ドアマン  

ホテルの入り口に立つドアマン。

その中に伝説のドアマンと呼ばれる方がいます。


最近、図書館のCDを借りるのがマイブーム。

忙しいから、勉強ができないとか、東京に行かないといい話が聞けないとか、

高いお金を払わないと、すばらしい人の話がきけないとか、

人はあるものを活かさず、無いものねだりしてしまいます。

私もその内の一人。


以前は良く東京までセミナーや講演会に行ったのですが、今ではさっぱり。

こんなんではいけないと思いつつ、愚痴ばかりこぼしていました。


でも、図書館に行けばいろんな人話を、無料で、自分の好きな場所で、聞くことができるのです。

特にオススメはラジオ深夜便。すべて興味のある人ばかりではありませんが、

最近では、あのスクールウオーズの元になり、プロジェクトXでも有名なラグビーの監督の話では、運転ができないほど、涙があふれ、

世界に誇る日本のギターメーカーの創業社長の開発の苦労話など、すごくエネルギーをもらいます。

今日現場の移動中に聞いたのは、伝説のドアマンといわれるホテルマンの話でした。

それまで畑違いの倉庫管理の仕事をしていた人が、34歳で転職してホテルマンになります。

英語もフランス語も話せないので、すぐにドアマンにはなれませんでしたが、補助的なをしているうちに、半年後にはドアマンのリーダーになります。

先輩に言葉も話せない、ドアマンの経験もないおt悩みを相談したところ、最も大切なのは、人は初対面の6秒で相手を見抜くと言うが、お客様にいかに接するかの方がもっと大切だという話を聞きます。

彼はそれならばと、お客様の顔を覚えようとします。普段の仕事の中では今こなさねばならない仕事が忙しく覚える時間がない。

そのため、一週間のうち一日ある休みの日に、よく来ていただく、大企業や官公庁などを訪問します。交通費も自腹で行ったのでお金がなく、奥さんにお弁当を作ってもらい
いつ出てくるかわからない社長や役員を入り口の脇でじっと見ていたそうです。

最初は怪しまれ注意されたそうですが、名刺をつくり、説明したところ逆に有名になり話題となって相手先の社長にまで覚えてもらうようになったそうです。

一年間かけて、覚えた相手は2000名。そして車の種類、会社の名前役職、運転手さんも覚えたので、8000項目覚えたそうです。

またある時は皿洗いの仕事をして、社長や知事さんやVIPの食事の好みをメモして、それぞれのお客様の情報を集めると、ますますお客様から信頼されるようになり、名指しで連絡が入るようになり、ホテルのそとまわりの営業の平均売上額が8000万だったのが、内勤にも関わらず4億の売上を上げるまでになったそうです。

何か自分にとって一番たりない、でも最も大切なことを教えてもらいました。


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コブシの花が満開です。
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サンダーバード計画  

我が家の長男は4月から中学3年生。

そういよいよ受験です。

我が家の三兄弟は753で2歳違いです。

それがどういうことになるかというと。


昨年、我が家の次男が自分で中学受験したい。

そう言ったので、受験でした。

するとどうでしょう。今年は長男が高校受験。2年連続になります。


これで終わりかと思ったら、もしかしたら兄ちゃんにライバル意識がある三男が中学受験をしたいと言い出したら、来年も受験です。

そしたら今度それが終わったら、次男の高校受験で4年連続になり、

気が付くと、753の兄弟は、永遠に受験が続くと、

昨晩気付いてしまったのです。・・・・

そうなんです。いつの間にか、あのおそろしい、家に帰って、ビールを片手にテレビを見て大笑いする、至福の時間を放棄しなければならない、受験生をもつ家庭になっていたのです。

