マスクは非常に機能しています  社会

マスクによる高血圧、糖尿、痴ほう、ガン、精神不安、アレルギー、免疫不全、口腔疾患、不定愁訴など激増している又は激増して行くと思います。
大人がマスクしていることによる子供への弊害はコロナの弊害を軽く上回り、さらに子供を産む人々は激減し日本という国は加速度的に消滅する可能性が非常に高くなっています。
これは皆さんが望んだことでしょうか?
もしそうでないのならば、それは誰かに押し付けられたものです。
マスク(口枷)はその本来の機能により人々の呼吸と言葉を奪いました。言葉は思考です。
コロナで思考を停止させ、マスクにより人から言葉(思考)を奪うのです。
マスクによる酸素不足の低下は非常に深刻です。
ですからマスクは見事に機能しています。

マスクの隙間からあらゆる汚染物質や細菌、ウイルスを口呼吸で体内に取り込み、さらにハウスダスト、ケミカルダスト、花粉、細菌をマスクで集塵し、自ら出した細菌、ウイルスも集塵し、自ら危険に晒される。しかも微小なウイルスは全く防げない。大切な酸素は十分に取り込めず免疫力低下による病気のオンパレード、さらに思考低下。世界ナンバーワンのコンピューター富岳で唾液が飛ぶところを計算させいかにもマスクが感染を防げるかというプロパガンダを流す。

そして大衆はそれを真に受ける。
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偽装  社会

国民全員が感染すればコロナは治まる
そしてこの感染からどんなことをしても逃れることは出来ない。
既に多くの人々は感染して治癒していると思われる。
あとは、ワクチンなどのくすりによる偽装が始まる

人々はコロナによる罰則を望むようになる。人々は真実を述べる人を生贄として祭りあげる
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幻想の世界  社会

コロナは単なる風邪
コロナは単なる風邪だと主張する人々は、統計学的にみてもコロナで重症化したり死亡する確率は風邪かインフルエンザ並みなので通常通り生活すれば良いと考えている。
むしろコロナよりもそれに対する過剰な反応で経済的に困窮し亡くなる人が多くなると考えている。
免疫学的見地からもこの程度の感染症なら感染して免疫を獲得した方が良いと考えている。
そしてマスクや手洗いは免疫を落とす上に風邪は防げないと言う。
ましてや予防接種などバカげている。
さらにPCRは研究には使えるが感染症を特定できないと主張する。
テレビで発信される情報は御用学者や政治家による欺瞞だと考える。
陰謀論的にはマスクは奴隷の象徴であり、大きな意図により人々を管理監視する社会へ移行させる目的でコロナという嘘を情報により流布していると考えている。
コロナは単なる風邪では無い
コロナは存在すると考えている人は恐怖感を持っている。コロナを封じ込める為にマスクや手洗い消毒はきちんと行うべきだと考える。早く薬や予防接種などの対策が整うことを願っている。
テレビの情報は国や専門家が発信していることなので疑いようもない。そのまま受け入れてその通り実行することが重要だと考えている。
国、政治家に責任をとってもらいたいと考えている。予防対策がとれていないと国を責める。
そのどちらでも無く、多くの人は日和見主義で動いている。日和見主義の人はどちらかというと流行に乗る。コロナは存在している方に入る。
そしてコロナは風邪だと考えている人とコロナは単なる風邪では無いという人々の間で分断が起きる。お互いにお互いを罵り合いバカにする。
自分たちが正しいと主張し合う。その矛先は国だけではなく、大衆同士にも及ぶ。
お互いに正義の人になっているのだ。
これが分断なのだ。
この分断を全体から眺めて利用しようと考える人々が漁夫の利を得る。
人間はどこまで行っても、弱肉強食のアニマルから脱出することはできない。
最終的には常に闘争に向かいお互いを貪り食うのが人間という生物なのだ。
今コロナが本当にしろ嘘にしろ情報として流行している。
流行していることは事実なのだ。
対策として、単なる風邪だから通常の生活をしましょうというのは無理がある。何しろ流行しているのだ。
コロナは単なる風邪だとしても死者はカウントされる。それがどれだけ統計学的に低かろうが、死者はカウントされるのだ。それをすべての人が注視することになる。
それに対して多くの大衆は何もせずにただ風邪だと眺めていることはできないだろう。
人は自然に任せるという選択肢はとれないのだ。問題にしてしまった以上、その問題に対して何かを行ったというストーリーが必要なのだ。それが結果的に多大な犠牲を払うことになったとしても。
だから、この流行に対して何もしないという選択肢はおそらくできない。
それが多くの人間なのだ。
もちろん何もしないことをする。自然の知恵を利用するという選択肢もあるが、多くの人はこれが出来ない。
多くの人はすぐに結果が出たりするものを選択するのだ。これは戦争起こしたり、病気ではガンに対する向き合い方をみればわかる。
このコロナの落としどころは、コロナストーリーを創り上げ完成させるということだろう。
だから結局はコロナは茶番だと言う人とコロナ脳の人は一緒にストーリーを創っていることになるのだ。
お互いに必要な登場人物なのだ。
いずれこの騒動は治まる。そして何か次の流行が始まる。
問題を創り上げるのは簡単だ。拡大してこれが問題だと言えばいいのだ。
しかし、それは悪いことではない。そこから何かを気づくことが出来る。
今回のコロナ騒動は世界的にみても例年の死亡者に何ら変化は無い。何かが増えれば何かが減るのだ。結局、何も起こっていない。今年はコロナという流行色が流行っただけなのだ。
コロナ騒動は、私たちの意識のもたらした幻想なのである。
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