人というものは  

 F氏と酒を飲みながらの会話。彼は僕の話が全く理解できないようだった。その話は、僕が鍼は刺さなくても効果があるといったことにある。実際、臨床で僕はそう感じているし事実なのだ。そして、僕はこのように説明した。およそ、人というものはその本質である”こころ”とそしてそれを表現するための”からだ”で構成されている(その他にもあるかもしれない・・・)。全ての人は、外界の環境に反応して、その環境に対処するために体を変化させる。つまり、感覚を通じて体を変化させるのだ。それは、暑さだったり、寒さだったり、鍼の刺激だったり、灸の刺激だったりする。それに、職場の上司だったりする。あなたは、好きな人といるときと嫌いな人といるときどちらが健康にいいと考えるだろうか?あなたは、おもしろいテレビと残虐なテレビのニュースをみてどちらが気持ちよくご飯が食べられると思うだろうか?こころの動きはすべて筋肉の運動に変換される。もしくは、胃液の分泌だったり、ホルモンの分泌に即座に影響を与える。だから僕たちは生きていけるのだ。
 さて、鍼は刺さなくても効果があるといいうのはもう理解できましたか?なにも不思議なことではなく考えてみれば当たり前のことです。そして、治療をするというのはただ、鍼をして灸をすればよいというものではありません。刺激を与えれば体はそれに対して変化します。でも刺激療法だけでは説明がつきません。もっと大きなことです。そこには何かが関係しています。それを気とはオーラとか言う人がいるかもしれません。それは、治療家のこころに関係しています。とF氏に言葉足らずに説明したところ、全く理解してもらえず。まるでまやかしかなにか、もしくはプラセボ(彼はプラセボの力についても理解不足)に過ぎない。あなたの言うことは、患者には全く理解できないだろうと言われた。彼は科学的に物事を考えるタイプだが、僕の言っている事も、ある意味では科学的なのだが・・・。そして、僕の説明に対して、みんな良く理解してくれる。むしろ自然なことなのだ。
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時計  

 時計の短針が動くのを見たことがありますか?僕は見たことがあります。じーっと眺めていれば、僅かずつですが確かに動いています。でもその動き方は非常に遅く、まるで時が止まっているかのような錯覚が起こります。こんどは秒針をじっと見ます。僕には同じ様な間隔で時を刻んでいるようにはみえません。ある1秒は長かったり、短かったり、あれ止まったと思っていると動き出します。全体的に眺めると同じ間隔で動いているようです。でも秒針だけみると違うのです。僕だけではないとおもいますが、このようなアホの暇人のようなことをするのは僕だけかもしれません。
 時間の矢というのがあります。時間は秩序あるものから無秩序へ向かって動いて行きます。それが自然です。秩序あるものは崩壊します。秩序あるものを作るには非常にエネルギーがいりますが、無秩序に崩壊するのは簡単です。例えば、身近な例では、ガラスのコップを思い浮かべればいいでしょう。ガラスのコップを作るには、非常に手間暇かかります。原料を高熱で溶かし不純物を取り除き、熱い内に形を整え、冷却して完成します。人の力による労働もたいしたものです。しかし、壊すのは簡単です。手を滑らせて、あるいは故意に高いところから落とせばあっけなく壊れます。そしてそれは一瞬です。でも壊れたガラスのコップを元に戻すことは一瞬ではできません。秩序あるものから無秩序へ、時間は過ぎていきます。これは全てのものにあてはまります。私たち人間や動物はは秩序だった身体を持ち、秩序だった文化や建物、道路などをつくります。しかし、それはやがて崩壊します。身体も崩壊していきます。そしてまた秩序有る子供を産みます。その繰り返し。いつも私たちは無秩序へ抵抗しながら生きているのです。この無秩序を秩序だてるという莫大なエネルギーを”気”とかいうのではないでしょうか?だから私たちのまわりはエネルギーで満ち溢れているのです。
 さて、時間とはなんでしょうか?時間は一瞬一瞬過ぎていきます。机に置いたコップはすでに過去のものです。でもコップも一瞬の時を刻みます時間は連続しています。新しいのは今だけです。この文字もすぐに過去になります。でも連続してつながっているのです。間違えたところに置いたコップは正しいとこに置き換えることができます。これは過去を変えられることを意味します。つながっているのです。時間も空間も恐竜も、イラクも、北朝鮮も実際、空間も空気もつながっています。あちらで起こっていることはじつはすぐそばのことなのです。だから影響をうけるのです。世界中、宇宙中、全ての人、動物、植物、あらゆるもの全て無駄な物はありません。みんな一緒に生きて喜び、絶望して、死に、悲しくて泣いているのです。そう考えれば一体感が生まれませんか。だから、平和とは自分の問題なのです。総理大臣の問題ではありません。私たち一人一人が実現できるもので、そそしてれは出来ると考えます。 
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不安  

 どんな逆境にも負けない人がいる。ストレスに強くくじけない。端から見ると逆境を楽しんでいるようにも見える。それはそういう人なのだ。
 どこの本にも書いていないけど、おそらく脳内の神経物質(セロトニンやノルアドレナリンやドーパミンなど)の分泌量の違いだと思う。この分泌がうまくいっている、もしくは分泌量が多い人は、どんなことがあっても落ち込まない。もし落ち込んでも一時的なもので、それをバネにしてまたがんばる。幸福汁(脳内神経伝達物質)が多いのだ。だから、何故、あの人はいつも元気なんだろうとか、あの人のようにいつもパワフルで、楽しくいたいと思っても無理なのだ。
 ご存じのように、うつ病は、脳内の神経伝達物質の枯渇にある。ノルアドレナリンやセロトニンの分泌や受け渡しが度重なるストレスや疲労によりうまくいかなくなるのだ。だから、薬で良くなる。しかし、このような状態に陥る人はそうなるもともとの素因があるのだ。だから再発も多い。
 先に述べたどんな逆境にも負けない人は、そもそもこのようなうつ病などには決してならない。素因がないのだ。だから、まったく違う人がいると認識した方がいいと思う。だからといってこのような人が良いという訳でもなく、成功者という訳でもない。むしろこれから述べる人で成功している人も珍しくない。うらやましいと思うが仕方がないのだ。だから、無理してこのような人になりたいと思う必要はない。
 一方、いつも不安で心配で神経質な人がいる。こういう人は考え方も悲観的で、そして非常に疲れやすい。私などはこの類だ。こういう人は、
脳内の神経伝達物質の分泌が悪いのかもしれない。それから古い脳である大脳辺縁系(生きるための基本となる働きを司る。怒り、恐怖、好き嫌いの判断、直感や感情)の働きが過敏なのかもしれない。いつも生きているのが不安である。では、どうしたらよいのか。不安な自分や、心配症な自分、疲れやすい自分を諦めるのだ。私はそうしている。
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