2016/5/16

多文化共生と多言語共生  出会い

多文化共生って何でしょう。日本にまだ、人種差別や性差別や病人に対する差別を助長するような安倍政権に洗脳された哀れな人たちがいます。例えば在特会の信者などはその典型ですね。彼らは多文化共生という極めて現実的なことを否定しています。彼らは、人種差別などをすることで、実は日本文化を否定し、日本に対する攻撃的姿勢をしているということがわかっていないのです。日本語を書くときに漢字を使いますし、普通に外来語を使いますが、それがすでに多文化共生です。

現実的には、地球のような小さな惑星では、そこの「知的生命体」に、いろいろな民族や言語があっても、行動や思考や生活において、あまり差はありません。さらに近い所の異文化であれば、その差はさらに小さく、知覚不可能なこともあります。例えば、日本人と韓国人と沖縄人は、その文化も言語も食生活も思考も、よく見ないとその差を見ることはできません。

実生活では考慮に入れる必要もないほど些細な民族や言語の違いは、共存の妨げに一切ならず、多くの国で、特に都市において、多文化共生と多言語共生がごく自然に成り立っています。

実はその些細な差をポジティブに際立たせることで、新しい需要などが生まれ、経済に良い結果をもたらし、また治安を良くする効果があります。例えばバルセロナは世界で最も治安が良い都市の一つですし、経済が低迷するスペインの中にありながら、経済の繁栄がどうにか保たれているのは、中国やパキスタンやその他いろいろの国の人たちがたくさんいるからだと言われています。

日常生活においても、日々、いろいろな民族や言語に接することで、精神が解放され、ストレスが軽減し、視野が広がり、新しい発想などができるようになります。それは老化防止にもなると言われています。美容にもかなり良いそうです。

多文化共生と多言語共生を促進して、より平和でより快適でより健康的な生活を享受しましょう。



地球人のほぼ全ての文化は、多文化共生と多言語共生から成り立っていて、多文化共生は難しいとか非現実的だなどの悲観的な意見が稀にありますが、実際にはその逆で、何の苦労も努力も考慮も必要ない簡単なことなのです。地球人は古代から特に意識せずに自然なかたちで多文化共生と多言語共生をしています。そして、今でも自然にそれをしています。多文化共生と多言語共生を否定することは、自分の文化の否定になるばかりか、自分の存在そのものを否定することになり、それは精神的にも肉体的にも極めて不健康です。


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