日本人には意思(Will)が無い?  社会

私の記事

原発再稼働問題 http://happy.ap.teacup.com/yosimaki/714.html#comment



寺嶋眞一名誉教授からコメントを頂いた。私は個人的に寺嶋教授を存じ上げないが(以前もコメントを頂いたことがある)彼のコメントに記載されている寺嶋教授のブログアドレスの記事がちょっと面白いのでここで紹介したい。

タイトルは

日本人のこと
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

である。

寺嶋教授は、日本語には未来時制がない。従って未来を語ることができない。未来を語ることができないので思考も存在しない。思考は存在しないが、恣意 (私意・我儘・身勝手) がある。と言っている。

未来が語れないので、何事も場当たり的にしか対応できない。未来に対するビジョンが欠落している。

未来や思考が存在しないというのはこう言うことであると例をあげている。

抜粋

強い意思 (will) は、‘shall’ を使った未来時制で言い表されます。例を挙げれば、マッカーサは日本軍に攻め込まれてフィリピンからオーストラリアに脱出したときに ‘I came through and I shall return’. (わたくしは [脱出に] 成功した、わたくしは返る) といった。ジョーン・バエズは、反戦歌で ’We shall overcome’. (勝利を我らに) と歌った。神は十戒の中で ‘You shall not kill’. (汝、殺すなかれ) といった。日本語で考えれば、どれもこれも大したことではない。

それというのもその場の気分・雰囲気を読んで勝手に解釈され日本語に置き換えられるからである。英語で考えればこれらは努力目標の設定であり、聞く人に希望を与える。 ‘I shall return’. (わたくしは返る) は「未来において、わたくしは返る」ということであり、’We shall overcome’. (勝利を我らに) は「未来において、我々は克服する」ということであり、 ‘You shall not kill’. (汝、殺すなかれ) は「未来において、あなたは人を殺さない」ということである。つまり、彼らの語っていることは、実況放送の内容でもなければ、現状報告の内容でもない。

抜粋終わり

確かにその通りかもしれない。

未来を語る言葉が無いと言うことは、現実を構築する力が無いと言うことである。そうなれば、物事に対する行動はすべて場当たり的になる。

彼はこのことをこう言っている。

”「そのうち何とかなるだろう」というその日暮し”


考えてみよう。今の政治はまさにその通りである。

例えば、原発の問題はどうだろうか?野田首相は、大飯原発の安全性は確保された。国民の生活を守るために再稼働すると宣言した。

その前に議論は尽くされたか?

その前に原発をどうする。将来のエネルギービジョンをどうするということは示されたか?

答えは。否。である。

日本語は議論になじまないと言われる。果たして、今回も議論は成り立たない。電力は足りるとか、代替エネルギーで賄えるとかいう情報があっても議論は成立しない。原発がいかに危険であるかといった科学的根拠根拠が示されても議論は成り立たない。

議論は無い。それは前提が再稼働であるからだ。原発に限らず、日本社会では会議を行う前に結論は決まっている。根回し、談合、腹芸で物事は決まって行く。

科学的根拠など関係無いのだ。

現に、今回の原発の再稼働は、科学的根拠ではなく、経済優先の議論なしのなし崩し的政治決断である。ここには脅迫というおどしもついている。

未来のビジョンなど関係無い。今どうするかが問題で、未来のことはいつでも先送りなので、結局、未来が語られることはない。

このように、自分達の現実を構築できないというのは、国家として致命傷的である。

そして、議論が成り立たないということは、日本はお上(政府)が決めたことが反対してもそのまま履行されるという民主主義的体制を取りながら、実は独裁国家なのではないかと思うくらいである。

結果、国民の大半が”おかしいな”と思うことが目の前で次々と決定され、実行されていく。そして、善良な庶民は、無力感を感じながらそれに従う。


日本人は、KY(空気を読む)人種である。これを寺嶋教授は、アニマル的だと言う。

将来的にどうすればよいとかいう理性的な問題で物事が話合われたり、決定して行くのではない。その場の空気とか雰囲気で物事が決まって行く。雰囲気に合わない意見や言動があるとそれこそKY(空気が読めない奴)と言われ排除される。

これは幻想である。日本人はバーチャル(仮想現実)で生きている。


そうか、日本人には意思(Will)が無いのか・・・。このことを理解するには世界の知識階級の言語である英語をやはりマスターする必要がありそうだ。改めて認識した。

寺嶋教授のこの文章。非常に長いのであるが、一読して見る価値はある。読んでみてください。

日本人のこと
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/
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タグ: 寺嶋眞一



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