顔の稽古  

「顔の稽古をしてください」

これは延暦寺の老師が池坊の講演会での話です。

「できた作品はお花の顔だと思われるでしょうが、実は立てた人の顔なんです。

よくできた時は、自分の顔が満足しているからで、顔や自分のこころそのものが花に移っているんですね。

お花が生きているということは、お花が笑っていることなんです。もしお花に泣かれたお花の先生を廃業しないとだめです。

自分がにこやかにならないと、お花もにこやかにならない。だからお稽古をするんです。

稽古はどういうことかというと、何回も何回も繰り返すことなんです。

むっつりした顔で花をいけてごらんなさい。決して花は生きてきません。

お花をいかそうと思ったら、自分が生きていかなければなりません。

そのような意味でね、まず顔の稽古をされるのが、お花が上手になる基だと思うのです。」

これは、お花の世界だけでなく、あらゆる仕事に共通するすばらしい話だと感じました。

ついつい感情が顔に出てしまう私にはとてもありがたい話です。

うまく行っていない時、自分が認めてもらえない時、しかられた時、心配を持っている時、気持ちをしっかり切り変えて、今当面している仕事に取り組む。

私を信頼して頂いたお仕事に当たるとき、自分の気持ちがどういう状態か顧みていないと、そのまま現場に顕れてしまいます。

以前よりちゃん日記「下野人形の教え」で教わったことと同じです。

私をごひいき頂いているご年配のかたは、下野人形の教授をされています。

若いころ、他のお弟子さんにずいぶんいじめられた経験があるそうです。

しもつけにんぎょうは、顔がありません。にもかかわらず、その時作った人形はとてもかなしい表情をしている。お弟子さんから言われたそうです。

その後年をとり、自他とともに認められるようになったころ、悲しいの表情の人形を治そうと、分解して、紙をほぐして作り直しても、悲しい表情はとれなかったそうです。

「橋本さんね、作品は作っているその人の心の状態がそのまま表れるの。だから仕事もおなじ。そのことが分かれば、橋本さんの商売は大成功間違いなし。

物を作る時、必死になって、眉間にしわをよせて作ることは決して間違いではありません。

でも、お花に映し出されるとしたら、その花はきっと差し上げた人を本当に喜ばせることができません。

楽しく、感謝しながら、仕事する。そうありたいものです。
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