菩薩  

朝父親から電話があった。

「東京の博物館へ行ってくる」

父は奈良県出身。

古都は京都ほど雅かではないが、有名ではないが雰囲気のいいお寺や仏像がたくさんある。

私も仏像好きな父に連れられて、帰省したときはお寺廻りをしたものだ。

父の好きな仏像は、薬師寺の日光月光菩薩。

二体も別の方向に、すこし腰を折り曲げた姿はリズムがあり、妖艶を感じさせるほど美しい。

その菩薩達が、初めて上野の国立博物館へ来られた。

宇都宮から奈良まで6時間。

最も愛する仏像が上野まで来る。

普段とても腰の思い父が夫婦で行くと嬉しそうな電話の声。

神様からのプレゼントならぬ、仏様からのありがたい慈悲かもしれない。

若い人が大好きなアーティストのコンサートへ武道館に行く。

いつの時代にも、自分の好きで好きでたまらないものはある。








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転校生  

もう20年以上前に登校生という映画があった。

大林宣彦監督が尾道の美しい風景を舞台に高校生の青春を描いた作品で、楽しく、でもせつなく淡い恋愛物語です。

主人公がちょうど自分の高校時代と重なりすごく親しみがありました。

その映画を大林監督が舞台を長野に移し、ストーリーも変えて昨年公開され、先日私はDVDで見ました。

声を出して笑った。泣いた。もう一度みたい。とここ数年で唯一思ったすばらしい出来上がりでした。

監督によって、こんなに違うものでしょうか。

近年黒澤監督映画の椿三十郎と隠し砦の三悪人が、たいへんな宣伝費と制作費をかけてリメークされていますが、今旬の俳優さんが登場したのに関わらず、浅いものでした。

かたや、転校生は脇役はベテランでしっかり固めているものの、主人公の二人はほとんど無名に近いにも関わらず、見る人を客観的に見させるのでなく、映画の中にしっかり引き込ませてくれました。

