2005/10/21

舅さんその後。  姑ネタ

舅さんは抜管しないまま足のアンプタが済んだ。腐敗の進んだ右足からタチの悪い菌が全身に回りかけていて敗血症になる恐れがあったので、間を置かずに切断することになったのだった。日ごろから「足を切るなら死んだ方がマシ」と言っていた舅さんだったが、一回目の手術の後に3回ほど死を覚悟した瞬間があった(本人談)らしく、死ぬよりは足を切る方がマシになったようだ。

アンプタが済んでやっと抜管された舅さんは、声が出ないながらもたくさん話をしてくれる。一回目の術後、こっくりさんボードで話をしようにも、めまいのせいで上手く文字が差せなかったとか、一回目の術後に血圧がドーンと下がったときに「もうダメかも」と思ったとか、とにかく喋りっぱなしだ。

年寄りが術後しばらく寝たきり状態になることで、一時的にボケ症状が出ることがあるのだけれども、舅さんにもその症状が少し出ているのか、ダンナのことを自分のお兄さん(故人)の名前で話したり、前後の脈絡なしに金の話題(今は金を1kg持ってても100ン十万くらいだ)とか、犬のブリーダーの話題を繰り広げたりする。ある程度は口の動きで何を言っているのか想像がつくのだけれども、本当に「ブリーダー」と言っているのか、とか「金」じゃなくて「菌」の話なんじゃないかとか、脈絡がないだけに悩むことが多々ある。いずれにせよ舅さんは努めて明るい話題を提供してくれ、周りを安心させようとしているようだ。

逆に心配になるのは「身体障害者の申請をしたら、安く旅行に行ける」とか、少々自虐的な話題が出ることだ。歩行困難になった時、姑が杖を買っても見向きもしなかったし、診療所の勤務中もキャスター椅子で移動を勧めても頑として受け付けなかったほどプライドの高い人が、自分からそういう話題を提供するというのが気にならなくもないのだ。意識もはっきりしてきたのに、机の引出しに入っている時計をダンナと私にくれる、なんて話をするのにも、やっぱり弱気になってるんだろなーと思う。
ヘタに元気付けようと言葉をかけても逆効果になってしまいそうなので、舅さんの話題に乗って楽しく話をするように心がけてはいるけれども、やっぱり心配は心配だ。私が見舞いに行くととても喜んでいるとダンナや姑が言っているので(私がいないときの様子なんて知りようもないし(笑))、できるだけ病院に足を運ぼうと思っている。



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