久しぶりに海を見た  スピリチュアル

久しぶりに海を見た

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吉田鍼灸指圧治療院 地図  治療院紹介

治療院の場所がわからないとのご指摘をよく頂きます。場所は以下の通りです。カーナビで来られる場合、電話番号を電話帳に登録していないので電話番号検索では来られません。住所で検索願います。

吉田鍼灸指圧治療院 場所

http://p.tl/Phm3


住所
885−0092
宮崎県都城市南横市町7879−2
рO986−23−8531
http://happy.ap.teacup.com/yosimaki/
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映画 シリウス  宇宙 

映画 シリウス

http://blog.goo.ne.jp/narudekon/e/9dea1b46770947f7eb36b240c64c0590


はここで観られる。はやく日本語訳がみたいものだ。

  ↓
UFOSIGHTINGS HOTSPOT
http://ufosightingshotspot.blogspot.jp/2013/04/sirius-movie-full-documentary-and.html

消された残念!
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人殺し医療 ベンジャミン・フルフォード  医学情報

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何とも衝撃的なタイトルだが、驚くには値しない。そのまま事実が記載されている。残念だが、これが現実の世の中。

営利を追求すると、命より金が大切になっていく。それは当然の帰結とも言える。

この地球に生きるほとんどすべての人々が詐欺を行い、金を手にしなければ生きていけないというシステムになっており、金をたくさん集めた人が成功者と呼ばれる。

金を儲ける事それ自体がすでに詐欺行為である。

驚かなくていい。命より金(マネー)が大切なのが常識なのだ。そういう世界だ。

全米第一位の死因は「医原病」

(2004年 ニューヨーク州NPO法人「アメリカ栄養研究所」ゲーリー・ヌル博士)

第1位「医原病」年間78万3,936人。第2位 心臓疾患 69万9,697人 第3位がん55万3,251人。


私が考えるに、心臓疾患も薬物治療で悪化するし、がんも抗がん剤で殺される。ということを考えると、考えたくもないが1位から3位まですべて医療が原因の死亡者数ではないだろうか?そうすると年間200万人を超える。

日本では医原病は公式的には存在しないことになっているが、欧米型の医療を導入している我が国の死者数は推して知るべしである。

本書では、40万人から30万人前後と指摘している。

アメリカは公式に医原病を公表している。医療は崩壊して酷いものだが、正直である。日本は医原病など存在しない。隠蔽している。

全米で78万人と言うのはどのような数字か?

ちょっとした大都市が、毎年、一つ、医者によって消滅している。

500人乗りのジャンボジェット機が毎日、アメリカのどこかで4機、墜落事故を起こしているのと一緒。「病院」に行くということは、毎日、墜落するジャンボジェット機に乗り込むのと同じリスク。

誰がこのジャンボジェット機に乗るだろうか?ワクチンも同じで、1等賞は”死”であり2等以降は免疫系、神経系病気である。こんな宝くじをほとんどの人は喜んで買うのだ。

抗がん剤について面白い表現をしている。

抗がん剤とは「人を生きたまま部分的に殺す」薬である。

しかし、部分的ではなく完全に殺してしまうと言うのが正しい表現だろう。

現代医学とは何かという基本概念についてこう記載されている。

社会学者タルコット・パーソンズ


「患者は罹患した社会的責任を免責される代わりに、専門家(医師)の治療方針に隷属し、いかなる状態でも回復への努力をする」(病人役割説)

患者は医者の方針に文句を言う権利は無く、医者は少しでも可能性があるなら、たとえ危険な治療でも積極的に行う義務があると叩きこまれている。抗がん剤治療を医者も患者も拒否できないシステムになっているのだ。

病院に行くということは、奴隷になりますと宣言しているのと同じことである。奴隷はご主人様に逆らってはいけない。

医療被曝世界一の日本

定期健康診断による医療被曝は年間4ミリシーベルト。これが仕事を終える(定年まで何十年も続く)

