2020/1/17 | 投稿者: pdo

神戸の震災から25年目の今日、北川景子が出演するドキュメンタリーがNHKで放送されたのを見た。

彼女はこれまで表立って震災体験について語っていなかったとのことで、番組の冒頭と中間部で自身の思いについてインタビューに答えていた。

番組のメインは北川景子ではなく、当時子どもだった人々のうち何人かのその後の人生を辿る内容だった。

事前の予告では、彼女が街を歩いて人々に話しかける映像もあったので、そういう場面もあるかと思ったのだが、本編ではカットされていた。

北川景子は以前に、BSのドキュメンタリーで震災体験について詳しく語っている。

それについては過去記事に取り上げたことがある。今回話した内容はその時と同じ言葉ではなく、地上波用に編集されたものか、かなり端折られていた印象だった。

北川景子の震災との関わりについて強調しすぎず、取材対象の人々の体験の背後に置くという構成は、ファンからするとやや肩透かしではあったが、番組としては本来の意図がそういうものだったのかもしれない。

ともあれ、こうしてショートカットの北川景子の姿を拝めたことは、多くの人たちの生きる励みになったことと思う。

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2020/1/12 | 投稿者: pdo

はい、こんばんは。いつものように全国ゼロ局ネットでお送りします、新年初の妄想電波になります。

昨年出版された『プリンス録音術』と『プリンスと日本』というプリンス関係の本を読んでいましたら、急にテンションが上がってきまして、個人的な思いを吐き出したくなりました。

プリンスの曲は、必要な時と全然必要としない時があって、必要でないときはむしろ聞きたくないくらいなんですが、必要な時はプリンスしか聞けなくなるという特質があります。

というわけで今日は2016年に亡くなったミュージシャン、プリンス・ロジャー・ネルソン氏の曲だけでお送りします。

僕とプリンスの出会いについては、プリンスが亡くなった時のブログにも書いてあるのですが、中学生のときにテレビの音楽番組で初めて見て、なんか変な人が盛り上がってるなあ、と何とはなしに印象に残っていました。

それで、この曲のイントロをラジオで聴いたときにハートを撃ち抜かれました。

今日の1曲目:ビートに抱かれて/プリンス&ザ・レボリューション

家にはレコードプレーヤがなく、ラジカセしかなかったので、僕が人生で初めて買った(レコードではなく)音源は、『パープル・レイン』のカセットテープでした。

次の『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』と『パレード』まではカセットテープで買いました。

当時はロッキン・オンの渋谷陽一氏がほとんど宗教のようにプリンスを崇め奉っていて、『パレード』のライナーノーツでは、小説家・山川健一氏との対談形式で、こんな風に語っていたりします。

(以下引用はじめ)

今のポップ・ミュージックっていうのは、方法論の使い回しなんだよね。そんな中でプリンスは新たな方法論の構築というか、提示というか。一応ポップ・ミュージックでありながら、確実なスタイルのイノヴェイションを自分に義務付けていて、しかもそれが出来てしまっている。

だからスタイルを新しくするって、ミュージシャンにとってメチャクチャなことだという気がするんだよね。小説家で言えば、一作ごと文体も何もかも全部変えていかなくちゃいけないわけじゃない。目先を変えて、今日はレゲエでした、明日はソウルでした、続いてはロックンロールですというスタイルのマイナー・チェンジというのは多くのアーティストがやっているわけだけど、違うんだよ。イノヴェイションなわけよ。過去にない音楽スタイルを明らかにラディカルな形で造り上げていくというか、とにかく音楽シーン全体をもう一歩前に進めていく。ほとんど一人の力でそういうことに大胆に挑戦して、しかもやれてしまっているというのは、ちょっと異常なものを感じるね。

普通は、時代状況というか、いくつかの動きの中で新しいスタイルというのは作り上げられていくわけじゃない。そういうのをいきなり一人で背負って、グワーンとマジに行っちゃってる。今回のアルバムは、才能のブルドーザーというかさ、今、プリンスはそういう状態にあるなという気がするな。

ミュージシャンの旬の時というか、何か憑りついたような。このまま20年、30年行ったらほとんど化物だけど。

(引用おわり)

こういう文句を真に受けて、僕もプリンスを崇め奉っていました。というか、この時期は世界中のミュージシャンが何か異様な物を見るような目でプリンスを畏敬していた気がします。

