持久走大会
うちの子供たちの小学校は年に1回マラソン大会があります。
上のお兄ちゃんは卒業したのですが、3人とも毎年走ります。
長男はいつも40位くらい。
次男はいつも19位くらい。
三男はいつも3位か4位です。
同じ親なのに、どうして違うのかな。
決してだれも手を抜いているわけでないのに、どうして違うのでしょう。
同じ学年で、早生まれ遅生まれがあるから、体格で差がつくのは
わかりますが、不思議ですよね。顔なんかそっくりなんですが。
そう思うと、いそがしいので、3人とも同じように扱いますが、
本当は、それぞれ替えてあげないといけないかもしれませんね。
今年三男は、大会前の10くらい前から風邪で休んだりしていたので、
残念ながら、順位をかなり落としていました。
精一杯がんぱったのにかわいそうでした。
でもこれって人生と同じかなと思ったりします。
小学校6年間 6回走ります。
いろんなアクシデントがあります。
大切なのは、その次。
もう一度がんばるか。まこんなものでいいか。
アクシデントをどう捕らえるか。
つらいけど、たいへんな方を選ぶか、楽な方を選ぶか。
それは、もとの体力や技術でないし、風邪などの運でもない。
本人の考え方次第ですよね。
いろんなところに勉強するものが、あるんですね。
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上のお兄ちゃんは卒業したのですが、3人とも毎年走ります。
長男はいつも40位くらい。
次男はいつも19位くらい。
三男はいつも3位か4位です。
同じ親なのに、どうして違うのかな。
決してだれも手を抜いているわけでないのに、どうして違うのでしょう。
同じ学年で、早生まれ遅生まれがあるから、体格で差がつくのは
わかりますが、不思議ですよね。顔なんかそっくりなんですが。
そう思うと、いそがしいので、3人とも同じように扱いますが、
本当は、それぞれ替えてあげないといけないかもしれませんね。
今年三男は、大会前の10くらい前から風邪で休んだりしていたので、
残念ながら、順位をかなり落としていました。
精一杯がんぱったのにかわいそうでした。
でもこれって人生と同じかなと思ったりします。
小学校6年間 6回走ります。
いろんなアクシデントがあります。
大切なのは、その次。
もう一度がんばるか。まこんなものでいいか。
アクシデントをどう捕らえるか。
つらいけど、たいへんな方を選ぶか、楽な方を選ぶか。
それは、もとの体力や技術でないし、風邪などの運でもない。
本人の考え方次第ですよね。
いろんなところに勉強するものが、あるんですね。

俳優
女優の柴田りえ さんってとても個性的な人ですよね。
あるテレビ番組でこんな事を話してられました。
あせって仕事をしていたころ、「きらきら光るような才能が
ないと思っていた時期があった。」
でもある時「なくてもいいんだ。好きだったらいいんだ。
好きなことをやっていればいいんだ。」そう思うようになったそうです。
夢を諦めるのって、実は人の才能をうらやむのでなく、自分で自分の
才能を殺して、本当は人のせいでなく、自分のせいなのかもしれませんね。
昨日で終わった日経の私の履歴書。ある俳優のお話でした。
昨日家に帰って、最終回を読んでいたら、涙が止まらなくなりました。
苦労して苦労して、自分の本格的な稽古場を完成してその公開の席で
ともに苦労し、2年後になくなる奥様が
「私たち、ここでお葬式したいと考えています。」
と文章が始まり、自分の履歴書の最後は、なくなった奥さんの骨に向かって「すこし待たせるだろうが、いずれ私もそっちに行く。そして
一緒にお墓に入ろう。」
子供のころ戦後、貧困生活を送り続け、でも人生を諦めないで、俳優になり、俳優になってもどちらかというと、陽の目を見ない、コースを歩みながらも、女優であった奥さんと、二人三脚で俳優の塾までつくり、
自分の演技だでなく、後進の育成にまで勤めた人の生き様は、もう
おどろくばかりの履歴書でした。もう諦めても当然の環境のなか、
生まれた、その人の人格、そして、書く言葉は、もう活字というより
私の魂をそのまま揺さぶる、言霊でした。
もっともっと、つらい人生があり、それを乗り越えがんばっている人がいる。
人は才能ではない。ゴールにたどり着く、お金や財産や名声でもない。
やはり夢に向かって進み続ける、情熱なんだな。そう感じています。
仲代達矢さんの履歴書は本当にすばらしかった。
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あるテレビ番組でこんな事を話してられました。
あせって仕事をしていたころ、「きらきら光るような才能が
ないと思っていた時期があった。」
でもある時「なくてもいいんだ。好きだったらいいんだ。
好きなことをやっていればいいんだ。」そう思うようになったそうです。
夢を諦めるのって、実は人の才能をうらやむのでなく、自分で自分の
才能を殺して、本当は人のせいでなく、自分のせいなのかもしれませんね。
昨日で終わった日経の私の履歴書。ある俳優のお話でした。
昨日家に帰って、最終回を読んでいたら、涙が止まらなくなりました。
苦労して苦労して、自分の本格的な稽古場を完成してその公開の席で
ともに苦労し、2年後になくなる奥様が
「私たち、ここでお葬式したいと考えています。」
と文章が始まり、自分の履歴書の最後は、なくなった奥さんの骨に向かって「すこし待たせるだろうが、いずれ私もそっちに行く。そして
一緒にお墓に入ろう。」
子供のころ戦後、貧困生活を送り続け、でも人生を諦めないで、俳優になり、俳優になってもどちらかというと、陽の目を見ない、コースを歩みながらも、女優であった奥さんと、二人三脚で俳優の塾までつくり、
自分の演技だでなく、後進の育成にまで勤めた人の生き様は、もう
おどろくばかりの履歴書でした。もう諦めても当然の環境のなか、
生まれた、その人の人格、そして、書く言葉は、もう活字というより
私の魂をそのまま揺さぶる、言霊でした。
もっともっと、つらい人生があり、それを乗り越えがんばっている人がいる。
人は才能ではない。ゴールにたどり着く、お金や財産や名声でもない。
やはり夢に向かって進み続ける、情熱なんだな。そう感じています。
仲代達矢さんの履歴書は本当にすばらしかった。
