ワスレラレテ  

○あ〜まぼろしの日曜日

先週の日曜日、いよいよ池坊で最も難しい立花に挑戦。

まだ初めて3年目の私は、通常教えてもらえないのですが、研究会に参加し、いろいろ貢献した結果、ついに教えてもらうことになりました。

3ヶ月前からお願いし、ねばり勝ちだったかもしれません。

2月に入って、教室のカレンダーの24日に爆弾マークまでつけて準備。

先生はご高齢のため最近特に忘れやすいので、毎週お願いしていました。

そしてその当日。午前中すべての仕事をキャンセル。

いよいよ、今日は始めて立花をいける記念の日。

朝から気合メラメラ。

ピンポーン。インターホンを鳴らす。

「おはようございます。橋本です。」

「あら、橋本さん。今日は何の御用?」

「・・・・・・・・・・・」

「今日は確か、立花の日ですよね」

「あ〜ら、ごめんなさい。今週ころんで腰をぶって動けなくて準備していないの」

「はい。聞きました。腰が治らないようだったら、中止の連絡をお願いしていましたよね」

「○×△◇○■・・・。ごめんなさいね。せっかくだから、子供さんとどこかに遊びに行ってきなさいよ。」

ということで、中止。ははははははははははは。

こんなにやる気があるのにな〜。

先週、二人分しかとれなかった、アマリリスを教えてもらったので、
クリックすると元のサイズで表示します
(池坊ではアマリリスは結構重要な花だそうです)
今回は気分すっきり諦めます。

さて、私は毎週お花に通っていますが、その週に現場があると、必ずお客さまのお宅にその花を活けさせて頂きます。

なれてくると、自分では当たり前になってきますが、習ったことの無い方にとって、すごい出来事のようで、心から喜んで頂きます。

時には、かつてお花を習っていた方や、フラワーアレンジの先生もお客様でいらっしゃいましたが、度胸で活けさせて頂きました。

男性が活ける意外さも手伝って、サプライズもあるのでしょう。

でもその喜ばれる表情が自分でも本当に嬉しいのです。

「よく続くね。」「男性なのに、何で」と言われますが、こんなに喜んでもらえることってなかなかありません。

そして、お客様の前で活けるのって、本当に真剣になるので、すごく復習になり、上達するのも早い気がします。

○ふくしゅう。

「復讐するは我にあり」この言葉の意味を長い間誤解していました。

むかし、緒方拳さん主演の映画でも、こんなタイトルがあったと思います。

今話題の薔薇のない花屋さんでも、復讐で話が進んでいます。


復習はしてもいいけど、復讐はダメだよ。子供達に今朝話をしました。

最近久しぶりに読んでいる、三浦綾子さんの本、「夕あり朝あり」でこんな話が出てきます。

この本はかの白洋舎の創業者の伝記ですが、名経営者と言われた五十嵐さんも若い頃は仕事が続かず放り出してしまい、いろんな仕事をします。

その途中、前橋の旅館で雇ってもらった時、そこの経営者がもう、見た目も人柄も、神様のような人だったそうです。

あるとき、どうしたら、あなたのようなすばらしい人格になれるのか尋ねたそうです。

そうすると、大笑いされて、実はこの私も5人もの人を殺そうと付けねらっていたことがある。と告白されたそうです。

あるとき、自分の家のそばから出火して、近所一帯大火事になったそうです。出火の原因がそこの旅館のせいだと、その5人から無実の罪を着せられ、町中から相当いじめられることになったそうです。

結局、努めていた女中が、隣との家との間で火を見たと、警察に責められても、言い切ってくれて、無罪になったそうですが、悔しくて悔しくて、復讐してやろうとず〜と思っていたそうです。

しかしあるとき、知り合いの牧師さんが旅館にとまり、聖書から「復讐するは我にあり」という話を聞き、復讐を諦められたそうです。

「復讐を自分でする」という意味でなく、「復讐するのは、神様がする。だからその思いを神様にまかせて預けなさい」という意味だそうです。

その後、長い時間が達、ある木賃宿で老婆が死にそうで、どうしてもその旅館の主に会って話をしたいので、呼んで欲しい」と連絡があり、行きました。

すると、その見も知らずの老婆は、「火をつけたのは、私で、以前旅館の隣の染物屋に勤めていて、そこの主人を恨んで火をつけた。申し訳なかった。」と謝って、そのまま息を引き取ったそうです。

人は年をとるほど、いろんな出来事があり、良かったことも、良くなかったことも両方量は同じように増えます。

ひとつのきっかけで、大きく人生が変わることもあるでしょう。人生を諦めてしまい棒に振ってしまいたくなる様な出来事に遭遇することもあるでしょう。

でも、その時、自分は復讐することに、自分の心を使うのか、それともその気持を希望に変えて、新たな道を切り開いていくのかは、自分が決めること。


「ねえ、復讐は我にあり」の意味知っていると家内に聞いたら、


「聖書の山上の垂訓と同じで、復讐を思い煩わないことを教えてくれてるんじゃない。」との助言。


聖書を知らない人でも、最も有名なこの話山上の垂訓は
「明日も、昨日のことも思い煩うな。毎日のことしか考えない鳥さえ生きていけのだから、神様は守ってくれている。だから今日を精一杯生きなさい。」という話。

忘れることができなければ、預けてしまうのも方法ですね。


そしてこの主人公は、お金があれば幸せになれるとは限らない。と言います。

しかし、この大企業を作った大経営者は、いつも先進技術を取り入れ、桁違いの技術や設備投資を続けるすばらしい実業家なのです。

つまりお金を稼ぐすばらしい才能を持ているのです。

一見矛盾しているようですが、そこにたいせつなことが隠されているのではないでしょうか。













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