では、渋谷陽一氏が「他のくだらないものと一緒に並べるのは犯罪的」とまで言ったアルバム『パレード』から一曲聴きましょう。

今日の2曲目:マウンテンズ:プリンス&ザ・レボリューション

初めて買ったCDが『サイン・オブ・ザ・タイムス』です。それをカセットテープにダビングして、私の祖父が亡くなった夜、祖父への家に向かう電車の中でひたすら聴いていたのをやけにリアルに覚えています。

僕にとってのプリンス体験の頂点は、当時BSテレビで放送されたプリンスの「ラブセクシー・ツアー」のビデオと、当時公開された「サイン・オブ・ザ・タイムス」の映画上映です。この二つには生涯最大級の感動を受けました。

その頃の僕に至福の境地を与えてくれた曲です。

今日の3曲目:アドア/プリンス

今日の冒頭で言った本に書いてある、当時のスタジオで一緒に働いた人たちの証言を読むと、この頃のプリンスは文字通り憑りつかれたように曲を作っていたようです。

24時間ぶっ続けでレコーディングなんてザラで、平均的な一日は、朝の10時過ぎにスタジオに来て、午後7時くらいまでバンドとリハーサルをして、家に帰って夕食を取るとスタジオに戻り、朝の3時か4時までレコーディングしたら、家に帰ってその日のリハーサルを収めたビデオをチェックして、それから翌朝、またスタジオにやってきて、6,7時間リハーサルすると、スタジオに入って6,7時間レコーディングして、家に戻り、ビデオを4,5時間見て、という日々を繰り返していたといいます。

アルバム発売後は週に4日ツアーでライブをこなしながら、週末の3日にスタジオで新曲を録りためていたといいます。こんな生活に付き合わされるエンジニアたちもたまったものじゃありませんが、彼らもプリンスの驚異的な才能に惚れ込んで、精根尽き果てるまで付き合っては辞めていくということの繰り返しだったようです。

彼はスタジオで全部の楽器を一人で演奏していました。『ラブセクシー』から、彼のドラムがどんな感じか分かるのを1曲。

今日の4曲目:ダンス・オン/プリンス

初めてプリンスとの距離を感じたのは、次の「バットマン」のサントラが出た時ですね。

何かそれまでの「イノヴェイション」から一歩引いて、自分のスタイルの模倣というか、まったく違うものを作ろうという意気込みを感じなかったというか。

やっつけ仕事じゃないですけど、映画のサントラとして発注された仕事だったということも関係していたのかもしれません。個人的には、大学に入って独り暮らしを始めて、生活環境や音楽環境が大きく変わったので、プリンス以外の、アヴァンギャルドな音楽に目が向いていたというのもあると思います。

実際、次の『グラフィティ・ブリッジ』あたりから90年代のプリンスの迷走が始まります。もちろん作品のクオリティは高くて、大好きな曲もたくさんあるのですが、『ラブセクシー』までの、一人ブルドーザーのようなダイナモがいったん途絶えた感じでしょうか。

『グラフィティ・ブリッジ』から大好きな曲を。

今日の5曲目:ジョイ・イン・レペティション/プリンス

90年代はプリンスにとって、レコード会社との対立や、私生活上の不幸や、時代がヒップホップになって音楽的にもズレを生じてきたり、かなり逆風の時代だったように思えます。

彼がこだわったインターネットによる音源配信スタイルは、今では完全に定着しましたが、当時はそこまでのネット普及や通信環境がなく、時代を先取りしすぎていたが故の不幸もありました。

しかし、21世紀に入って、再びプリンスの活動が時代にマッチして、充実した作品、充実したライブ活動、充実したファンとの交流が活発化します。本人は、「カムバック? 僕はどこにも行ってないし、演奏もレコーディングもやめたことはない。僕は変わっていない。ただ大好きでやっていることをやり続けているだけだ」と苦笑交じりに言っています。

21世紀に入って出た傑作アルバム、『レインボウ・チルドレン』から一曲。

今日の6曲目:エバーラスティングング・ナウ/プリンス

このときのツアーで2002年に来日したのが最後の日本公演になりました。もっとも僕は実際のライブに行ったことは一度もありません。ビデオと映画で十分でした。

2006年に発表された『3121』というアルバムから、大好きな曲を聴いていただきましょう。
優しくて芳醇な、まさに円熟したプリンスが伝わってきます。

今日の7曲目:ビューティフル、ラヴド・アンド・ブレスド/プリンス

改めて、80年代の「一人ブルドーザー」の時代のプリンスは何だったんだろう、と考えてみると、彼は、他人が従うことのできるような一つのあるいは複数の形式、スタイルを創造したというよりは、彼個人の深層から沸々と湧き出てくる極めて個人的なインスピレーションを形にし続けたのではないか、という気がします。

