一輪  

人ってどうして謙虚になれないのでしょう。

調子がいいときは、もう自分ひとりがやった気になって、回りに感謝しなくなってしまう。

悪いときは、さっきまで、すべて自分がやったような自身満々がうってかわり、

やれ、景気が悪い、運が悪い、だれだれのせいだ、競合相手がずるい、と
いつの間にか 原因自分論が原因他人論に180度変わっている。

そりゃそうですよね。

周りの人に感謝しないで、おれがおれが、とやっていたら、周りの人は内心いい思いをせず、我慢して隠しているわけです。
「いつかころぶだろうな」って。

本人もまったく自覚がないから、もう自分は天才のように思って、努力をしなくなってしまう。お客様にも周りの人にも傲慢な態度をとるようになっている。

ここでこまるのは自覚症状がない。

周りの人は結構気付いている。

またその人自身は本来性格もよく、いい人だと尚更、気の毒。

それだけ、成功病は怖い。

そしてフと気付く。

あれ、何かおかしい。

種を蒔いた結果が身の回りに出てきている。

仕事がない。

友達がいない。

調子が悪い。

そして、一言、「景気が悪い。天気が悪い。誰が悪い。競合店が悪い。」
自分以外のせいだ。

そうするともっと悪くなる。

だってそうでしょ。

自分が蒔いた種なのに、自分が良い種を蒔きださないといけないのに、

まだ人のせいにしていたら、いつまでも、良い種を蒔き始めないのだから、いつまでたっても、良い実はならないのだから。

どこかで、自分のせいだってこと気付かないと。

人間って弱い。

分かっていても繰り返す。

でも、そうやって立ち直って、成長していく。

口やカッコウだけの、謙虚でなく、

その人そのものが謙虚になっていく。

自分の実力を色眼鏡で見なくなる。


好きなこと、やりたいこと。

だれだってある。

でもそれって自己満足かもしれない。

もっともっとレベルの高い人が回りにいっぱいいる。

お客様だってやさしい。

「本当は、あなたの提案に満足していないの。」

そうは言わない。

「今回はちょっと金額が会わないから。」

「知り会いの人にたのんだの」

うぬぼれないで、自分の本当の力を知りたい。

自分の力が足らないと認めたい。

そう気付いた時、人は死ぬ気で努力を始める。

気付かなかったら、いつまでも、裸の王様。

「どうして自分の才能を認めてくれないのだろう。

センスがないな。」

でも本当は自分の力が足りないだけないのに。


まだまだ謙虚でないなあ〜。俺って。

みえはっているから、自分のせいって認められない。

もっと素直になりたいな。


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