哲学を失う  

哲学を失っている。何が善で何が悪なのか定義も混乱した世の中、病気の説明をすればするほど、困難に直面する。
 病気は、その人の性格が作る。もちろんすべてではないが、ストレスが病気の最大の原因だ。
 そうなると、性格にかかわることの改善ができるのか?とても困難なことだ。でも、もしも無駄だとわかっていてもその困難なことに直面するのが、結局生きることなのだろう。

 健康になるために行う、様々な事柄、食べ物、運動、健康食品など、健康になるための努力。でも残念ながら病気になるときはなる。僕は無駄だと思っていても、それを行うことが養生だと思う。

 苦しくても、どうして生きていなくてはならないのですか?という相談にいつも頭を抱える。いったい何て答えればいいのだろうか?

 ポジティブで楽観的な人にとってみれば、想像できない質問だ。

でも、そう思っている人にとっては、本当に難儀なことだ。生きていくことは・・・。

 昔、先生方と子供たちの話し合いで、子供からのこんな質問に先生方が答えに詰まったということがあった。
質問の内容は「どうして人を殺してはいけないのですか?」たぶん、「どうして自殺してはいけないのですか?」という質問と同じだと思う。

 本当に難しいことだ。殺してはいけない理由を説明すると、殺してもいい理由がでてくる(正当防衛や戦争など)。

 僕は今のところ、自殺と同じで答えを持っていない。

説明をすればするほど、それと反対の理屈も成り立つので、言葉を失う。

ひとつ言えることは「理屈なんかないダメだからダメなんだ」ということだけ。でもこれで、苦しい人は、救われるだろうか?


 本能(大脳辺縁系)に刷り込まれた心の闇は深い。

誰か答えを持ち合わせているだろうか?

毎日が格闘である。重い話ですみません。
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