だから、プリンスはあの時代に出現した唯一無二の個性の表現者であって、ロバート・ジョンソンにとってのブルースやボブ・マーリーにとってのレゲエのような特定の音楽ジャンルの代表者ではありえなかった。

彼の最後の作品になった『アート・オフィシャル・エイジ』と『ヒット・エンド・ラン フェーズ・ワン』『ヒット・エンド・ラン フェーズ・ツー』はいずれも唯一無二のプリンス・ミュージックの円熟性を示す内容になっています。この方向性で、あと10年は作品を生み出すことも余裕でできたでしょう。しかし、運命は彼にそのような生き方を許しませんでした。

もう一人の天才、マイケル・ジャクソンの死に際してスティービー・ワンダーが言った言葉が、プリンスにも当てはまるのかもしれません。つまり、我々よりも、地上の彼にインスピレーションを授けてきた天上の神々の方が、彼を必要としたのだと。

では最後の曲になります。プリンスの曲だけを24時間流し続けることも可能ですが、この番組はもうそろそろ終わりにすべきでしょう。

僕にとって、そして今この世を生きる無数の人々にとって、生涯唯一無二のアーティスト、プリンス。彼がこの曲について語った言葉を引用して、お別れします。絶望するな。ではまた。

「この曲の中で、僕が何も語っちゃいないという人々がいる。それから、他にも多くの人がこの曲について誤解しているけれど、僕は先見の明をもった天才になろうとしているわけじゃないんだ。ペイズリー・パークは、みんなの心の中にある。僕が鍵を持っているわけじゃない。僕が言おうとしたのは、自分の内側を見つめて、完璧さを見つけるってことだ。完璧さは誰の中にも存在する。誰も完璧じゃないけれど、完璧になれる可能性はある。一生完璧にはなれないかもしれないけれど、何もしないようりも、努力したほうがいい……長年、僕のことを応援してくれている人のために、心の手紙のようなものを書いたんだ。そして彼らは、僕が感じていたことを感じ取ったって、手紙を書いてくれた。」(プリンス)

今日の8曲目:ペイズリー・パーク/プリンス&ザ・レボリューション



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2020/1/11 | 投稿者: pdo

音楽が始まる前、クリーヴランドは時間を取り、これはれっきとした礼拝なのだと信者たちに説明した。あなた方は今日、何よりもまず、生ける神を讃えるためにお集まりになったのです、と。

その晩、アレサの最初のソロがマーヴィン・ゲイの「Wholy Holy」だった。ワッツの教会でアレサが歌った晩から10年以上が過ぎたある雨の夜、僕はマーヴィンと共にベルギーのオステンドでそれに耳を傾けていた。マーヴィンは当時、ロサンゼルスの自宅を逃れた長い亡命期のひとつの真っ只中にいた。

曲が終わり、マーヴィンは沈黙のまま座っていた。魔法の余韻に浸っている彼を邪魔するのは気が進まなかったが、僕には聞きたいことがあまりにもたくさんあった。

「彼女がこれを録るというのは、いつ知ったの?」

「レコードが出て、それで初めて」とマーヴィンは言った。

「それで、驚いた、と」

「愕然とした。今と同じくらいに唖然とした。自分が歌うに値するものを僕が書いたとアレサが思ってくれた。それを知って愕然としただけじゃない、彼女の解釈の美しさに愕然としたんだ。『What's Going On』が出てから、まだそれほどたっていなかった。あれは激しい論争の末に出たものだったからね、これじゃあ商売にならないとモータウンが考えたために起きた例の諸々なんだけど、その闘いの疲れがまだ少し残っていた。

僕はレーベルにきっぱりと言い放った、これを出さないなら二度と録らないと。僕は闘いに勝ち、世間は僕の姿勢が正しかったことを立証してくれた、つまりレコードは売れていた。それでもまだ僕は不安の中にいた。あれがいいというのはわかっていた。でもアレサが「ホーリー・ホリー」を歌ってくれたのを知って、それでようやく、本当にいいものなんだと実感できたんだ。

彼女と僕の音楽的背景は似ている、ふたりとも父親の説教や歌を見て聴いて育った、だからこの手の曲についてアレサの耳がとりわけ肥えているのはよくわかっていたから。僕にとって、ゴスペルは究極の真実であり、究極の試金石なんだ。