フランスとチェコスロバキア(当時)の調査

中年男性、愛煙家6000人ほどを対象に、年2回のレントゲン撮影検査を3年連続で受けるグループと、受けないグループに分けて調査。

調査実施から3年後、追跡調査。レントゲンを受けたグループ341名死亡。受けなかったグループ291名死亡。受けたグループは受けなかったグループより50名も死亡者が多かった。

日本はレントゲン、CT大国。何でもかんでもレントゲン、CT。

1972年日本は健康診断が義務化されてから、1975年以降、男性の肺がん、肝臓がん、膵臓がんが急上昇している。胸部を中心にがんが急増し始めた。(グラフを見れば一目瞭然)。


製薬会社を中心にした医療マフィアのすそ野は広い。原発村と同じ構造である。誰もここに切り込めない。医療費はますます膨らみ、国民皆保険は破綻する。医療格差が生まれ、アメリカと同じように病気になると、破産して家庭が崩壊する。

歯止めをかけられるかは、”無知”の状態におかれている国民が医療の欺瞞に気づくことができるかということである。

しかし、私は悲観的である。多分気づかないね。気づいても原発と同じで押さえこまれる。

まあ原発の場合は、自らシステムが維持できなく(廃棄物の処理が不可能)なってきているので、再稼働は実際上無理になると思われるが。

そういう意味では、医療の方が庶民生活に深く浸透しており、じわじわと長い時間かけて効いてくるので(副作用が)破綻したころにはもうよくわからない。根深い問題だ。

薬物依存に陥っている方、陥らされていいる方、極力、本当に必要な薬だけに抑えて下さい。薬で長期間コントロールされている方は、薬を止めるのは困難かと思われます。

医薬ビジランスセンターの浜六郎医師はこう言っています。3種類以上の薬を摂取している方は(複合作用で)何が起こってもおかしくない。

薬は3種類以上飲まないことが肝要かと思われます。









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タグ: 医療問題

不安・神経症・うつ・パニックー依存からの脱却ー  メンタル

不安は依存から生まれる。自分で解決できない不安。それが神経症やうつ、パニックの状態を引き起こす。

不安だから依存するのか?

依存するから不安なのか?

依存するから不安なのだ。


他人に、薬に、お酒に、タバコに依存。 依存=奴隷である。他人の奴隷。他人の思考や物の奴隷。

他人に依存している以上、自らの自由な精神の発露は無い。何をすればよいかは、他人が握っているのだから、自分ではわからない。あっちに気を使い、こっちに気を使い、空気を読みながら、自分の精神と乖離して行く。

自分で何事も解決するのだ。と考え、依存から抜け出し自らの思考で動き出せば、実は周囲に気を使うより、精神は自由になる。

奴隷状態から抜け出すには、依存を止めることだ。

日本人は和を大切にし、協調性を重んじる。それは悪いことではない。しかし、現代は、それが日本人の病理を引き起こしているように思われる。

空気を読むことにより、自分に嘘をつき周りに合わせる。そうしているうちに精神は分裂していき、やがて神経症、うつ、パニック、強迫性障害、統合失調症と言われる状態になる。

空気で思考する民族〜日本人

世の中が狂っているのです。日本人は空気を読む民族です。空気を読む心理は恐怖です。
日本人の行動基準は恐怖です。他人と違う行動をとればどう思われるかという恐怖です。それに和を重んじることによる束縛システムです。

世の中は何もかも依存させて自由を奪います。1人で生きていけないように、あらゆるものに依存させられています。手も足も奪われて、思考まで奪われています。

依存させられているので自信が全くありません。これも恐怖のシステムです。この恐怖のシステムにより庶民は自由を奪われ奴隷化しています。

周りにいる人は自覚症状がある無し に、ほとんどが詐欺師です。良いことを言います。詐欺師は優しいほど危険です。

自分が国家から世界から奴隷化され家畜になっているのに気づかず、自らの周りにいる人を庶民同士で、囲って奴隷にしようとします。これは親子関係にもみられます。子供に依存心を起こさせ満足している親や、他人を利用しようと依存させる隣人があらゆるところに存在します。