ししししまった。こんなことなら、もっとビールをのんでおけば良かった。というのは後の祭。

自分の受験時代をちっとも反省せず、「時間を無駄にするな。集中しろ。」と偉そうなことを言ってしまっている自分。


さてその長男。今まで結構市内では大きな塾に通っていましたが、今一歩でした。

性格がおだやかで、のんびりしているので、遅刻したり、宿題をしていかなかったりで、とても受身でした。

たまたま、現場で職人さんが、通っている塾が少数制で、最後までひとりひとり面倒をみてくれて、昨年は志望校合格100%だったと聞いたので、昨晩つれて行きました。

人は誰でも、慣れ親しんだものが、一番だと思うもの。

例えそれの成果が出ていなくても、変化を恐れたり、自分が行けないと自己責任論を出して、正面から向き合うことが苦手です。

今の塾は生徒の数が多すぎて、なかなか最後まで面倒は見れないだろう。それは客観的に見て当然でした。

塾が終わった頃、車で迎えに行って感想を聞くと、

「結構いいね〜。分かりやすかったし、質問できる雰囲気がいい。」結構満足している様子。

「明日も来ていいって、言ってくれた。」と喜んでいるではないですか。

塾の先生はとても真面目な方のようです。

昨年、一人だけ、合格できなかった子がいたそうです。

でも彼は塾で一番努力したのに、周りで騒いだり真面目でなかった子がいて、授業が前に進めなかったので、

今年は、ふざけた子供はすぐにやめてもらうことにしたので、昨日3人に辞めてもらったと言うではないですか。

以前その先生はある中堅の塾の先生をやっていたですが、その塾ではふざけている子をやめさせては、経営がなりたたないので、そのままにしていたそうです。

それが嫌で辞めた先生。なかなか筋が通っていますよね。

私も以前15人位の部下がいたとき、ある一年間で、10人位人が辞めた時期があります。

(ベテラン社員は勿論辞めませんが、新しく採用した人が定着しないのです。特に女性やパートの人)

今思うと、「その時って辞めてもらっては困る。」とあまり厳しいことを言わず、やさしい、いい人で接していました。

でもある先輩社長から、「自分が命を懸けて経営している会社なのに、何遠慮しているんだ。」と注意されました。

採用したら最初厳しく少しずつ優しくいていく。人間なんだから、最初やさしくちやほやして、だんだん厳しくしたら、だれだって辞める。

それが社長の仕事だ。と活を入れられました。

その後、「嫌なら辞めて頂いて結構です」とはっきり言うことにしました。

でないと周りでがんばってくれているベテランや私を信頼してくれる若手の社員達に申し訳ないではないですか。

そうしたらどうなったと思います?

ぴたり。と辞める人がいなくなりました。

上司と部下。の関係は難しいですよね。

あの武田信玄でさえ、信長さえ恐れた最強の騎馬軍団を作り上げるまでに23年かかっているのです。

それまでは、「信玄が決めた掟は、自分の領内では関係ない。」という立て札が建てられたといいます。

かの英雄、「来た、見た、勝った」(タバコ・マルボロの箱のコピー)で有名な百戦百勝の常勝将軍であり、政治家であったローマのジュリアスシーザーの話。

彼のために命を捧げるという、指揮官や隊長が何百もいて、本当に死んでいきました。

そんなリーダーでさえ、ある部隊がストライキをしてボイコットをしました。

その部隊は、彼が一番苦しい戦いを共に戦い抜いた、もっとも信頼する第9軍団でした。

「信頼が度を過ぎると、甘えが出て、かえってわがままになり、相手を裏切るようになる。」ある作家の名言です。

カエサルは見事な方法で解決しましたが、昔からリーダーは鞭を使うか飴を使うべきかなど様々な方法論がありますが、

結局は、その場その時によってどう振舞うべきか。そしてその厳しい判断の積み重ねが経験になり、対処できるようになる。それを身をもって体験していくしかないのではないでしょうか。


話が反れましたが、長男の行く塾は、車でも20分かかる距離。

行きは自転車で行って、10時半に終わる帰りは、トラックで迎えに行って、

自転車ごと回収してくる、

まさにサンダーバード2号と4号作戦です。

ますます晩酌から遠ざかる日々です。


しかし今日は本当にいい日和でしたね。

こんな感じでした。

お客様の愛猫殿(御年90歳)を紹介します。こんな老後が楽しみ・・・

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カメラ  

私「あれ〜俺のカメラどこにやったっけ?」

家内「押入の左側にあるよ」

私「あったあった」

いつの間にか現れた○○。「何するの?」

私「・・・・。ひひひひさしぶりに、触りたくなっただけ・・・」


ふと思い出し、学生時代に愛用していた、一眼レフのカメラを取り出しました。

キャノンF1は知る人ぞ知る、初めてキャノンがプロ用に出した、カメラでした。

今の軽量カメラとは違い、戦場でも使えるくらい丈夫に作ってあるので、持つと結構ずしりと重みがあります。

懐かしいシャッター速度と絞りを自分であわせるタイプ。

その後の機種は全部自動であわせてくれるようになったので、最後のマニアル調整のカメラですが、「それがまたいい」と思う年頃になりました。

電気機器を生産する各メーカーが競争で、手間がかからず、便利さを追求した今日。

全自動に近いものほど価格があがります。


でも、それが大好きな人や、プロにとって、大衆が使いこなせる標準化されたものより、手間はかかるが細部まで自分で操れるものでないと満足できないのは、カメラだけではありません。

