静かに幸せとは何かを伝える人  社会

「病原菌理論は微生物と宿主の早期理解に不可欠な環境の影響、食事、気候、換気などに細心の注意を払う必要なしに、微生物と宿主の間の単純な相互作用への病気の減少を促した」

ハーバード大学によるエピデミック(病気の流行)の歴史的見解

この考えが今に至ることに繋がっている。

だから新型危険と言えば(実際はそうでなくても)大衆は恐怖に陥り、政府は過剰な対策を取り続ける。

この場合の終息は、大衆の慣れによって終わるか、新しい薬物が解決(実際は薬害しかない)したように偽装して終わる。


終息したのちは新しい病気の概念が出来上がり、人々の身体や心は弱体化していく。この流れを見ていると、人類には絶滅するしか解決策は無いようだ。

解決策で示される薬物は同じ新型であっても危険性はタブー化され、何故か大衆は安全と信じ込む。

これは恐怖にはネガティブな恐怖とポジティブな恐怖があるようだ。

このことからやはり大衆は完全にそして簡単にコントロールできることがわかる。

さて、ハーバード大学が述べているように、現代の病気の捉え方はその背景には全く考慮せず単純に細菌やウイルスによって引き起こされるという運が悪かったね理論に委ねられる。

そしてこの理論は全ての病気に適用され、例えば癌は運が悪い宝くじにあたってなる病気としてみなされ、それに対する対応は、細菌やウイルスと(この場合は抗生物質や抗ウイルス薬、予防注射)同じようにガン細胞を放射線で焼き切るか、切り取るか、薬で化学的に殺すかにつきる。

結局、医療や病気の人々は自らを変えることなく、ただ病院で薬物を投与され続ける。
あとはやり散らかした人生で終わる。

これは病気だけでは無く、社会にも当てはまる。人々は常に社会が悪いと言い、自らは変化する事無く社会を変えようとする。

そこに政治家という似非活動家が私に任せなさいと大衆を利用して自らのエゴを肥大化させ、さらに大衆のエゴを肥大化させる。

その肥大化したエゴを喰らいながら経済と言うお化けが社会を狂わせる。

だから、この社会を破壊し滅茶苦茶にしているのは我々である。

この認識があれば世界を変えるには自らを変えないといけないという考えに至る。

だから、その考えに至った人々はただ沈黙して自らを変化させる。その人々は目立つことなく静かに近くにいる人々に影響を与えていく。

人類の魂の向上には、大きく3種類の人々が必要だと考えられる。

@新しい危険を知らせる人
A社会を変えようと行動する人
B冷静に物事を判断し常に中庸にいて内面的で静かに幸せとは何かを伝える人

そして魂の向上の為にBの人々の比率が増えていくことだと思う。
今はまだ過渡期なんだね。
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