ありがとう  

前回この日記でパニックっている。と書かせていただいたら、友人が訪ねてくれて、励ましてくれました。

読んで頂いてありがとうございます。

また心配してくれてありがとう。

ところで、

「ありがとう。」この大切な言葉がいろんな意味で今見直されていると思うんです。

もちろん、今までも教育で子供に、「お礼を言いなさい。」とマナーとして、教えられてきました。

また人付き合いでも、あの人こんなことしたのに、ありがとうの一言もない。など常識としても使われてきました。

でも、教育や常識としてではなく、もっと人として、人と人として幸せに生きる。そういう意味で、社会全体がその言葉に敏感になって来た。そう感じるのです。

今朝も目覚ましテレビを見たら、今までの明るく元気路線から、ありがとう感謝路線で、音楽まで変わっていました。

人はなぜ「ありがとう」という言葉を使えないのでしょうか。


悪いことがあったら当然「ありがとう」と言う人はいない。
でも良いことがあって「ありがとう」という位運のいいことがあっても、人はもっと上をのぞみ、「ありがとう」といえない。

だから、普段から悪いことがあっても、良いことがあっても、「ありがとう」と理由は後づけにしても、「ありがとう」と言うクセをつけると、幸せになる。と言います。

「少女パレアナ」という小説をご存知ですか?

昔テレビで少女パレアンナ」という番組があったのですが、その原作です。

主人公は父と母をなくし、母の姉妹の家に引き取られます。もともと母は駆け落ちして、故郷を出て行った人でした。その上そのおばさんはとても性格がわるく、とんでもないイジメに会います。

その中で、パレアナは一人でゲームを考えます。良いことを見つけるゲームです。

たとえば、慈善団体から誕生日に、人形が欲しいと言ったのに、間違えて
松葉ずえが送られてきました。

でもパレアナは「誰が骨折した人が治ったんだわ。」と良いことを見つけだすのです。

そのゲームがまわりの人に影響を与え、町中が明るくなる話です。

「ありがとう」もうれしいことがないから、言わないでのなく、ありがとうと言えることを探す出す。

そうすればきっと運がよくなるんだろな。

そう思う最近です。

いつも読んで頂いて

ありがとうございます。

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アジアンタム
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魔法の言葉  

知人の方から一冊の講演録を頂きました。

本って見た目や厚みではわかりません。

自分で選んで買った本は、興味ともったいない、の理由ですぐ読みますが、頂いた本は映画の出だしと同じで、読み出すまで時間がかかってしまいます。

頂いてからしばらくたって、東京に出張の時電車の中で読んでいたのですが、もうすっかり引き込まれ、最後の方では感動でいっぱいでした。

私もその本を頂いたので、何冊か購入し知人に差し上げるようにしています。

この間も、差し上げた人から、「良かった。涙が出た。良かったので他の人に差し上げた。」等大反響を頂きました。

話の内容は、ある日本人の方が、イスラエルに旅行に行き、あるおばあさんに出会い、そこから運命が変わる。そんな粗筋ですが、そのおばあさんから教わったツキがよくなる簡単な方法を教えてくれます。

「ありがとう」「感謝します」の言葉をどう使っていけば、ツキがよくなるか、おばあさんから、教わった方法を丁寧に説明してあり、その結果自分がどうなったか、どういう現象がおこったか、具体的に書いてあります。