最近よくテレビやラジオのコメントやトークで、CDで聞よりレコードに聞く方が、楽しいと言う人が増えているようです。

昔の思い出の曲を聴くのに、外出する時、たいえつな相手や場所に合わせて、服装を決めるように、針を下ろす作業もまた、音楽に浸れる大切な準備かもしれません。

最近時計やカメラのデジタルの数字を見るとさびしい気持ちが強くなった気がします。

40過ぎると若い頃ドラクエ3で徹夜できた私も任天堂DSでは5分持ちません。

手であわせるファインダーの中のピントと、露出計だけで本当に十分。アナログのほうが、気持ちがやさしくなれる気がします。

ところで某社キムタクのCM。いいですね。

あれって、カメラの機能やデザイン、取り易さといった形で取り込むのでなく、

カメラ好きの人の、「好き」という部分をそのままズバリ射抜くセリフでは、たまらんとです。

確かに今のデジタルカメラは、仕上がり面だけで言うと、は一眼レフで撮ったものより、はるかにいいと思います。本当に悲しくなります。

でももし、時間があって、旅行に行くしたら、どっちを持って行くかというと、決まってますよね。


ちなみに私は昔からず〜とキャノンファンです。一眼レフ3台持っています。


今度ひさしぶりにモノクロ写真でも撮ってみようかな。

でもそんな時間はまったくない今、お相手はいつも毎度おさわがせな三兄弟です。

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おとなのつうしんぼ  

一家の大黒柱の一番いばれる時期が今。

子供達が次々と通知表を持って帰ってくる。

いつの時代も同じ、向うから見せにはこない。

「どうだった?」で持ってきたら良いほう。

ごまかして、しつこく言わないと持ってこない子もいる。


かという私も、子供の頃一年で一番嫌だった日が、終業式。

もう、どう言い訳しようか、帰り道はそのことで頭がいっぱいだった。


大人になると立場逆転。

ふむふむと昔の自分を忘れて「、国語がどうだ」とか、偉そうなことを言える。

でも、最後に「お父さんが小学校の時より、いい。だからがんばれ」と

付け加える。


では大人になったら評価は誰がするのだろうか?

年収だろうか?

職種だろうか?

財産だろうか?

友人の数だろうか?


こんな話を聞いたことがあります。

今でこそ有名になった若手有名監督。


最初映画の世界に入ったころは、ほとんど収入がなく、食べるものもなかった。

映画をとるスタッフになったが、もう食べていけない。そして、初めてやることばかりなので、うまく自分の才能をいかせない。

ある時、「助監督に向いていないのでもう辞めます。」と言ったところ、

「お前は自分の評価を自分でし過ぎる」

「評価は自分でするのでない、他人がするものだ。俺のはお前が辞めるという評価はしていない」

その言葉があったから、今の自分がある。そういう話でした。

そして、それ以降スタッフがそういう相談に来ると、「俺はお前をそんな評価をしていない」と同じことを言って励ますそうです。


人生山あり谷あり。良い時もあれば悪い時もある。名人も始めたときは素人。

その時にどう考えるか。そして支えて励ましてくれる人がそばにいてくれる自分か。

好調の時は、気持ちも高ぶり、何でも上手く行くと自信満々。

でも一度落ち込むと、うその様に自信をなくし、おろおろしてしまう。


また目標が高いと、自分がなさけなくなったり、人に迷惑をかけているのではないかと、自分に厳しくなる。

そんな時、自分を自分で評価していないか、気付かせてくれるのは、お客様だったり、友人であったりする。


だから、いつもどんな時も謙虚でいたい。

人生だれでも絶好調の年回りがある。

吉本興業でも芸人が伸びるか伸びないかは、年収がある程度超えた時に決まるという。

これだけ有名になったんだから、今までJRで切符を買っていたのが、車で迎えに来い。とか

グリーン車でないと嫌だとか、番組のスタッフに対する態度も急に横柄になるという。


芸能人の女優さんでも二十歳そこそこの超売れっ子の対応は、びっくりするほどしかりしている、こうだくみさん。の様な人もいるし、危ないなと思う人もいる。

評価は誰がするのものか、

時と場合によって、いろいろ考えるものなんですね。


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卒業式  

今週の月曜日、次男の卒業式でした。

3兄弟の父親として、なんとか入学式には参加していましたが、卒業式は今回が初めて。

もう涙もろい私は、始まってすぐの国歌斉唱あたりで既に極まり、歌えない状況になってしまいました。

子供の卒業式でうるうるくるのは、確かに子供の成長もありますが、それまで数年間の山あり谷ありのいろんな出来事と子供の成長とともに思い出され、ジーンとくるんですね。

年をとればとるほど、涙もろくなるのも、卒業式という、なんのシガラミもない純粋できれいな心の場だからこそ、余計気持ちが素直になり感情的になるのでしょう。

私は普段から、「はやり自立できる人間になりなさい。お父さんはいつまでもお前達の面倒を見ていられない。結婚し、奥さんと子供を養っていくんだから、その子供に恥ずかしくない、尊敬される大人になりなさい。だから勉強するの。」そう言っています。

