天地人  

●天地人

天地人というと、NHKの大河ドラマをすぐ思い出します。「私も最終回まであと2回」という言葉にたいへん弱い私。前回はしっかり見てしまいました。

しかし天地人はドラマのタイトルだけではありません。これも実は天地人なんです。
クリックすると元のサイズで表示します写真は今日OB施主様のところで撮らせて頂いた写真です。

「どこが天地人なの?」と思われるでしょう。

菊の仕立て方を天地人と言うそうです。写真は様々な高さでいろんな色がありますが、一鉢に三輪と決まっていて、一番奥の高いのが天、そして手前の二つが地と人です。

天は花半分くらい高く、そして地人はほぼ同じ高さに仕立てるそうです。「根っこの高さで調整すれば簡単じゃないの?」と思われるかもしれませんが、実はこの三本根本を見ると、同じ茎から三方に枝分かれさせるので、なかなか思うようにいかないそうです。確かにそのバランスがとれた鉢はとても美しく見えます。

いけばなでも実際には同様に「真副体」と呼ばされるやはり決まりがあり、それを生かしたり崩したりして活けています。完全に自由ではないのです。

今古いものが見直されています。それはモノだけではありません。格式が高くて近づきにくい物のなかにも、すばらしい技術や作法があります。

華道池坊の家元、池坊専永さんは、「足でいける」大切さをこう述べられています。

「植物の生長は様々な困難と隣り合わせです。石や人に邪魔されたり、それらに耐えて成長しまし。その姿が美しいのであり、その生きていく姿勢が美しいのです。」

「お花屋さんの花は自然の花と違います。本当の花の姿は自然の中でしかないのです。野山を歩き、自然はどのような所に芽を出し、どのように風雪に耐えながら生きて育ち花を十分咲かせるか見出さなければなりません。<いけばなでは足でいけよ>というように野山に入って植物の生きている姿をみるのが重要です。


そこにはお花の世界だけではなく、人生にも通じる真理があります。
男性でも女性でも、困難にぶつかっても、そこで諦めずにがんばっている人はかっこ悪くて、心から感動します。かつてオリンピックのマラソンでフラフラになりながらゴールした光景を思い出します。

やはり何かに必死に打ち込んでいる人は、どんなに美しく化粧した人より、人間性がにじみでて魅力的に感じます。

また足を動かすことは、営業の基本でもあります。かつて足利銀行の再建に取り組んだ頭取は支店長に「靴底減らし営業」を徹底されていました。もうその話を聞いただけで頭取の手腕と人格が確信できる言葉でした。

創造の世界では手でしょう。とにかく手を動かすこと。頭の中でいくら考えてもダメ、たくさん手を動かしているうちに、すばらしい線が生み出されます。

「足でいける」本当にすばらしい言葉です。今華道の人口が極端に減っています。かつてはご年配の方に聞くと花嫁修業として通っている方多かったようです。しかし今の時代、カルチャースクールで、やってみたことを、やりたいだけやってみて、いろんなことをやってみたい。ことが手軽にできる時代です。

入門して、お月謝を払って、看板をとるたびに費用が掛り、人によっては付け届けが必要な先生もいたりする。今までのやり方では難しいのでしょう。

自然の花の美しさを華道を通じて知る前に、止めてしまうのはしょうがない。が本当に残念です。
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う〜ん出ない〜  

○う〜ん出ない〜

年に数回、デザインがなかなか出てこない時があります。
スランプでもなく、もう微かに頭に中にあるんだけれど、モヤモヤしている。
最初からハードルをぐ〜んと上げる完璧を期して、いろんな物を見てインプットするものの、アウトプットするのが怖いのか、ついつい机の前から逃げてしまいます。
前回は3月。「そう言えば、5メートル×3メートルの空間をデザインするのに、100枚平面ラフを書いたな〜

「手を動かせ」と師の言葉を思い出し、自分を励ますのも一瞬、う〜んとつい妄想ガーデンの世界へ逆戻り。の一ヶ月でした。

昨日やっとデザインが決まりこれから見積もりに入ります。いや〜苦しかったです。以前、芥川賞を受賞し初めて長編作品を発表する、若手女流作家さんが結局締め切りを半年延して書き上げた情熱大陸を見て、「うん、分るよ、その気持」テレビに向かって真剣に頷いておりました。

さてさて私の場合、お庭をデザインするとき、パーススケッチを2枚をラフで書き、(こういう角度で、お庭を仕上げますイメージ)それに基づいて平面図を仕上げます。

御客様にプレゼンする時、そのスケッチを完成し、更にイメージ写真も作るので、これだけでまた、まる一日かかります。「ぱっぱっとスケッチを見せて、こんな感じです。」とお仕事を頂けばいいのでしょうが、決まるか決まらないか分らないのに、全力投球してやっております。

そんな訳で、やっと出来ました。今晩はゆっくり眠れそうです。幸せ。


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妙な忙しさ  

●職人さん

建築業ではいろんな種類の職人さんとお付き合いします。

うちのようなリフォーム会社でも、20業種職人さんと常にお付き合いしています。

「リフォーム会社はだれでもできるから怖いんですよね」と信頼できる会社を探しておあれれた、お客様から相談されたことがあります。

そうなんです。500万までは誰でも請け負うことができてしまうんですね。塗装屋さんが、お施主様から「ちょっと内装もお願いできないかしら?」と相談される話を聞きますが、でもちょっと気をつけて下さい。それぞれ専門分野は得意ですが、他の仕事は
「間違いなく大丈夫。」かどうかはわかりません。

