裸婦  

○裸婦

昨日お客様とお話していたところ、

「橋本さんって絵も書かれるんでしょ?」と質問され、

「はい〜、ラフな絵なら描きます」とお答えしたところ、

え〜」と身をそらされてしまいました。

「本当に」

「ハイ」

「ヌードを描くんですか」

「・・・・・」

仕事で、図面やパースを書くとき、下書きをプロの絵描きさんに仕上げてもらうのですが、

普段下書きをラフ図面と言っているので、誤解されたようです。

笑うわけにもいかず、誤魔化したと思われても困るので、一生懸命平静を装ってご説明しました。

ハハハ

本当に言葉って難しいですね。いい勉強になりました。二度と使いません。


○勉強って楽しい。

先週の土曜日、4月から二月に一度の割合で参加している設計の学校出席してきました。

感じたこと

その1 

毎回課題がでるのですが、40人とも全く図面が違うこと。
同じ四角に納めるだけなのに、同じ講義を聴きながら、テキストも読んでいるのに、どうして違うのか、いつも感心します。人間って不思議だな〜。

その2 

受講生は、自ら設計事務所をしている人や一級建築士がほとんど。宿題もなんとか期限までに提出するのがやっと。でもその度にすごく力がついたのが自分でもわかります。
もう40だから、勉強はいい。と思うものではない。普段現場で学んでいるからいい。でもそれではいつか限界が来るのではないでしょうか。学びの大切さを実感しています。