私ももう読みながら感動しっぱなしで、今でも時々開いては大切なところを読み直しています。

ひとつの出会い、一冊の本によって運命は大きく変わります。

確かめもしないで、見過ごすと大きなチャンスを逃すことになるので、一期一会で毎日全力で生きていきたいですね。

*後日談

この本をある人に貸したところ、なかなか戻ってきませんでした。

読みたいな、と思っていたら、その当日別の知人から封筒が届きました。

あけてみると、なんと全く同じ本が入っているのです。

「大変良い本なので、読んでみてください」とメモが添えられていました。

びっくりしました。

思いはかなう。そしてきっと読むべきして、読む本だったのですね。


書名 「ツキを呼ぶ魔法の言葉」 作者 五日市剛さん


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ありがたいありがたい  

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フッキソウ

本当に暖かくなりましたね。

車の窓をあけて走れるようになりました。

サンシュ・紅梅・白梅・モクレンと咲き誇る中を運転するのは最高ですね。

おかげ様でお仕事も山の様に頂き感謝しています。

手元には10件以上お仕事を頂いていて、もともと不器用で小心ものなので、しょうしょうパニック状態です。

2月と3月は大違いで、お庭をデザインするとき、いくらでも花や木があり、とっても楽しい季節です。

こんなに差があるのは、この時期が一番でしょう。

今日も次の現場に使う草花を買ってきました。

今レンギョウが満開なので、これから咲きそうなエニシダを買ってきました。引渡しの頃、ずばりのタイミングだと思います。

花屋さんや園芸センターも、「あれこの間あったのに今日はない。」というのが、当然なので、良いなと思っ時買っておきます。

そうすると、大きさや咲き具合も丁度良く、自分で絵具を買ってくるようなもので、現場で全く違います。

あそこにこれを使ってこうしよう。と事前にイメージできます。

人の出会いとおなじで、その時の出会いを精一杯大切にしないと、あとで悔んでしまいます。

こうやってどんどん現場のデザインが磨かれてくるんですね。

でも木々最近花を見て思うのが、花はとってもかわいく、キレイに咲いているように見えるけど、

実際はものすごく、真剣で必死に咲いている。

そう思うようになりました。

でもそんな思いをみじんにも出さない、木ってえらいですよね。

寒い冬を乗り越え、行き続けるために咲き乱れている。

勉強になりすよね。


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春になると気付くこと  

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春になると咲くのは梅、桜。

そしてそれが終わるとハナミズキが咲き出し、その後にヤマボウシやエゴの白い花が里山を白く彩ります。同じ頃、白といえば、大デマリが田んぼの片隅で雪が積もったように、太陽に輝いています。

今年は2月終わり頃から土佐ミズキの黄色い花が春の訪れを、「私が一番最初に気付いたのよ」と教えてくれます。

引き続き写真のサンシュの黄色は公園を歩く人を、白や赤の梅だけでなく、桜の到来をよりワクワクさせてくれます。

木や花の名前はなかなか覚えられないもの。特に男性には縁がなく、目に映っては「きれいだな。」で終わってしまい。木の名前までは調べず、仕事に戻ってしまいます。

街や里山には、あまり知られていないけれど、実は脇役として、春を演出してくれる木や花がたくさんあるのだけど、社会の速さやマスコミに目が行ってしまい、気付かずに通り過ぎてしまいます。桜や梅の2代俳優の舞台も良いけれど、さまざまな個性の脇役たちの活躍にめぐまれた舞台はもっと華やかですてきですよね。

そして葉が散って丸裸になった木の枝枝には、舞台の袖の役者が準備するように、芽が出はじめています。

忙しさのあまり、よ〜くみれば、気付くものが見過ごしている、とても素敵なものは、なにも遠くまで行かなくても、お金をださなくても、庭や近郊にたくさんあるんですよね。


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好きな時間  

先日石原先生と都内で打合せがあり、一緒に新幹線で東京まで一緒しました。

打合せが終わり、帰り学生時代の友人に連絡したところ、たまたま時間が合い、7時に約束食事をすることが出来ました。

30代の頃は、新宿や池袋まで行ったのですが、最近は体力のせいか、御徒町や上野で待ち合わせし、路地裏の居酒屋さんで旧友を深めることが多くなりました。

怒涛の4日間の後のせいか、仕事や家族以外の時間がとても新鮮で幸せで、うれしい3時間でした。

男二人にもかかわらず、忍ばずの池に夜桜を見ながら飲もうと行ったものの、まだ桜がぽつぽつで、出店も出ておらず、散歩だけに終わってしまいました。

なごりおしいのか最終電車まであと30分あるからと、とっても安そうな線路下の屋台で「まだ帰りたくないな〜」とぎりぎりまで語り合い焼き鳥をかぶっていました。

充実すればするほど、時間が早く立ち、時間が貴重に感じられ、そして仕事以外の場は少なくなるから、心許せる人との時間は輝くのですね。

そして、たとえ旧友でも、過去のことより、これかれのことや、前向きな話が多いほど、場が盛り上がることが、よく判りました。

忍ばずの池では通りすぎただけでしたが、いくらか暖かい風のなかのきれいな夜景は、とてもすがすがしくキレイでした。

学生時代付き合った家内と良く歩いた頃を思い出させてくれる場所で、また来れただけでも、しみじみ幸せでした。

どんなに高いお酒を飲むより、どんなに素敵な雰囲気のお店にいくより、すてきな時間をもてる友達とチャンスに感謝。
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