2007/4/17

「愛」という言葉を口にできなかった二人のために  

著者:沢木耕太郎
出版:幻冬舎
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「世界は『使われなかった人生』であふれている」に続く沢木耕太郎の「映画エッセイ」第二作。
まあこの長い題名に全てが表れているような気がするね。
一言で言えば、「ロマンティシズム」。

書評や映画評を読む理由としては「観る映画を探す」「自分が観たことがある映画を作者がどんな風に観たのかを確認する」といった理由が主なのじゃないかと思う。少なくとも僕にとってはそうだし、本書もそういう視点で読んでいる部分は確かにある。
ただこの作品の場合はそれに加え、「沢木耕太郎の『ロマンティシズム』に酔う」(笑)ってとこもあるんだよね。場合によっては紹介されている映画のことなんてどうでもよくて、「映画を巡る話」として、ただ沢木耕太郎の語り口を楽しんでるんじゃないかと思うことだってある。
本書で取り上げられているのは、
「ブローバック・マウンテン」「光の旅人」「トーク・トゥ・ハー」「硫黄島からの手紙」「黙秘」「パリ空港の人々」「ヒストリー・オブ・バイオレンス」「父と暮らせば」「堕天使のパスポート」「フィールド・オブ・ドリームス」「敵、ある愛の物語」「旅する女」「エマ」「ブラス!」「海辺の家」「ウルフ」「きみに読む物語」「ノーバディーズ・フール」「客途秋恨」「大地と自由」「プリティ・ウーマン」「ライフ・イズ・ビューティフル」「陽のあたる教室」「赤い航路」「息子のまなざし」「モーターサイクル・ダイアリーズ」「ストーカー」「故郷の香り」「シャイン」「タブロイド」「海を飛ぶ夢」
の新旧31作。
このうち僕が観ているのはわずか8作だが、本書を読んでいて、そんなことは全く気にならなかった。(沢木耕太郎のストーリーの要約が巧みというのもあるが)
ま、それだけ「作品」として本書が成立していると言えるだろう。

沢木耕太郎の語り口について、淀川長治が「あなたは非常に清潔にお書きになる」と言ったというエピソードが本書にあるが、さすが淀川さん、これは当を得ている。
過剰とも思えるような「ロマンティシズム」を抱えながら、沢木耕太郎の作品が「甘ったるく」ならないのは、この「清潔さ」故だろう。(あるいは「ダンディズム」と評されることもある)
そのことが「沢木耕太郎」という作者の最大の持ち味じゃないかとも思う。

最近、二歳児と付き合っていると、
「ああ、コイツはこれから色々な本や、映画に、新鮮な気持ちで出会えるんだナァ」
と羨ましく思える瞬間がある。

「私にも何を見ても面白いという時代が少なくとも一度はあった。そのとき、眼の前にはまだ見ていない映画の海、物語の海が無限に広がっていた。」

別に本や映画に倦んでいるわけじゃないし、映画も物語も未だに「無限」ではあるだろう。ただ「新鮮な気持ち」が失われつつあるのは事実だし、「残された時間」というものを漠然と意識しつつもある。
沢木耕太郎の感慨を、僕もまた共有している。

まあ「歳を取る」という、当然の結果なんだけどね。




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