小さなことに  

先日生花の研究会に参加してきました。

生花をはじめて、もうすぐ3年になります。

きっかけは、ガーデニングで金メダルの石原和幸さんの影響をうけてのことでした。

石原さんと一緒にお庭を作ることがありますが、

いつも現場での、デザイン、植栽の見せ方はすごいの一言に尽きます。

天才と言っても過言ではありません。

そんな石原さんに少しでも近づきたい。と思って始めたのが、石原さんと同じ流派の生花でした。

3年続けて、やっと自分の作った作品の未熟さを、自分で素直に反省できるようになりました。

研究会でも、最初は先生に教わった通りに活けたのに、なぜだめなんだろう。と意固地になっていたのに、

最近は、「なるほどここがいけない。」「他の先生の言っていることもその通りだ」「先生によって教え方が違うが、それこそ勉強になる」と考え方がずいぶん変わりました。

生花のいいところは、わずかな傾きや、高さ・ボリュームの違いでデザインや美しさが大きく変わることを習ったこと。

仕事でも人生でも同じかもしれません。

竹内均さんの書かれた本に「修身のすすめ」という本があります。

以前ある方の本にすばらしい本だと書かれていたのですが、既に絶版。

でも、念ずれば花ひらくもの、図書館で本当に偶然見つけることができました。

修身といえば、精神主義のように思われがちですが、作者の竹内さんは本来科学者で、東大教授であることから、とてもすばらしい作品をいつも書かれます。

「人から受けた親切に対する感謝についてこう述べています。

私達は感謝する境遇にありながら、とにかくそれを忘れがちである。

ひるがえってみると、世の中に人たちが私達に不親切であって当然である。

それぞれの人たちは、自分が生きていくのにせいいっぱいだからである。

自分自身のことを考えればすぐに理解できるであろう。彼らは私達に対して、当然すべきことをしたわけでなく、この世の中ではあり得ない事をしてくれたのである。

このように考え、彼らに対して私達は素直に感謝すべきである。

このように感謝はこれを探し出してすべきものである。その気になって探さなければ、感謝すべきことなどはこの世に存在しないのである。

科学者らしい、ものごとを合理的に分析し、すばらしいアドバイスではないでしょうか。

でも、小さなことにすべて気づき、悩んでいると逆にたいへんです。

感謝すべきことは、自ら見つけ出す。

しかし、反面取り越し苦労や、ささいなトラブルは、気づいても早く忘れた方がいいのではないでしょうか。

家族でも、職場でも、ささいなことに、感情的になり、ことが大きく発展して本来の仕事に大きな障害になる話が身の回りにたくさんあります。

近所間のトラブル、離婚、会社関係など、ちょっとしたミスや、お互いの思い違いで、一生を棒にふるってしまうこともあります。

例えば、会社経営でも、大きな問題が発生した場合、全員で一丸になり乗り越えたのに、社員間のちょっとしたいざこや、待遇の差などで、バラバラになってしまうことは本当に多いのではないでしょうか。

個人でも同じ、あまりに細かいことにまで、神経質になり取り越し苦労をしていると、元気や笑顔がなくなり、やりたいこともすすまなくなり、まわりの人からもうとまれ、
魅力がない人になるという、悪循環になってしまいます。

感謝は小さいところまで探す。悩みは小さいことは忘れてしまう。

同じ小さい事でも、対応がまったく違うものです。

チェルシーフラワーショウで、3連続金メダルをとった石原さんは

チェルシーの審査委員から、「こまかいところまで気をくばる技術を、私達に教えて欲しい。」と言われたそうです。

ちょっとした、葉を落としたり、バランスを変えたりする生花は世界に通用するようです。

小さなことに気づくことをどう活かすかは、仕事も人生も同じだと、自分に言い聞かせています。






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想い出は美し過ぎて  

大工さんでも、本当に仕事のできる人が時々います。

とにかく仕事が速い。

人の倍、仕事の量をこなすのに、仕上がりが本当にきれい。

最後にクロスで仕上がり、見えなくなるのに、クロス業者さんが仕事しやすいように、美しく仕上げる。

(以前、がんばって頂いた仕事だったのに、もうツギハギだらけに仕上げられ、ショッものすごく悲しい思いをしたことがある)