その3 

やっぱり東京は刺激でいっぱい。30代の頃は、経費がもったいない。などと気持が消極病になっていたこともありました。

横浜、大阪、名古屋、京都もそれぞれ宇都宮よりはるかに大都市ですが、やっぱり首都。

今更ながらいうのもなんですが、建築も芸術もファションも桁が違いますよね。

ちょっと遠いと言っても、全国の中では相当近い内。

本当にいい仕事をしようと思うなら、時流を感じたり、現場を見たり、日本一のレベルを体感するために、遠ざかっていはいけないとしみじみ感じました。

その4 

日本一のレベルを体感するのは、物だけではありません。やっぱり人。木造建築ではおそらく日本一であろう、吉田桂一先生。

一般の人には雑誌チルチンび、業界の人には建築知識で有名なあの先生です。

話を目の前で直接聞ける。更にすごいことに本人に直接宿題を添削して頂けるのです。

前回は、私の未熟な図面を、別の紙に直して描いてもらってありました。

もうここまでして頂いたら大感激ですよね。

田舎にこもっていないで、自信がないからと言い訳していないで、挑戦してみるものですね。

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秋爛漫  

春もいいけれど、秋もとっても植栽にはいい季節です。

緑の中に、梅もどきの赤い実やモミジの赤はアクセントになりとっても映えます。

秋は、花も実も葉も表現に使えるので、すごく細かい仕事ができます。

クリックすると元のサイズで表示します

今回初めてシンボルツリーに山茶花を使いました。

植木屋さんの畑の中をぐるぐる回っていると、

八重で山茶花というより、芍薬のように美しい花に一目ぼれ。

山の中にうずもれていた木が、いきなり主役。

人間の世界と同じで、見出されればとってもいい役割を果たしてくれます。

ヤブランと紫式部、ヤツデとトクサ、と和の草を主と用に組み合わせ、

どこかで見たことのある懐かしい風景を作ってみました。

お客様にも喜んで頂けました。
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10年ぶりの彼女は  

先週の日曜日。

10年ぶりに彼女に会った。

美しいプロポーションは昔のままだった。

となりに座った男性も、彼女を美しいですね。と褒めてくれる。

久しぶりの彼女の声は、相変わらず魅力的だった。

どちらかと言うと、低く熟した声。おもわずうっとりする。

懐かしさと愛しさに我慢できなくなった私は、

思わず彼女を抱きしめ、右手を動かすと、

思わず甘い声をもらした。


なんて書くと、この日記のイメージダウン。

親愛なる家内に言い訳できないことになってしまいます。


そう実は、先週子供の発表会で、10年ぶりにチェロを演奏することになりました。

地元のオーケストラに参加していたのですが、

家族も仕事に走り回り、いつしかチェロはケースの中に10年眠っておりました。


先々週、子供のレッスン終了後、家内から突然のメール。

「先生から頼まれたけれど、大丈夫」

「うん、たぶん大丈夫だよ」と答えたのが最後、

仕事の合間をぬってリハビリ。


「お〜」「う〜」

自分では正しく押えたつもりでも、あまりにまったく違う音を出し自分に、驚きの声が自然に上がる。

家内からも音楽的指導を2回いただき、(家内は私より、違う楽器ですが、相当上手いので)やっと本番を迎えました。


さて、当日のリハーサル。

本当にダメですね。

あれほど、舞台なれしていたのに、もう練習なのに、あがりっぱなし。


譜面を見るだけで精一杯。

指揮者の先生が、子供達に指揮棒をよく見させるために、わざと演奏を停めるのですが、

私だけ、気づかず、引き続ける始末。はずかし〜。

「昔はこうじゃなかったのにな〜」と後悔しても後の始末。


これは昔からでしたが、緊張するとトイレに行きたくなる。

たった一曲の、子供の発表会にもかかわらず、

5回もトイレに行ってしまいました。


とは言うものの、なぜか本番に強い私。

終わった後一緒に来た家内に「どうだった?」と聞くと、

「うん、ちゃんと弾いてるように。」



でも、久しぶりに弾けてすごく気分転換になりました。

楽器を弾いている最中は全てのこと忘れてしまいます。

チェロの彼女も私のことを温かく迎えてくれました。
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ベートーベン  

ベートーベン。

最近テレビ番組ののだめカンタービレで交響曲7番が脚光を浴びた最も有名な作曲家。

耳が聞こえなかったことは、誰もが知っている事実だ。


椋鳩十が、熟年に達した頃、故郷の小学校の同窓会に参加した。

その中に、どうしても名前が思い出せない男性がいた。

となりに座った同級生に聞いてみると、

当時、貧しくて、お昼はお弁当を持ってくることができずひとり校庭で遊んでいて、

身なりが汚く、皆から馬鹿にされていた人だと変わった。

貫禄がつき想像がつかないほど、立派に成長した様子だったらしい。


その変わり具合に驚き、その理由を直接聞くと、

せめて自分の子供には同じ思いをさせたくない。

子供に勉強させようとしたが、なかなか言うことを聞かない。


ならばまず自分から勉強しようと決心し、名作であるロマンロランの「ジャンクリフトス」を読破した。

ベートーベンをモデルにした、主人公のたくさんの困難を乗り越える姿に感動し、自らも農業の指導者として努力し、今ではたくさんの人から感謝されるようになった。

そんな話を本で読んだことがあります。

自分のハンディを、できない理由の原因にする人と、ベートーベンや前述の人のように克服することでより、すばらしい成果を上げる人の違いは何か考えさせられる話です。


「モーツァルトは誰でも理解できる。しかしベートーヴェンを理解するには優れた感受性が必要だ。 失恋などで悲しみのどん底にいなければならない」
 シューベルト


偉大な音楽家であるシューベルトの言葉は一層重みと説得力があります。

人は他人が成功する理由を、出自や運だと言って、相手の見えない部分を探し出してまで評価することはほとんどありません。

そして、ベートーベンの最も有名なことば、苦悩を通して歓喜をという言葉をなかなか実践することはできません。

しかし、もしそのことに気づいたときこそ、人間本来の最も強い力を発揮できるのではないでしょうか。


私もジャンクリフトスを読みました。

交響曲9番は、はじめて交響曲に合唱をつけた曲。

出だしの、チューニングのような始まり。

すばらしいメロディー。

前代未聞の編成。

当時の常識では考えられないほど革新的な創造作品を生み出すネネルギーは

苦労こそ、その人が自らのからを破り、成長するものだと、教えてくれます。

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ラッキーハムスター  

我が家のアイドル、ハムちゃんことハムスターは最近災難続き、

「お父さんハムちゃんがたいへん」

先週は、何か悪い物を食べたのか、振るえが止まらなくなり、歩くのがやっと。

最近は兄貴分次男三男の指をかみまくりやや凶暴化していましたが、おとなしくなるとかわいいもの。

手の上にのせて、お野菜で水分をあげたものの、もう目もうつろ。

今までいろんな動物を飼ったことがあるので、今晩持てばいいかな。心配していたところ、

翌日はケロっとしていてい、籠の中をところ狭しと飛び回っていました。


安心したのもつかの間。

昨日の夕方、事務所にいると、隣で仕事している家内に三男から電話。

「え〜」あまりにも大きな声で驚く家内が驚くので、三兄弟に何かあったのかと心配していると、

脱走したハムちゃんに気づかず踏んじゃったとのこと。

前足が骨折して歩けないとのこと。

小さな動物ですから、これこそたいへん。

今晩が山かなと、「これまで、家族を癒してくれてありがとう」と寝際に挨拶。

さて今日起きてみると、完全復帰ではありませんが、籠の天井にぶらさがりウンテイして元気な様子。

う〜ん。本当に我が家のハムちゃんは運がいいのです。

人だけでなく、動物にも運ってあるのですね。

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