昨日の日記に書いたMITの石井教授の、おっつけ仕事ではなく、考え考えいた脚本演出により、自分の哲学こそ、制作費の大小でなく、心に残る仕事になる。

ということを、映画を見終わった後、実感する映画でした。

天秤では、制作費ではおおきく傾くものが、自分の哲学を現れる量で、逆転してしまう。

そこまでたどり着くためには、本当に大きな試練があり、したくない失敗を数々してきてなるもの。

自分に才能がないからではなく、自分の哲学にたどり着く、いや透けるまでガラスの様に磨きあげる。

監督によってこうも大きく変わるなら、建築や庭もまったく同じ。

凡人は2倍努力して3倍の成果を上げる。

人生まだまだこれから。
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出し切る  

○教授

ある番組でアメリカの超有名大学MITで教授をする石井裕先生が取り上げられていた。

学生が取り組む研究テーマを、教授の前で説明し、アドバイスをもらったり、採点される場面で彼は「Why?]を多様する。

入るだけでも難しい大学で、お金を貰いながら研究できる大学院の生徒たち。聞くだけでも優秀な人たちが、戸惑う姿がそこにある。

アイデアをどれだけ深く考えているかわかる。応えられなければ、浅い、おっつけ仕事だ。深く考えると自分の哲学につながる。

忙しい毎日、限られた時間内で成果を上げようとすると、ついつい一つに仕事を浅く考えて無難に終わらせようとする自分がいる。

石井先生も長年陽の目をみないサラリーマンの仕事を続けて、38歳の時教授として迎えられた苦労人だ。

「自分は凡人だ。だから他の先生の二倍努力して、3倍の成果を出す。」と言って休日も常に論文を読んでいる。

○ 日本一の商人

さいとうひとりさんのテープにこんな話がありました。

「あの人は才能があるのに、どうも成功していない。そういう人にひとつの共通点がある。それは全力を出し切っていない。ということ」

「50坪の畑がある。それを精一杯耕す。かたや100坪の畑があるが、力を抜いて半分の50坪しか耕さない人がいる。」

「50坪を50坪耕す人は、なぜかいいことが起こり、どんどん大きくなっていくが、出し切っていない人は、なにかしら上手くいかない」

○超売れっ子のデザイナー

ユニクロやスマップの広告で有名な佐藤可士和さんは言う。

「考え抜いた量だけ、必ず相手に伝わる」

キリンレモンのデザインを提案する時、

過程を説明するために、他にも考えた10本の試作品も提示し、最後に自分の一押しを説明していた。

まあこんなものだろう。ととりあえず図面を作ることは簡単だ。こんなものだろう。普通コレぐらいだろう。まわりもこんなものだ。

小さな仕事でも、自分を本当に信頼してくれる人には全力を出し切りたい。

○今をときめく映画監督

やはり挫折を繰り返し50を過ぎてやっと今の地位を築いた堤さん。モットーはジタバタする。最後の最後まで諦めず、場面を完成させていく。台本にはすごい量の書き込み。台本に土下座していた。


「まだまだ口だけ、努力が足らない」

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ジョッキー  

わかっているつもりが一番怖い。

先日テレビでジョッキーの武豊さんが、自分の思い出の道を紹介する番組でこのような話をされていました。

この道はまだまだわからないことばかり、奥が深い。

その道で天才と言われ、あれだけ勝ち続けている人の言葉、謙虚で学び続ける大切さを改めて思い知らされる一言でした。

目の前にある、他の人の現場や、本などを自分はもう分っているつもりで、通り過ごしてしまうことがどれだけ多いことか。

またたいした実績もないのに、失敗をおそれ、無難な仕事をして、「しょうがないと」と自分をもごまかす日々。

失敗は確かにお客さまにご迷惑をおかけする。

でも失敗の数が多い人は、挑戦し続けている人。

挑戦続けていると、なぜか、それを見て応援してくれる人が増えていく。

追い風が吹き出す。

お金がないから、技術がないから、諦めるより、

夢を持ち、なんとかしたいと心から祈り、挑戦する。

そんな人になりたい。





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ラストラン  

今日は三男が通う小学校の運動会。六年生なので最後です。

我が家は三兄弟で、年はそれぞれ二つ違いの753ですので、

現在長男は高一、次男は中三、三男は小六です。

ですので、小学校の運動会は長男から始まって、9回経験したことになります。

一人だけの時もあり、三人全員の時もあり、二人だけの時もあり、一等になったことはほとんどありませんでした。

でも徒競走の前に子供たちはいつも親を探し目をあわせ、そして緊張する表情を見るたびに、子供の成長を確認しました。

子供のできない、家族もあるなか、本当に神様に感謝しています。

そしてシートをみんなで食事をすると、子供たちと同じクラスの中でも、親が運動会にこれないか、こないない、ひとり教室でお弁当を食べる子を想像し、子供たちの幸せにも感謝します。

家庭内暴力が騒がれる中、当たり前だと信じていることでも、不幸があることに、しっかり気づく人に子供たちがなってくれれば、と願っています。

今回の運動会が小学校の最後の運動会なので、今回初めて最初から最後まで参加させてもらいました。

ほとんどが、顔を出すだけとか、お昼だけ一緒でした。また参加できなかった年もありましたが、

たいへんだけれど、三人の子供を育て良かったと一瞬でも実感できるので、年に一度の貴重な日でした。

今でも、長男の最初の運動会で、先頭を行進する一年生の長男と比較して、6年生がとっても大きくてビックリしたのを思い出します。

今日は、一年生があまりにも小さくて、びっくりし、そして我が家の子供たちの成長を確信しました。

三浦綾子さんの本「夕あり朝あり」で主人公の少年が、貧しい家に生まれながら大豪商になった人に憧れ、家を飛び出す物語です。

しかし、あるときお金持ちになるだけが、幸せではない。お金持ちでも死ぬ間際悲しい最後を迎える人もいる。ことに気づきます。

そして、信仰に出会い、自分の使命に気づいたところから本当に彼の実業家としての人生が始まります。

世の中結局はお金。きれい事は通じない。と言う人もいますが、その話は白洋舎の創業者の実話です。

さあ、その三人を社会に送り出せるよう、もっともっとプロとして技術も人格も磨こうと思います。


















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