デューク・エリントンにまつわるこんな話を聞いたことがある。デュークは後年の人生の大部分を聖なる音楽作りに捧げた。ある優れた組曲を書いていたときのこと、女友達にクラブに行こうと誘われた。デュークは渋った。その女性はしつこかった。『その音楽はまた後で仕上げればいいじゃないの』。『ねえ、きみ』とデュークは言った。『たいていの場合、たいていの人は、うまいことを言えばたぶらかせられる。でも神はたぶらかせられない』。

ゴスペル音楽の精髄はそこにある。そう、神とのつながりがゴスペルを朽ちることのない清廉潔白なものにする。アレサは朽ちることがない。彼女の神聖な精神は朽ちることがない。あの曲を歌ったとき、僕は自分の声を重ねて、いわばセルフハーモニーを作り上げた。自分で自分に影をつけた。弦と管と音響効果もたっぷりと加えた。でもアレサの場合は、自分の声とあの美しいフルボディの聖歌隊だけ。それであれを高く築き上げた。決して揺らぐことのない強固なものにした。僕は確信した、彼女はあの曲を永遠のものにしてくれたんだって」

「『至上の愛』のほかの曲は?」と、僕はマーヴィンに尋ねた。

「真のソウル愛好家に僕の最高傑作は、と尋ねれば、答えはたいてい、『ホワッツ・ゴーイン・オン』だ。真のゴスペル愛好家に最高傑作は、と尋ねれば、答えは『至上の愛』だ。じゃあ、真のアレサ・ファンに彼女の最高傑作を挙げてくれと言ったら、答えは同じ、そう『至上の愛』さ。「リスペクト」や「ナチュラル・ウーマン」や「チェイン・オブ・フールズ」を僕ほど愛している人はいない。『スパークル』には嫉妬のあまり、顔が真っ青になったくらいだ。カーティス・メイフィールドがアレサのアルバムをまるまる一枚、書いて制作もして! ああ、そんな機会がもらえるなら、僕はもう死んでもいい。でも、あれもこれもどんなに素晴らしくても、『至上の愛』のレベルには届かない。アレサの傑作を一枚だけ挙げるなら、『至上の愛』というのは、僕だけじゃないと思う。僕が尊敬するミュージシャンは大半が同じことを言うはずだよ。あれは彼女史上最高の作品。僕にとって最も大切な彼女のアルバムなんだ」

























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2020/1/6 | 投稿者: pdo

マーヴィンの伝記に続けて、デヴィッド・リッツが書いたアレサ・フランクリンの伝記『リスペクト』も読む。

デヴィッド・リッツの前書きによれば、彼女に取材して自叙伝(『From These Roots』)を書いたのだが、その本にはどうしても満足できなかった。なぜなら、アレサは頑なにガードを守り、個人的な心情を決してリッツに打ち明けなかったからだ。その結果、アレサの理想化された自己イメージをなぞるだけの、ただの自画自賛本になってしまったという。

この『リスペクト』では、彼女の兄弟姉妹や周辺の関係者からの聞き取りを中心に、先の自叙伝には書かれなかった事実を明らかにしている。マーヴィンと同じく彼女も「傷ついたソウル」であるという印象を読者に与えるように書かれている気もするが、おそらくそれが事実に近いのだろう。

しかしこういうのを読むと、スターって大変だなあと思う。マーヴィンにせよマイケルにせよプリンスにせよ、アメリカ芸能界に君臨した代償に命をかなり縮めた気がする。

その点、アレサは、病を患いながら、見事に天寿を全うしたのではないか。マドンナのしぶとさも考え併せたら、やはり女は草塙笋箸いΔ箸海蹐�@

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2020/1/4 | 投稿者: pdo

今年は特にキツい1年になりそうな気がしますが宜しくお願いします。

マーヴィン・ゲイの伝記を英語版(キンドル)で読んだ後に、日本語版を買って読んでいるが、ところどころの誤訳が凄まじく(完全に文意が逆になっているものまである)、そっち(誤訳のチェック)の方がメインになってしまっている。

文藝別冊のマーヴィン・ゲイ特集(2019年2月発行)も買ったのだが、そこで例によってピーター・バラカンがインタビューに応じていい加減な知識をひけらかしている。

西寺豪太のエッセイ、鈴木雅之のインタビュー、横山剣のインタビューはいずれも面白く読めた。湯浅学の記事もお笑い的な意味で面白かった。

とはいえ、真にマーヴィン・ゲイというアーチストの本質に迫った記事は中々ない。そんな中で、元妻や家族などによる「暴露本」を原書で読んで参考文献に挙げている押野素子氏の記事の内容が濃かった。

2020年のテーマは、時間を終焉させること。


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