うちも本当に良い職人さんが見つかるまで10年以上かかりました。

人柄がよく、技術の間違いない人。はなかなかいません。昔のように、腕さえ良ければいい、時代も終わりました。あいそはいいのですが、無駄話ばかりして仕事がおろそかになる人もいます。次の職人さんが待っているのに・・・

相手は機械でも道具でも決してありません。気持良く仕事をしてもらうためには、何が大切なのかよく考えなくてはいけません。

高くては仕事がとれない。でも値切ってばかりいては、職人さんはやる気を失うし、急な工事の時にすぐには来てくれません。これは職人さんだからというのでなく、人間の本来の性質。本当に難しいです。

さてさて、でもいくらいい職人さんを集まっても、仕事が集中してしまうことがあります。今クロス屋さんが忙しくお客様にご迷惑をお掛けしています。

「左官と違って、クロスは誰でも張れるでしょ。」なんて大間違い。3年後はっきり差がでます。下地づくり、つなぎ部分の処理で全然違うのです。あまりにも上手いので他の職人さんにしばらく頼まなかったので、急に探せません。

どこか他のお施主様で実験してから、なんて失礼なことを絶対できません。マンションや店舗専門の内装会社さんは常にたくさん職人さんを抱えているので、待ってもらうことはないのですが、その変わりどんな人が来るかわかりません。

以前「え〜、この人が来ちゃった」になります。ひとりでやっている職人さんは技術は間違いないのですが、体は一つで間に合わないことが欠点です。

どちらを採るかはそれぞれ会社の方針です。ダメな工事になってしまい怒られるか、その場で遅くなったことをお詫びしてでも、最善を尽くしていい仕事をさせて頂くか。

電気店で完成した商品を買うの違い、工事は人間が現場で仕上げるもの。毎日現場で勉強です。万事研修。
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ピンク ピンク ピンク !  

昨日は丸一東京。

午前中はジャパンホームホームショウを見るために東京ビックサイトへ。

毎年やっているのだから、代わり映えしない。時間も交通費ももったいない。と普段なら行かないのですが、その日の午後は東京駅で、まえまえから予定があったので参加しました。

お客様に説明するための資料とか、前々から探していた商品の仕入れ先を見つけた、などやはり行った意味はありました。いろいろ考えるより、やはり行動してみるもの。前向きに動けば何かしら成果はあるものです。


更にジャパンテックスというインテリアの展示会もビックサイトの別のブースで開催されていたので、こちらは初見学。

インテリアコーディネータの資格をとって間もない私。
小さな規模だろうと侮っていたら、いやいやこれがびっくり、ホームショウとさほど変わらない内容。いやそれどころか斬新で、すごくデザインの勉強になりました。
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(写真は会場の一部)

毎日の仕事に追われていると、ついついアウトプットばかりでインプットがほとんどなくなります。こればかりは、上質な物を入れる場合、時間の合間では本腰になりません。しっかり時間をとって、今の自分の居場所を離れて、最高級や最先端を見て触ってこないといけないことを改めて感じて帰ってきました。
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泣いてしまいました。  

昔、ある女性が重い病にかかり、高校を5年かけて卒業し大学に入学したものの、また病気が再発し長い病院生活がはじまりました。

その間恋人ができ、お互い手紙を取り交わす間がらになりましたが、とうとう二人はいっしょになれずに、短い生涯を病院のベットの上で閉じました。その彼女の日記にこんなことが書かれていたそうです。

「病院の外に健康な日を三日ください。一週間とは欲張りません、ただの三日でよろしいから病院の外に健康な日を頂きたい」

三日間を皆さんだったらどう使いますか。私もいろいろ考えて見えたことがありました。

彼女はこう使うと書いています。

「一日目、私はとんで故郷の帰りましょう。そして、おじいちゃんの肩をたたいてあげたい。母と台所にたちましょう。父に熱燗を一本つけて、おいしいサラダを作って妹たちと、たのしい食卓を囲みましょう。そのことのために一日頂きたい」

なんと心根のやさしい人でしょう。

「二日目、私はとんであなたのところへ行きたい」わずかな間付き合った青年のところへ行きたい。というのです。

「あなたと遊びたいなんていいません。お部屋の掃除をしてあげて、ワイシャツにアイロンをかけてあげて、おいしい料理を作ってあげたいの。そのかわりお別れの時、優しくキスしてね」

この文章を読んだとき、私は涙が止まりませんでした。

「三日目、私はひとりぼっちで思い出と遊びましょう。そして、静かに一日が過ぎたら、三日間の健康をありがとうと、笑って永遠の眠りにつくでしょう。」

悲しい運命に対する愚痴不満が一切ありません。そこには感謝しかありません。

当り前のように生きている毎日。一日の大切さを深く考えさせてくれます。人は失って初めて真実に気づくのですね。

そして一日と同じように、自分を愛してくれている家族や恋人たち。毎日一緒にいると水のような存在になるけれど、かけがいのない大切な人に感謝の気持ちを伝えれているか。と自問します。

より恵まれた環境になっても幸せを感じても長くは続きません。

自分よりたいへんな苦労をしている人が世の中にもっともっとたくさいることを知り。その人たちが私たちにとって、当たり前だと思うことを切に願っていることを知るとき、本当の幸せを感じ、生き方を変えることができるのかもしれません。

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