2021/9/26 | 投稿者: pdo

ガルプラはジウォンが脱落したので今後見る意味がなくなった。とはいえまだチェリブレのメンバー、メイとボラが残っているので、そこは見届けたい。

10月に新たに始まるオーディション番組『Who is Princess?』はチェリブレの所属事務所FNCと日テレが提携してやるようだ。

日本のKPOPファンからは、新人オーディションの前にチェリブレを何とかしろよ、とか、チェリブレをまともに売り出せないで放置しているFNCが日本でグループをデビューさせてもちゃんとできるのか?などと早くも疑問の声が上がっているようだ。

ガルプラにせよ虹プロにせよ、KPOP関係のユーチューバーたちがリアクション動画を上げることで盛り上がってきた感じがある。大量にチャンネルがある中で、「サランピTV」と「マーキュリー商事」と「おにくかんこく」はチェックしている。それ以外はトピックごとに別チャンネルもたまに見たりしている。皆それぞれに弁舌が巧みで感心する。
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2021/9/24 | 投稿者: pdo

22日に息子と田舎の実家に行き、23日に帰ってくる。

一年以上ぶりだった。22日には近く(タクシーで15分くらい)の霊園に父の納骨をする。コロナのために、亡くなって十か月後にようやくお墓に納めることができた。息子は霊園に行くのは初めてだった。僕も前に来たのは妻と一緒だから何年前のことかもう分からない。
天気がよく、霊園からの見晴らしが抜群だった。

墓誌をスマホで写真にとる。
※※※居士 昭和十年十一月九日 ※※※※※ 五十一歳
※※※大姉 昭和二十三年五月十七日 ※※※※※ 六十五歳
※※※不退轉 平成一年五月十八日 ※※※※ 八十二歳
※※※不退轉 平成六年八月十六日 ※※※※ 八十二歳
※※※不退轉 令和二年五月三十日 ※※※※ 八十五歳

13時45分の切符を買う。表示板に空席が表示されるが、席はそこそこ埋まっている。そういえば新宿は東口の「みどりの窓口」がいつの間になくなっており、中央改札脇の券売機で買わされる羽目になった。

いつものように駅ビルの黒田寛一(革マル指導者)の全集が並んでいる特徴的な書店で少し時間を潰す。今回は本を買わなかった。車内で読む本は既に用意があったので。行きの車内で読んだ佐伯一麦『ノルゲ』の最終章と、松本の本棚から持ってきた山川健一『ローリング・キッズ』。

『ローリング・キッズ』を読み返すのは数十年ぶりだが、文章は全部覚えていた。

自分にとってミック・ジャガーのカリスマ性が最大値を記録したのは、この山川健一の本で読んだ「パリのホテルでエレベーターから出てきたミックが、インタビューのために待ちかまえていた山川健一ら四名のスタッフの胸を指さして〈ハイ、ハイ、ハイ、ハーイ〉と言った」場面だが、この時のインタビューはミックのソロアルバム『シーズ・ザ・ボス』のプロモーションのために行われたもので、山川健一は『週刊プレイボーイ』日本版の記事の担当だった。

僕にとってリアルタイムでのストーンズ体験(?)はこのミックのアルバムと、『ダーティ・ワーク』というアルバムである。これらのアルバムは彼らのキャリアの中でいえばそんなに名盤というわけではない。が、不思議な愛着がある。

ストーンズのアルバムは「ベガーズ・バンケット」から「メインストリートのならず者」までが頂点というのは衆目の一致するところだろう。僕も聴き返すとしたらそこだ。しかし60年代のR&Bのカバーをやっていた頃の演奏にも青臭い魅力がある。60年代末から70年代のストーンズのライブは本当に鬼気迫るといった感じがあって好きだ。

山川健一は最近どうしているのだろう、と思ってググってみたら、〈小説の書き方講座〉みたいなのを毎週有料で配信しているようだ。この人についての知識は、オーラが見えるようになったというような本を書いてスピリチュアルにハマったらしい、というところで終っていた。そういえばうちの息子は両親(僕と妻)が晩年怪しいスピリチュアルにハマるのではないかと警戒しているようだ、ということが帰り道の会話で分かった。
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2021/9/21 | 投稿者: pdo

三連休を目一杯使って『瘋癲老人日記』の〈ひらがな変換〉を終える。ワクチン2回目をうって丁度一週間だが、やはり身体がなんとなく怠く疲れやすく感じる。首と肩の凝りは昨日生まれて初めてフェイタスを貼ったら少しましになった気がする。

これから残りの人生はどうやって老い(肉体の衰弱)とつきあっていくかが大きな課題となるだろう。この数年は菊地成孔の影響でジャズばかり聴いていたが、こんな状態の時は逆に暑苦しいロックが聴きたくなってきた。

思えばティーンエイジャーの頃はドアーズやジミヘン、ビートルズストーンズやレッドツェッペリンなどの60〜70年代ロックばかり好んで聴いていたものだ。

あの頃の日本のロックバンドもその辺の影響が感じられたものだが(言わずと知れたRCはストーンズだし、スライダーズもそう、エピック時代のエレカシなんてツェッペリンそのまんまで笑える)、90年代にフリッパーズ・ギターをはじめとする〈渋谷系〉たちがおしゃれでサブカルっぽい元ネタを流行らせたせいでロックは相対化され、その流れが今まで続いている。

