることになっていた若手男優とどうしても反りが合わず、日々悩んでいました。

彼はよく稽古中にこんな風にわたしに話しかけました。

「自分のバイブレーションで見え方が決まる。全てのものがバイブレーションなんだよ。
全てのものがエネルギーであり、ある種の周波数で振動を起こしている。
だから、きみの現実の中に引き付けることが出来るのは、きみと同じ周波数のものだけ。自分のバイブレーションを上げれば、つまり、肯定的で統合された現実を自分が望むということを知っていれば、きみはその様にしか見えない。紫外線がきみにとって見えないのと同じように、自分の中にないものは、見えないのさ。」

「日本に自生してきた大麻には幻覚作用はほとんどなかったんですね。だから、戦前の日本ではそれをドラッグとして使うっていう発想自体が存在しなかった。戦前の社会を体験した人なら誰でも知ってるはず。戦後の日本人はアメリカに心も生活も支配されて、自分たちの伝統や誇りを忘れてしまった。それを復活させてアメリカ型の文明を変えないと、世界中での争いは絶えなくて平和にならない。ぼくが大麻の復活を願うのも、そこに理由があるんです。」

「麻薬みたいな扱われ方をするけど、調べてみると麻薬と定義されるものは何もない。医療的なメリットもあり、なんで法律で規制されるのか。日本中で考えたらおもしろいかな。警察とコミュニケーションをとりながら有効利用することが新しいカギだと思ってる。」

ところがある日突然、彼が稽古に出てこなくなりました。

調べによると、彼の妻、みいちゃん(22、愛称)は今月13日午後9時半すぎ、長男「飛翔龍(るんば)」ちゃんを出産。見守った彼は同日午後10時50分ごろに帰路につこうとしたところ、病院の駐車場で待機していたカメラマンに「おめでとうございます」と声をかけられ、写真を撮られると、不快感をあらわにし、後頭部を蹴りました。カメラマンは全治1週間の負傷を負う結果に。

直後に、「うれしすぎてケリを入れちゃいました」と話した彼。翌日の会見でも、「もう、うれしいっす! リアルでしたね。出たぁ!って感じ。グロさもあったけど感動した」と振り返るなど、待望の第1子誕生で、興奮覚めやらぬ状況だったようです。

取材マナーの問題も一部からは指摘されており、パパになって数時間で、子供の誕生日を汚す暴行傷害事件を起こす結果となった彼は、メディアへの不信感を強める一方。「かわいい子供を世の中に送り出していくので、ピースな愛のバイブスでポジティブな感じでお願いします」と注文をつけていた、とのことです。

この事件で警察に任意同行を求められた際(それが彼が稽古に出て来なかった日です)、彼は神奈川県愛川町の約26mの高さにある自宅マンションの9階から転落しました。建物から約9mも離れたフェンスに衝突しましたが、芝生に落下した為、頭蓋骨の開放性骨折など深刻な傷はあったものの、命に別状なし。この件について諸説ありましたが、本人はその時の記憶が全くないと話しているそうです。自殺説については、「これまで生きてきた中で、自分は死にたいと思ったことはない」と否定しているとのこと。後に自らのバンド谷崎卍名義の楽曲「IKUYO」でこの転落事故について歌っています。

そんなこんなで、アントニー役には急遽別の俳優を探すことになりました。

何度もオーディションを重ねた末にようやく決まったのは、まさにいま売出し中の若手俳優、哲也でした。彼は野性味あふれる浅黒い肌で、カウボーイ風ファッションに身を包んでいて、他人からは何も考えていないように見えますが、「いつどんな時にやってくるか分からないチャンスに自分から飛び込む心の準備はいつでもできている」というのだから、なんともしたたかな若者なのでした。わたしは彼と話して強くそう思いました。

「僕はまず自分のやることなすことを、自分自身で褒めることから始めたんだ。このくらい、僕ならできて当たり前。失敗してもガハハと笑って忘れればいいのさ」

「本物の俳優になるために、特にどんなことに気を付けてる?」

「ファッションに歴史的なアイデンティティーを持たせることかな。いま、こういうウエスタンぽい恰好しているけど、次の日インディアンみたいなの来てたら何か矛盾していると思わない? 奴らは本当だったら敵だよ、敵。少なくともそう思い込むことが演技の勉強につながってくるよね」

オーディションでは自信満々の哲也でしたが、いざ稽古に入ると、周りの雰囲気に完全に委縮してしまって、虚空をじっと見つめたまま一歩も動こうとしませんでした。リラックスさせようと休憩時に食事に誘っても、幼少期のトラウマを理由に断られる始末。とうとう哲也は楽屋に籠ったきりマネージャーやスタッフの呼びかけにも一切応じなくなってしまったのです。

わたし自身の演技も、壁にぶち当たっていました。まだ20代のわたしに、アラフォーの女盛りにあるクレオパトラを演じることなんかできるだろうか、あの円熟期のエリザベス・テイラーですら失敗した難役を――声にならない嫉妬と非難の声がそこらじゅうに渦巻いているのがハッキリわかりました。

