黄色い襷  

今年初めて、長男でPTAにデビューしました。

自分の出身校の懐かしさもあり、簡単そうな安全委員に申し込み。

今日は、朝から学校前の交差点で黄色の襷をかけて交通指導。(知っている業者さんのトラックが前を何台も走り去り、超はずかしいかったです。

最後に、PTAの方から何かありますか?と先生の質問に、

あるPTAが、「イヤホンをつけて登校している生徒が多かった。」と発表され、

先生が、「学校から生徒に注意します」と答えられ解散しました。

仕事もあり、早速現場に戻ろうと運転していると、

前の方を先ほど挨拶されていた、役員さんも自転車で帰る途中でした。

ふと見ると、耳元に白いイヤホンがキラリ。

先ほど、話題が出たばかりなのに・・・。

子供たちが止めない理由がわかります。


大勢の中にいると、自分も注意されているのに、気づかないときがあります。

「は・は・は」と他の人のことを笑っていると、

自分もそうだった。とか

自分は違うと、わが身を忘れてしまうことってありませんか?


先日僕らの時代という番組で、本木雅弘さんと、小泉今日子さんと、もうひとりの男優さんがいて、60年代後半の自分たちのキャラクターについて話していました。

つまり、好景気まっさかりの頃に青春時代をおくり、なんの不安もなく、さめた世代。新人類とも呼ばれていました。

私が通っていた大学でも、広い講堂ではほとんどの生徒が、居眠りをしたり、おしゃべりをしたり、していました。

大学の先生も、そんな風潮になじんでいました。

でも、ひとりある先生は、(今でも名前を覚えていますが)そんな生徒達に向かって、しゃべっている生徒がいると、必ず注意し、講堂の無気力な雰囲気抵抗するかのように、もっと真剣に授業をうけなさい。といつも叫んでしました。

流れる水の上に字を書くような、どう考えても無駄に思えることに、その先生はさめた学生たちに必死に呼びかけていたのでした。

そんなさめていた学生達の一人として、頬杖をついて授業を受けていた自分は、注意されていない自分は、自分とは関係ないと、たかをくくっていました。

今時代は下り坂を向かえ、真剣でなければ生きていけない時代になりました。

30代のすべてを、会社経営にかけ、そしてこれから三人の子供を社会に送り出す今になって、本木さん達の会話のように、

さめたていた自分をやっと客観的にみることができ、学生に無駄とわかりながら、訴えていた先生の偉さが分るようになりました。

自分は違う。そう思い続けていると、とても時間というとても貴重な物を失ってしまうのではないでしょうか。
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