優しくて良い人ほど危険です。道徳や倫理を持ち出したり、自分が良いことをしていると思い込み、相手を自分の思う通りに動かそうと、正当化した理屈をこねます。

危険な人々だらけです。世の中は詐欺師だらけなのです。良い人に見える人ほど詐欺師です。

(本当ですよ。あなたのためになってくれる親身な人は詐欺師かもしれません。もっとも詐欺を働いている本人も気づいていないかもしれませんが、まっとうな事を言ってあなたをコントロールしようとします。典型的にはあなたのためにとかいう、まっとうな親が多数存在します。)

そこから脱出するには、自分 に正直になることです。自分に嘘をつかない。空気を読んで自分を曲げない。敵がいくらいようが中傷されようがそんなことは関係ない。そうしないと地獄の様な世の中になります。実際、この世は地獄になっているじゃないですか。

依存心があらゆる心を疲弊させ、自由なあなたを蝕んで苦しめていきます。周りに合わせれば合わせるほど、その場では良くても、苦しみは増すばかりです。自分を裏切っていると、精神は分裂していきます。

周囲にはろくな人間はいないのです。最近その傾向が顕著になってきていると私は思います。良い人に気をつけて下さい。

独立した依存心の少ない人が、本物の人であり、私達は、依存心の少ない本物 の人を育てないといけないのです。そして、自らもそうなるべきなのだと思います。

人生は自由を得るための闘いかもしれません。

あなたの敵は依存心です。

あなたの闘うべき相手は、嫌いな人や物事ではなく、あなたの中にある依存する心です。


依存の反対は独立心(自立心)です。
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平和  社会

老子の言葉

「世界が平和であるためには、
 国が平和でなければならない。

 国が平和であるためには、
 都市が平和でなければならない。

 都市が平和であるためには、
 街が平和でなければならない。

 街が平和であるためには、
 家庭が平和でなければならない。

 家庭が平和であるためには、
 心が平和でなければならない」


 私達の世界は、私達が創りだしたもの。

 世界が平和でないということは、私達の心が平和でないということですね。


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御池  社会

昼から時間が出来たので、久しぶりに自転車に乗り、御池に行ってきた。

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天気も良く、すばらしく綺麗な風景。こいつは絵になる。描いてみようかな。

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ルアーフィッシングに興じる人、子供連れの家族。デートにきたカップル。

しばし佇んだ。

小さい子供を連れた夫婦を見ていると、自分の子供がまだ小さかった頃のことを思い出す。

もっと可愛がれば良かった。などと今はもう抱っこもできない子供を思い出しながら、懐かしくなる。

デートをしているカップルを見ていると、私は妻と付き合っている時間を大切にすれば良かったと少し後悔している自分に気づく。

あんな時もあったよね。時は過ぎていく。いろんな人を見ていると、まるで思い出を巻き戻しているかのようだ。

走行距離45.7kmのサイクリングでした。

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宗教の世界  社会

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宗教など必要ないと若い頃思っていた。宗教なんて差別の温床で、戦争ばかりやっているではないか。

そう思っていた。

しかし、若いころの、ただ若いだけという無謀なパワーが、経験や老いによって変化するにしたがい、それだけでは解決できない問題がはっきりとしてきた。

若いから宗教が必要では無いではなく、自分が単純に知恵がなかっただけだったということに気づいた。

宗教に対して無関心であり、無知だったということである。ただし、若いころに宗教に興味があれば、間違った宗教に傾倒していたかもしれない。例えばオウム真理教とか。そんなバカなと笑ってはいられない。

