2006/9/15

新編 東洋的な見方  

著者:鈴木大拙、上田閑照:編
出版:岩波文庫
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坊さんの説教と言うのはナカナカ味のあるものだ。
実家の施主さんはあまり口が立つ方ではなく、法事の席などでは、下手をすると多弁なウチの親父が場を仕切ってしまい、親父の説教ばかり聞かされる雰囲気にもなっちゃうんだが(笑)、そんな時でも口少なく語る施主さんの話は味わい深いものを感じさせられる。

本書もそういう意味では「坊主の話」。ちょっと分かりづらいところもあるのだが(「論理的に」というよりも「感覚的に」)、それはそれで何となく「いい話」を聞いた気分になるところが人徳ってもんでしょうか?西洋的な素養も著者は十分に持っているので、所謂「禅話」の「ワケワカンナイ」に収まってないところも面白く読めた。

「西洋では物が二つに分かれてからを基礎として考え進む。東洋はその反対で二つに分かれぬ先から踏み出す」

として、西洋の「二元論」・「二分性」に対して、東洋の持つ「不二性」が強く主張されている。
ただその主張は単なる「西洋と東洋の対比」ではなく、増してや「東洋の優位性の主張」では全くない。著者は日本人の情緒に流れてしまう思想性に強い批判を加えており、単純な伝統主義・復古主義に組するものではない。

むしろそこで示されているのは、西洋の「二分性」(「科学的思考」「論理的思考」)を徹底し、<その後に>「不二性」を体得する(「無分別の分別」)という、新しいあり方・思想性を求める態度のように思う(難しいことだが)。
つまり本書は単なる「禅の紹介」ではなく、「意欲的な新しい思想的な取り組み」を提示していると言えよう。

まあでも、もともと「言葉では言い現しがたいもの」「言葉以前のもの」に取り組んだ著作だからね。それを理解するのは簡単じゃないし、理解すれば良いと言うものでもないし、言葉で評せるものでもないだろう。

「ちょっとハイカラなところもある坊さんの話」

ってなとこで楽しめば、とりあえずは良いんじゃないかね。



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