ある作家から感じたこと  

山本周五郎さんの赤ひげがあまりにも良かったので、むかし読んだ本を開いてみました。

でも読んでみると今ひとつおもしろくない。

何が違うのか。じっくり考えてみたところ、わかりました。

その本をいつ書いたか。

昭和13年の本を読んでみたのですが、やはり昭和30年の頃に書かれた作品とはまったく深さが違うのです。

もちろん才能もあるでしょうか、山本さんの作品は登場人物の生き様を描くので、やはり本人の人生経験がおなじ人が書いてもまったく伝わり方が違うのです。

これは読む方も同じかもしれません。何が違うのか気付くのが今になったように、読む側も感じる力が違うのでしょう。

泳ぎ方の本を読んでも実際にプールで泳ぐ練習をしないと泳げない。
その人がもぐったところと同じ深さまでもぐらなければ、その実際の景色もみることができないし、その苦しさ、不安も理解できない。

では若いころの本を読んでおもしろくないのか。

そうでもないようです。

若いころの本にこういうフレーズがありました。

「一年に2度も実がなる木の根は枯れる」
だから無理をするな。

若い頃は、チャレンジ精神が旺盛です。とくに後に名を残した人たちは失敗しては、立ち直り挑戦し続けています。

でも時としてあせり、無理をしてしまうことがあります。

一年に2度も実をならすような無理をするな。

「でも去年より実の数をたくさん増やせるようにしよう。」

「同じ実でも去年よりもっとおいしい実をつけよう。」

なら自分相応の努力でできる。

無理でない無理。の見分け方を教わります。

作者がその歳にしか感じられない、そして読む人もちょうど同じ感じ方をしていると時にその文章に出会うことができる。そう思うと昔の本も捨てたものでありません。

そしてあの大作家も若い頃は、確かに才能はあるが、晩成の作品に比べてつたないときもあった。

でも努力し続けたから、「長い坂」という作品ができたんだ。そう思うと、今の自分の力不足を感じても、めげずにがんばろうという気持ちが湧いてきますよね。












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赤ひげ  

最近読んだ本で3冊良かった本があります。

その1冊が山本周五郎さんの「赤ひげ診療譚」

昔から山本周五郎さんの大ファンで学生時代からそのほとんどを読みました。

でもその中で名作と言われ、映画にまでなった赤ひげは読む機会がなかったのですが、都内に行く途中電車の往復で読み通しました。

田原俊彦主演で、昔テレビドラマにもなった作品。ご存知の方も多いと思います。

江戸時代長崎で3年修行して戻って来て、将来を約束された若い医師が、貧しい人を無料で診療する小石川診療所に勤めることになる。

最初は将軍の御殿医になると思っていため、不本意で仕事をしていたが、診療所の所長の赤ひげや貧しさのため死んでいく人たちとの交流のなかで、成長していく話です。

バブルが崩壊し、リストラで仕事を失い、肩書きを失い収入も減り、夢を見ることが難しくなった時代です。

肩書きや学歴だけでは、通用しなくなった時代。
いざ会社をやめてしまえば、社会でやっていけるか不安な

豊かさに満足するのでなく、生きることができること自体に感謝する。
実は今も昔もそう変わりがない、ことを時代小説を通じて教えてくれます。

「罪がない人ほど、人を裁く」というフレーズがあります。
赤ひげに出てくる登場人物は、普通の人が一生かかって経験することを、子供の頃から経験していたり、死ぬ間際でしが懺悔できない罪を犯してしまう人たちです。

でも作者はそれらの罪を、彼らの悪意ではなく、貧しさ故に犯すのであり、けっして彼ら自身が悪いのではない。と赤ひげを通して弁護します。

先日子供のテレビアニメを見ていたら、「絶対正義の名にかけて」というセリフが聞こえて着ました。

真面目に生きている人が豊かとはかぎりません。もちろんマジメに生きている人でも豊かな人もいます。

不真面目に生きている人でも豊かな人と豊かでない人に分かれます。

また何をマジメフマジメと分けるかも人によって異なります。


でも少なくとも人は、人を軽々しく裁くことができない。
何不自由なく今まで生きてこれた人が、苦労に苦労を重ねた人を裁くことができるでしょうか。

あかひげは本当にさまざまなことを教えてくれました。
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