宗教に無関心で良かった。そして必要な頃に、知恵が授けられる。もっともいくら学んでも無知から逃れることはできない。

日本人は無宗教だと言われる。宗教が無いということは、宗教を信じている人々にとっては、一体何を基準に生きているのかわからない、何を考えているのかわからない人々ということになる。

何しろ、生きるよりどころ”神”がいないのだから。基準が無い人々であり、信用できる人々とはとても思えないだろう。

宗教の無い日本人は(厳密にいうと、ご先祖を敬ったり、神社にお参りにいったり、お寺で葬式をあげているので全くの無宗教とは言えないだろうが、外国の宗教信仰とは全く違う)、何を基準に生きているのか本当に不思議な民族である。

何しろ無宗教なのに、治安が保たれ、勤勉で世界一平和なのだから。これは単一民族(厳密には違う)で、島国ということが幸いしているのかもしれない。自然と共生しながら生きてきた。それが日本人。闘いに明け暮れた諸外国とは国の成り立ちが違う。

そういうところに、宗教に頼らなくても生きていけたという側面があったのかもしれない。

ここで無宗教と私は言っているが、実際は、日本の宗教人口は2億9000万人ということなので、一大宗教国家である。国民1人当たり、2つ以上の宗教に加入していることになる(笑)。

私は仏教徒である。といってもどこかの宗派やお寺に属している訳ではない。仏教的考えが好きで、仏教を勉強させて頂いているというだけのことなので、信者とは呼べないかもしれない。

同時に世界の宗教についても興味がある。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教、宗教とは私達にとってどのようなものであるのか知りたい。

宗教の無い世界は、どんな世界だろうか。

多くの日本人は、宗教を生活の中にあまり意識をしていない。意識しているのは、政治活動的ことと、経済的な活動のこと。日本人にとっての生活とは、政治と経済であるように思う。

しかし、政治と経済だけで生きていると、妄想と錯覚、競争原理による勝ち負けや利害関係による生き方に明け暮れる世界が出現する。そこにあるのは詐欺行為、殺人、嫉妬、妬み、怒り、悲しみ、かくして、世の中はそうなっており、そこには争いが絶えない。

では、宗教が生活の中に取り込まれている諸外国はどうだろうか?やはり紛争や戦争などに明け暮れている。しかし、その本体は、宗教ではなく宗教を利用した政治(国)的な思考によるものである。

宗教はいつの世も、政治とは無関係なものである。しかし、利用される。結局、切っても切れない関係にある。

ということは宗教は世界を救わないということだ。今までの歴史上でも宗教が平和をもたらしたことは無い。

私は、勘違いをしていた。宗教は世界を救うのでは無く、個人を救うのだ。どこまでいっても個人の問題。それが宗教なのではないだろうか。

100頭の羊のうち、1頭が迷子になったら、99頭の羊は放っておき、1頭の羊を捜すのが宗教ということのようだ。

宗教は公ではなく、個を救う。

私は仏教徒だと公言している。しかし、なんらかの組織に所属している訳ではない。宗教にはどのように生きていけばよいのかが示されている。現実世界では難しいことも多々ある。しかし目指すべき指標にはなる。仏教に限らず宗教に強烈なパッションを感じる。

キリスト教に非常に興味がある。”神”と契約し、”神”がいつも身近にいる、感じる生活とはどのようなものだろうか?

仏教にはそのような契約は無い。仏様が生き方を指し示して下さる。別に仏様と契約を結ぶわけではない。

”神”と契約を結び、神とともにあるという生活は、どのような意識をもたらすのだろうか?これを私は知らない。

人は自由を求めるが、神との契約は、奴隷になるということのようにも思える。奴隷に
なることで安心を得るのかもしれない。奴隷の自由の方が、実は安心の自由であるのかもしれない。寄りかかることができるという安心感。

何しろ全くの自由などは存在しないし、選択肢の多い自由は、結局”迷える子羊”である。

この映画は、本当に強烈なパッションを残した。

メルギブソン主演 パッション



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