要するに今はギターバンドやってるよりもDJやってヒップホップ流してる方がモテる。それが真逆だった時代に頑張ってたのがライムスターで、流れを変える端緒になったのがスチャダラで、流れを確立したのがキックザカンクルーとかか。

PC(Political Correctedness政治的正しさ)が世の中を支配している現在では、ストーンズの「スティッキー・フィンガーズ」の歌詞など糾弾の対象であり、こないだアップルミュージックで「ビッチ」が聴けなくなっているのに驚いた。

先日亡くなったストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツはジャズ愛好家で知られ、ロックは完全に仕事として割り切ってやっていたようだ。

ミックとキースはどこまで長生きするんだろうか。自分の中でミック・ジャガーのカリスマ度が最高値に達したのは高校生の時に読んだ山川健一の「ローリング・キッズ」の中でミックが登場するシーンであった。あのインタビューは「回想するジョン・レノン」(片岡義男訳)と同じくらいかっこよかったなあ。

その後はミックもキースもどんどんインタビューに応じるようになって〈人のいいおじさん化〉していったようだ。いわんやポールマッカートニーをや。

ジョンレノンは生前から饒舌だったのでそんなでもないが、ジム・モリソンやジミ・ヘンドリクスやジャニス・ジョプリンはインタビューしたくでもできない(何を考えているか分からない)永遠に手の届かないカリスマなのだ。
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2021/9/19 | 投稿者: pdo

谷崎の「フーテン老人日記」の打ち込みをやっていると手が怠く頭がズキズキしてきて気を失いそうになる。結局作業中止。しばらくして、これはワクチン(2回目)の副反応ではないか、と思った。そうとでも考えないと小島信夫のときとの違いの説明がつかない。

そんな折に、一年以上行っていない実家の独り暮らしの母親から顔が見たいから帰ってきてくれと泣きながら電話が来て凹む。緊急事態宣言が出ている間は、と思っていたのだが、シルバーウイークには一度行かざるを得ないかもしれないという気になりつつある。

LINEでやり取りできるようにしてあるのだが余り使う気はないようで、友人たちとのやり取りなどにも活用できるよう設定しておいたのだが、どれほど使っているかわからない。フーテン日記の主人公は77歳で高血圧や右手麻痺などの症状に苦しんでいる。その描写がやけにリアルなのは作者本人の看護日誌などをそのまま用いているからである。

ようは谷崎の小説も変形私小説であることに気づいた。

七十年代に青春を過ごした反体制的傾向のある人にとってはフーテンといえば新宿であり永島慎二のマンガであろう。そこに出てくる、フーテンになった息子を追って新宿の若い娘を訪ねる老人の話が好きだ。ああいう青春とああいう老人にどうしても憧れる。

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2021/9/18 | 投稿者: pdo

谷崎潤一郎『瘋癲老人日記』を青空文庫でダウンロードし、それをワードにコピペし、原文のカタカナをひらがなに打ち直す作業に没頭している。こうすることで、あの読みにくいカタカナの文章を読み易くすることができるだけでなく、単純に読むよりも文章が頭に入ってくるし、谷崎の文章の雰囲気やリズムといったようなものを何となく体で感じることができるというメリットもある。この作業を通して分かったのは、谷崎の文章は決して癖のある新奇なものではなく、むしろまったく逆で、きわめて平易な分りやすい文章だということだ。これは、耄碌した老人の身辺雑記というこの作品そのものが要求した文体なのかもしれないが、それにしても、ドロドロした官能とマゾヒズムの世界、という作品世界の一般的なイメージとはまるで異なる、サラサラした清流のような文章なのである。同時にこれは非常に高度の知性によって書かれた文章であるということも分る。今でこそ老人の倒錯した性愛を描く小説や映画やドラマは巷にあふれるように存在するが、当時の社会通念からすると飛んでもない逸脱した世界観を表現するのに、読者になるべく抵抗のないやり方で、よどみなく小説の中に引き入れるというのは、きわめて用意周到かつ洗練された作品構造とスタイルを必要とする。これをあっさりと成し遂げている手腕はやはり只者ではない。

だがずっと打ち込んでいると手が疲れる。原稿用紙に手書きすればもっと疲れるだろう。尤もこの作品は殆ど口述筆記によるものだが、それでも小説を書くというのは体力の要るものだと感じる。八十歳近くでこれを書いた谷崎はやっぱり凄い。自分にはとても無理だ。そもそも八十まで生きるとは思えない。まともに仕事できる体力のあるのはせいぜいあと十年くらいだと思う。何とかそれまではそれなりの収入を得たいのだが、インボイス制度や何やらで国家に搾取される金額もどんどん増えそうだし、このままいけば何とか破産せずにぎりぎりやっていくだけで精一杯にしか思えない。
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