その職人さんがいると、もの私だけでなく、他の職人さんも、この現場はもう大丈夫だ。と思うくらい安心感のオーラがある。

それと、言葉が前向きなこと。

リフォームの場合、壊してみないと分らないもの。

時には、予想以上にたいへんな場合があります。

そんな時、愚痴をこぼさず、休みもとらず仕事をしてくれると、どんなに助かることか。

以上の条件を満たしてくれる人はいるはずがない。と思うのですが、

いるのです。

仕事をお願いしながら、感心し、その態度からいろんな事を学ばせてもらっています。

その仕事振りをみながら、自分がなんと未熟なことかいつも反省しています。


「さすが」 そう思わせるプロの仕事をしたい。

はじめてこの演奏を聴いた時、鳥肌が立ちました。

さりげなく歌う、その上手さはこれこそプロのお手本だといつも感心しています。

http://jp.youtube.com/watch?v=_1gyjMT7cM0

ちなみに、演奏の後ろでお料理をしているスキンヘッドのおじさん。うちの建具職人さんとそっくりです。
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黄色い襷  

今年初めて、長男でPTAにデビューしました。

自分の出身校の懐かしさもあり、簡単そうな安全委員に申し込み。

今日は、朝から学校前の交差点で黄色の襷をかけて交通指導。(知っている業者さんのトラックが前を何台も走り去り、超はずかしいかったです。

最後に、PTAの方から何かありますか?と先生の質問に、

あるPTAが、「イヤホンをつけて登校している生徒が多かった。」と発表され、

先生が、「学校から生徒に注意します」と答えられ解散しました。

仕事もあり、早速現場に戻ろうと運転していると、

前の方を先ほど挨拶されていた、役員さんも自転車で帰る途中でした。

ふと見ると、耳元に白いイヤホンがキラリ。

先ほど、話題が出たばかりなのに・・・。

子供たちが止めない理由がわかります。


大勢の中にいると、自分も注意されているのに、気づかないときがあります。

「は・は・は」と他の人のことを笑っていると、

自分もそうだった。とか

自分は違うと、わが身を忘れてしまうことってありませんか?


先日僕らの時代という番組で、本木雅弘さんと、小泉今日子さんと、もうひとりの男優さんがいて、60年代後半の自分たちのキャラクターについて話していました。

つまり、好景気まっさかりの頃に青春時代をおくり、なんの不安もなく、さめた世代。新人類とも呼ばれていました。

私が通っていた大学でも、広い講堂ではほとんどの生徒が、居眠りをしたり、おしゃべりをしたり、していました。

大学の先生も、そんな風潮になじんでいました。

でも、ひとりある先生は、(今でも名前を覚えていますが)そんな生徒達に向かって、しゃべっている生徒がいると、必ず注意し、講堂の無気力な雰囲気抵抗するかのように、もっと真剣に授業をうけなさい。といつも叫んでしました。

流れる水の上に字を書くような、どう考えても無駄に思えることに、その先生はさめた学生たちに必死に呼びかけていたのでした。

そんなさめていた学生達の一人として、頬杖をついて授業を受けていた自分は、注意されていない自分は、自分とは関係ないと、たかをくくっていました。

今時代は下り坂を向かえ、真剣でなければ生きていけない時代になりました。

30代のすべてを、会社経営にかけ、そしてこれから三人の子供を社会に送り出す今になって、本木さん達の会話のように、

さめたていた自分をやっと客観的にみることができ、学生に無駄とわかりながら、訴えていた先生の偉さが分るようになりました。

自分は違う。そう思い続けていると、とても時間というとても貴重な物を失ってしまうのではないでしょうか。
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しかる人・しかられる人  

○叱ってくれる人。

身の回りに、叱ってくれる人はどれだけあるでしょうか?

