肉食と平和  社会

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 人間はその身体的特徴、生理機能から草食動物である。さらに、他の動物にはみられない複雑な精神構造(想像力や創造力、過去記憶力や未来思考力など)を持っている。精神性豊かな生き物である。

しかし、その豊かな精神性を成長させることができず、お互いに殺し合いをしている。

この殺すという行為は、紛争や戦争、事件に限らず、日常茶飯事に平気で行われていることがある。それが肉食と言う行為である。

家畜である牛や豚、ニワトリを毎日のように殺戮しその死肉を食らう残虐な行為を平気で行える。

その精神性は残虐で残酷な行為である。

しかし、それは生きていくために食べると言う行為の上に正当化され、スーパーに死体が累々と積み重ねられていても何ら不快な感情も湧かず、むしろ舌舐めずりを行う。

生きていくために死肉は必要ない。人間に肉は必要ない。

ただ食われる為に、人間の一時的な快楽の為に、生まれて太らされそして殺され、ただ食われるだけの命があって良いのだろうか?

あなたの大切な優しい人も、残酷に殺された死体の死肉を食らう恐ろしい一面を持っている。これは人間の悪魔的な一面だと思う。

この残酷性、残虐性が人間の精神から無くならない限り、私は平和な世の中は来ないと思う。

日常的に常に殺戮を行い平気で死肉を食らう恐ろしい生き物。それが人間。

この残酷性に気づき精神が成長、発達し日常的に”殺す”という行為を終わらせた時にはじめて、この地球上に平和がもたらされるのではないだろうかと私は思う。

人間は肉食動物では無い、ネズミを生きたまま食べることは出来ない。生肉を引き裂く牙もも爪もない。肉を消化するような消化管を持っていない。生きている動物を抑えつけて殺すこともできない。

人間の食べて良い物は、果物、野菜などの植物、茸類、穀物などである。

生きていくために肉食が必要だから大切な命を食べさせてもらっている。ありがたく食べなさいなどというのは詭弁である。

肉食は必要ない。人間は生きていける。それは残酷な行為であることを私達はよく考える必要があると思う。


あなたは下記のサイトを現実として直視できるだろうか?

食卓のお肉ができるまで
http://saisyoku.com/slaughter.htm


これは私が考えていることであり、正しいと主張するつもりもない。それに、この世から肉食をなくすことは不可能だろう。しかし、この日常的な殺戮がいずれ残酷な殺戮行為である暴力行為、戦争に結びついているような気がしてならない。

いずれ人間はこの残虐性から脱却できるものと私は信じている。そのとき人間は平和な高等生物として進化する。





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