万策尽きたわたしは、毎晩うなされ、眠れない夜を過ごしました。

そんなとき、次のような夢を見ました。夢の中で神様と女優が対話していました。

神―ずいぶんいい修行ができている。

女優―苦しくてたまりません。

神―できるだけ苦しむがいい。それで霊魂が進化するのだ。

女優―進化どころか退化していくように思われます。

神―(憐れむように女優を見下ろす。)それでいいのだ。

女優―この状況から救い出してください。

神―救い出すことはまだできない。この境遇におまえを置いたのはわしなのだ。

女優―あなたが? ・・・ああ・・・

神―この苦しみがおまえを鍛える。おまえはまだまだ鍛えられねばならない。

女優―まだまだですか。

神―こんなことは苦しみの入口にすぎない。

女優―わたしにはもう背負いきれない気がします。

神―おまえに背負いきれない程度には荷は負わせていない。おまえは自分の苦しみを誇大して考えている。

女優―オオ!・・・この苦悩から脱却するには・・・いっさいを棄てて実家に戻れとでもおっしゃるのですか。・・・

神―おまえは自分の望みが次々に実現化するのに満足しながら、自分のミラーニューロンを誇りとしていた。万人よ、なんじらわれにならえというような気負った心持を持っていた。おまえは万人が自分と同じような生活に出られないのを、人びとの弱さのためばかりだと思っていた。わしはおまえを反省させようと思ったのだ。それでわしはお前の相手役に問題のある俳優ばかりをもたせたのだ。

女優―・・・・・・

神―恵まれた境遇にあるおまえの身分でミラーニューロンを自在に扱えるからといって、世間のしがらみに囚われた人びとが自由で好きなように生きられないことを見下す資格はない。万人は同じ生活に出ることはできない。自己をもって他を計ってはならない。おまえはこれまでどうも万人がおまえのように自信満々で生きられないのを歯がゆく思う気持ちでいたからな。

女優―わたしの心は審判(さばき)で満ちていました。だけど、いまこそわたしの心はくだかれてしまいました。

神―おまえはこの苦しみに耐えなければならない。この苦しみに耐えるときおまえの霊魂ははじめて浄化されるのだ。わしが構図した試練の場面は苛烈なものにちがいない。おまえが過去に世話になり、おまえを束縛しようとした男がおまえの前に再び現れたのもわしが仕組んだのだ。

女優―彼はこう言いました――おまえは自分だけがいい思いをして俺を悲劇のどん底に突き落としたのだ。おまえが勝手に俺のいた日本を去ってイタリアで映画監督と結婚してしまったとき、俺がどれほど絶望を感じた事か、おまえには分かるまい。おまえほどのエゴイストはない。自分だけ成功して華々しい生活を送ることができれば過去に世話になった恋人などどうなってもいいと思っているのか。おまえの成功が大きければ大きいほど、俺の絶望は耐え難く深まるのだ。

神―それでおまえはどう答えたのだ。

女優―わたしはあなたというくびきから逃れて、イタリアで自由を見出したのです。あなたはわたしを束縛し、わたしの人格を否定し、絶対服従を命じました。でもわたしはもうあなたを憎んではいません。ただあなたにもわたしのようなミラーニューロンとポジティブ・シンキングを見倣ってさえもらえば、あなたもまた幸福になれるのです―と答えました。

(神の姿消えて男の姿に変わる。)

男―おまえのいう愛だのハッピーだの自由だの、すべてエゴイズムの正当化に過ぎない。おまえのいうハッピーなんか、しっくりこないっていうか、要するに自分だけ幸せになったら、世の中が全部幸せになるかっていうとそれは違うだろう?

女優―自分が幸せになって、世の中も幸せになったらいいじゃない。

男―そんな都合いいことはないだろ! 絶対(笑)。

女優―わたしはそう思ってますよ(笑)。

男―それはそうでしょうよ!(笑)。おまえはそう思ってやってるんだし、それを否定するつもりは全くないんだけど、どんな状況でも俺はやっぱりね、懐疑的になっちゃうからね。「そんなことだけでいいのか」とかって、どっかしちゃうわけだよ。
例えばさ、目の前で交通事故が起きて、人が死んでるのに、「わあ、ハッピーだ」とかね、結局、そういうことでしかないでしょ?起きてることを置いといて、ハッピーになるっていうことだって理解してるの、俺の中で。おまえの言ってる幸せっていうのは。

女優―作家になったんでしょう? もっとフラットになったらいいんじゃないの?

男―自分ではフラットなつもりなんだけど、フラットな状況だと書けないから、間違った方向とか悪い方向にいったりするの。で、幸せなものっていうのは文章に向いてないと思うのよ、自分の中で。文章自体に。本当に幸せなものっていうのは言語化出来ないと思ってるから。仕事は辛いもの。自我が存在するから辛いことなの。幸せな状態って自我が消えてる状態、俺の中で。自分も何もない感じなんですよ、俺の中で幸せって。だから、残念ながらそれを文字には出来ないっていう風に思ってるのね。

(男の姿消え神の姿に変わる。光明燦然。)

神―人間は物質ではない。物質で済まそうと思う者には必ず隙があるのだ。隙がないのは神のはからいだけだ。わしにまかせ! 神の計画は神が行うのだ。

(女優、ひれ伏す。神の姿眩き光明に包まれ、その光明の中に没して女優の姿見えなくなる。やがて神自身の姿も消ゆ。)
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