私の父親はまだ健在で、現役バリバリ。

現場から営業まですべてこなしています。

ですから、まず叱ってくれる人がひとり。

そして、6年前にご縁を頂き、いろいろご指導頂いた、上甲晃先生もひとり。

1000人近い塾生がいて、その中の一人に過ぎませんが、時あるごとに、相談に乗って頂き、励まして頂いています。

やはり人間は、理由なしに怖い存在が必要かもしれません。

年齢を重ね、知識や経験が増えると当時にプライドも持つようになり、

なかなか自分の否をなかなか素直に認めることができなくなります。

しかることができる。ということは、親という生まれ持った関係か、

余程の信頼関係がある人、人間的に大きな器がある人。

なかなか、日常生活で、尊敬できる人と一緒にいる機会はなく、叱ってもらえるほど、親身なお付き合いはできないものです。

叱る方も、辛い。相手が傷つくことを判っていて、するのですから、親子ならともかく、他人に対しては余程の覚悟がないとできません。

無難に人間関係をこなすほど楽なものはありませんから。

今東京に勉強で通っている設計の勉強会。

結構厳しく、抜き打ちで全員の前で図面を映し出され、名前を呼ばれ、指導されます。

30点から95点まで、普段建築業界ではプロとして仕事をしている人だけなのですが、

「恥ずかしい思いをしないと、上手くならない」と著名な講師の先生の方針です。

今回の課題も結構タフでした。

仕上げだけでも、昨日まる一日かかり、やっと今日提出できました。

でも、栃木にいて、何もしなければ、何も変わらない。

思い切って、飛び込んでみたのですが、なんだかんだ少しづつ力がついていくのが、自分でもわかります。

点数が低くても、なんとか最後までくらいつこう。そう思って通っています。

日本が生んだ最高のバレリーナ、森下洋子さんはこう語っています。

「バレエは、常に筋肉の変化とおとろえを先生にみてもらわなくてはなりません。

ですから先生ほど大切な人はおりません。稽古場の鏡だけでは自分を矯正することはできません。

先生が意欲を持って注意してくださるように、自らも人一倍努力しなければなりません。

芸術の進歩のために先生はいつまでも必要なのです」

相当の年齢になられても、プリマドンナをされている、森下さんの言葉は重いです。

ある程度やってきたから、後はもう自分だけでやっていける。

自分の思いあがりを打ち破る。すばらしいお話です。


○叱ってあげる。

今年高校生になった長男。授業のペースについていけず、結構大変な状態。

まあ高校生なんだから、本人の意思に任せよう。と思っていましたが、

どうも、勉強から逃げて部活に力を入れているようなので、一喝。

「高校生なんだから、自由にしてあげた方がいい。」という意見もあると思いますが、

本人は、大学に進学したい。との希望。

学生時代からの友人の方が知りあってからの年数は長いでしょうが、

一緒に暮らしている日数ではやはり家族の方がずっと長いのは当たり前。

やれば出来るし、好きなことは徹底的にこだわる子。

でもすごく要領が悪いのです。

私の母校と同じ高校に入学した彼。

でも、私の頃と全く違う学校かの様に、すごいペースで授業は進み、宿題が出ます。

夏休みも、毎日勉強しないと終わらない宿題の量。

私の頃は、本当にのんびりしていて、今市内の小学校の先生をしている友人は、数学の宿題を忘れて、名物先生から、「キープ、座禅イング」と言われては良く廊下に座らされていました。

「今のままだと、部活は無理だ。辞めなさい。」可哀想ですが、先日叱りました。

だって、本業で楽しくなかったら、高校生活はもちろん、その後の一生が寂しくなります。

「もし、2年になるまでに、成績が上がらなかったら部活を辞めなさい。辞めたくなかったら、かんばれ。その代わり、お父さんが、これから毎週2日、英語を教えてやる。」

ということで、夏休み以降、英語を教えています。「なんでこんな間違いをするんだ〜」と授業は結構スパルタ。

脇で、恐る恐る見守る、次男・三男。「お父さん、怖いだろう〜」と言うと、「きゃ〜」と叫んで二階に逃げて行きます。

でも、可愛いもの、中学生の次男は、試験前になると、自分から「教えて欲しい。」と
言って来ます。

結局、相手の事を真剣に考え、はっきり言えるのは、肉親しかないのではないでしょうか。

口論になって子供が親を刺し殺す事件があり、ますます親が子にはっきり物を言わなくなるかもしれません。

新聞やマスコミ、また知り合いがいろんなことを言うことがあっても、その人が子供の面倒を見てくれるわけではありません。

子供がこの厳しい社会に出て、一人でやっていけるようにするには、叱ることを避けてはダメではないでしょうか。

長男に昔かってあげたのに、使っていなかった携帯電話用のケース。

ここ最近毎日腰にぶら下げて歩いています。

子供に遠慮してはダメ。

マザーテレサの有名な言葉。

「愛情の反対は無関心」

叱るのはその子に関心があるからだ。
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バスケット  

このお仕事をさせて頂いていると、いろんなお仕事を頂きます。

確かに私達で、お手伝いできる仕事なのですが、「おっ」と驚くこともあります。

門柱や植栽でデザインできるなら、お墓もデザインできるでしょ。

ということで、お墓をガーデン風にデザインさせて頂いたこともあります。


またお子さんのバスケットコートを兼ねたテラスを作って欲しい。というと依頼もありました。

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もともと傾斜の都合で水がたまりやすく、花壇も芝生がなかなか育たなかったそうです。

またお子様が小学校でミニバスケットをやっておられ、練習するスペースが欲しいとのことでした。

小学校を卒業したら、続けるか判らないので、バスケットがなくなってもテラスとして使えるものにしたい。ご要望でした。

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上が完成の写真です。

花壇の部分と、水栓の部分だけレンガで土留め。傾斜をプレーの邪魔にならない程度につけてあるので、水が塀を通して抜けるようにしてあります。

塀の向うにボールがいかないように、ポールとネットを取り付けました。

栃木では、MBAプレーやの田ぶせ選手がきて盛り上がっています。

実は私も小学校時代にミニバスケットの選手で県の大会で優勝し、静岡の全国大会に出場したことがあります。背番号は7でした。

う〜んこの秋栃木はバスケットで盛り上がるかも。


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