6月14日(金)の72
16:29 浅原家(写真1)
案内板
「 同家は、屋号を江戸屋と称し、米屋、材木屋などを営む。家の正面は塗籠の中二階、連子格子明治以降についた店棚、馬つなぎの環などがあり江戸期の面影を最もよく残す建物といえる。障子の下張りに万延の文字があったところからそれ以前の建築年代と察せられる。
関町教育委員会 」
建物は木造2階建、切妻、桟瓦葺、平入、2階は白漆喰仕上げ虫籠窓、1階には下屋庇が設けられ軒先には幕板が下げられています。
16:31 雲林院家(写真2)
案内板
「 同家は、昔はかいうん楼と称し、隣の松鶴楼と並んで芸妓置店であった。
街道筋の宿場ではたいていの旅籠は飯盛女と呼ばれる遊女を置き、また専門の遊郭も多かった。かいうん楼はその代表的なもので表の立繁格子やべにがらぬりのかもいや柱にその面影を遺している。
関町教育委員会 」
16:36 川北本陣跡(写真3)
川北本陣跡の裏手にトイレがあったのでお借りしました。
観光三重より
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関宿には川北本陣、伊藤本陣の二軒の本陣があった。本陣は参勤交代の大名や、公家、公用の幕臣などが利用した格式の高い宿泊施設であり、両方とも東海道関宿の本陣として 栄えた。
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本日の73に続く


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