「商売の道は厳しい。だから、後を継ぐなんて考えなくていい。それより、はやく自分がやりたいことを見つけて、大人として稼げるようになりなさい」

でも、先日兄弟の一人から「僕お父さんの後継がない」といわれた時は、普段自分が言っていながら、ちょっとだけ「えっ」て思いました。本当はうれしいことなんですけどね。


この子は、小さい頃とっても手のかかる子でした。

(プライバシーのため、何番目かは公表しません)

幼稚園の頃、銭湯にふたりで行ったところ、

となりのおじさんが、私の隣を指さしているのです。

なになに、と風呂イスを見ると、

その上にとっても大きなホヤホヤの○○が乗っかっているではありませんか。(笑)

父親としてすぐにすくいとり、トイレへ直行。

など、そちら系の話ではこの子の話題は尽きません。


それが、高学年になった途端、人が変わったかの様に、しっかりし、勉強好きになったのです。

手間がかかる子ほど可愛いように、愛するところがいっぱいあります。


しかし最近の卒業式は、「君が代を歌わなくなった」と聞いていましたが、本当にそうなんですね。

先日さだまさしさんの卒業式がテーマのNHK深夜番組を見ました。

やはり栃木県の人が投稿した手紙で、「歌わなくなった理由が、『わが師の恩という時代ではなくなった。』というならば、そいう関係に先生は努力してなったらいい」やはり歌う方がいい」というメッセージがありました。

今の先生はたいへんで、今と違い平気で親がクレームをつけてくるという話を聞きます。

給食費問題でも、結局は先生が連絡をとり、説得しないといけないのだから、ゆとり教育で時間が減っている上に、相当たいへんな職業だと思います。

現在ちょうど父親になる私らの世代が、高度成長の頃育ち、バブルの頃就職でとても甘やかされた世代なので、義務より権利を主張する人が多いのかもしれません。(私も含め)

私はそんな状況で、ハガキの意見をすべて肯定するわけではありませんが、

そんな状況でも、やはり先生はわが師でいて欲しい。子供達のわが師であり続けてほしい。」そう願います。

学校の先生に限らず、自分の両親以外に尊敬できる人が、いることは、その人の人生にとって、とても大切ではないでしょうか。

そう思うと、やはり毎日会う大人の代表の先生には、謙遜することなく、仰げば尊しの歌を一緒に歌ってほしいな、と夢物語かもしれませんが、願います。


それと卒業式に出て思ったのは、今家庭内虐待が問題になっていますが、100人いるこの生徒達で、必ずしも心からお祝いされて親子とも出席してひる人たちが全てではないだろうな。と想像してしまいます。


今回、生徒が呼ばれると、父兄も一緒に立つのですが、中には、お爺さんぐらいの人が立つ人が何人かいます。

いろんな事情があってこれない人もいるかもしれません。もしかしたら施設の人かもしれません。

人にとっては、心から祝える幸せの場でも、人によると一瞬でもより悲しい思い出を刻み付ける場なのかもしれません。

でも、卒業式はそんな悲しい面だけで捕らえるものではありません。

家庭が不幸な人は学校や友達の希望を見出す人もいるでしょう。

むかしお客様のある女性の小学生の先生からこんな話を聞いたことがあります。

「ある女の子は、すぐによってきて、だっこして欲しいとお願いにくるんです。抱きしめてあげると、本当によろこぶんですよ。」

家でのその子の環境が想像できます。

その子がいろんな苦しみに負けずに素直に、これから生きていけばきっと卒業式もいい思い出になるでしょう。

だから、わが師が必要なのではないでしょうか。勉強を教えることも大切ですが、生きていく途中、喜びも悲しみもある。でもそれを素直に幸せに思うことのが大切だと、できる限り早い時期に気付くことができるようにしてあげる。

早い時期に自ら人生を放棄する子ども達が大勢います。

卒業式100人いたら、100人みんな幸せに違いない。と考えることは、もしからしたら、気付きの力が少ないのかもしれません。知らない間に、傲慢になっていたのかもしれません。(私も含めて)

人間は神ではないのだから、社会問題を解決できる力はありません。
でも子供達に希望を与えられるのは、神ではない、人間の大人しかいないのですから。

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