2009/5/31

葛西臨海公園で遊ぶ。  雑感

前々から
「行ってみたいナァ」
と思ってたんだけど、なかなか機会がなくて。
「水族館に行きたい」という息子の希望で、ようやく行って来ました。

クリックすると元のサイズで表示します
水族館前

想像以上に良かったナァ。
何やら不思議なクリスタル・ドームの下にある水族館も結構面白いし、広大な敷地の公園も、空が広くて、緑が多くて・・・
いやコレは本当に感心した。

クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
水族館で遊ぶ

クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
観覧車の下の公園で花摘み

途中から天気が悪くなったので3時過ぎには退散したけど、今度は砂浜のほうにも行ってみたいな。
季節的に「潮干狩り」でこれからは混みそうだけどね。

何にせよ、思った以上に充実の一日でした。

2009/5/30

村上春樹新作。さて、いつ読むか?  雑感

発売前から増刷が決定したと言う話題の新作「1Q84]。
Amazonで予約したのが手元に届いた。

架空の「1984年」を描いたと言う(違うかもしれんけど(笑))この作品。
「上下巻」かと思ってたら、
「Book1 <4月ー6月>」「Book2<7月ー9月>」。
・・・ちゅうことは、「3」「4」があるってこと?

最近、「ドフトエフスキー」に言及したり、「総合小説」について語ったり・・・何か嫌な(笑)予感がしてたんだよナァ。

まあ村上春樹の文章を読むのが好きなんで、長いのは別にいいんだけど、さて「3」「4」はあるのかないのか、はたまた待つべきか?
到着したばかりなんで、未だ決断のつかないところ。

実はまだ、宮部みゆきの新作(「英雄の書」)も、村上春樹訳のチャンドラー(「さようなら、愛しい人」)も、買っただけで、まだ手をつけてない有様なんだよね。

先に妻に読んでもらおうかな(笑)。

2009/5/30

世襲議員のからくり  

・「世襲議員のからくり」
著者:上杉隆
出版:文春新書

クリックすると元のサイズで表示します

最近、何かと物議をかもし、毀誉褒貶も激しいジャーナリストによる「世襲議員批判」。
最近、「世襲制限」が政界では論点の一つとして浮かび上がっているが、本書はそれに先立って週刊文春に連載された記事をベースにしている。
「世襲制限」の動きについて、

<筆者が「週刊文春」誌上で行った世襲批判キャンペーンの結果、というわけではないと思う>(P.143)

と作者は書いているが、少なからず影響があったのは確かじゃないかね。

僕自身は本書の主張には強く賛同する。
「世襲議員」については「看板」「地盤」「カバン」と昔から言われてきたけど、特に「地盤」(=後援会との関係)・「カバン」(=政治資金の非課税相続)については具体的に、知らなかったことも少なからず紹介されている。
「こりゃないよな」
というのが正直な感想。
「家業」なら「世襲」と言うのはあるだろうが、やはり「政治家」というのは「家業」にしては絶対にいけないものだろう。(「家業」も「大企業」になると「世襲」はマイナス要因になる)
「立派な仕事をしている二世議員も沢山いる」?
いや、そらそうだろう。
しかし彼ら以上に素晴しい働きが出来た可能性のある人材を埋もれさせる仕組み・・・それが「世襲」だということを忘れてはいけない。
(そこまで「立派」なら「地盤」「カバン」なしでも、頭角を現せるだろう)
「地盤」と「カバン」を世襲することで既得権益が温存され、新陳代謝の阻害要因になる、っていうのも、現代のようなスピード感を求められる時代には大きなマイナス要因だろう。
「段階的に世襲制限をしていきながら、最終的には『立候補地区の交代』『政治資金の相続税対象化』によって、世襲による既得権益温存の仕組みを極小化する」
これが必要なんじゃないかと言うのが、僕の考え。
それもスピード感を持ってね。

ところで、作者については安倍元首相とのトラブルが最近取り沙汰されているけど、そのキッカケは多分、本書に先立つ週刊文春の連載記事。
トラブルの詳細についての「正否」は判断できないが(取材の精度には確かに問題があるようにも感じる)、本書のテーマは安倍元首相にとって面白くないことは確かだろうね。
しかし安倍元首相の看板の一つは「再チャレンジ」。
その大前提となるのは「機会均等」のはず。
であれば、この「世襲批判」は真摯に受け取るべき内容であると思うのだが、どんなもんでしょう?

2009/5/29

いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ  

・いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ 有効需要とイノベーションの経済学」
著者:吉川洋
出版:ダイヤモンド社

クリックすると元のサイズで表示します

いかに自分が経済学に疎いか?
「ケインズ」も「シュンペーター」も大学のときに齧ったことがあるはずなんだけど、本書を読むまで、すっかり「ケインズ」が一世代前の経済学者だと思っていた。
実際には二人は同じ年の生まれ(正確には誕生日はシュンペーターの方が早い)。
しかも主要書の発表はシュンペーターの方が早い(「経済発展の理論」。なんとシュンペーター29歳のとき。ケインズが「一般理論」を発表したのは50代になってからである)ときてるんだから、錯誤もはなはだしい(笑)。
まあ社会的インパクトの大きさから言えば「ケインズ」の方が圧倒的で、その理論は「ニューディール」という「歴史」と結びついているから、何となく「ケインズ」の方が歴史上の人物っぽい印象があったんだろうな。
何の言い訳にもなりませんが。

「経済学」が「科学」たりえるか?
いや、「普遍性を持った理論に裏打ちされた『学問』足りえるのか?」。
ケインズの有名な言葉にこんなのがある。

<長期的にはわれわれは皆死んでしまう。>(「貨幣改革論」の一説。P.76))

長期的には理論的に裏付けられた事象もありえるかもしれないが、「長期的」であることは「現実」には役に立たない・・・ってことかな?

<嵐のときに、嵐が過ぎ去れば海は再び穏やかになるとしか言えないなら、経済学者はあまりに容易で無用だと言わなければならない。>(同上)

そう言ってるケインズ自身が「一般理論」を書いてるってのは、なかなか面白いんだけどね。
シュンペーターのケインズ批判の一つは、「ケインズの理論は、時代と地域に限られた『対処療法』であり、普遍性をもった『理論』ではない」ってトコにあるんだと思うんだけど、ケインズ自身のスタンスの中に、そういう批判を惹起する部分があったことも否めないだろう。

ただリーマンショック以降の世界同時不況の中で、「ケインズ」は大流行。
経済学としては息を止められてたようなところがあるようだけど、「政策」としては、今や「ケインズ主義」をとらない国はないとも言えるくらいだ。
「それは『政策』の話。『学問』ではない」
そういう意見はあるだろうが、それに対してはケインズ自身が、
「あまりに容易で無用」
と言い返すだろう。
少なくとも「大不況」に直面したとき、「ケインズ」がクスリとして処方されるというのは、一つの公式になってるんじゃないかね。(そのクスリが効くのかは不明だけど)

作者の主張は「ケインズとシュンペーターの統合」にある。
僕自身はそれを、
「不況期には有効需要を喚起するために公共事業等の投資は必要である。しかしながらそこから新たな『成長』に踏み出すには『イノベーション』がなければならない。従って不況期の『投資』は『イノベーション』を呼び起こすようなものであるべきだ」
と読んだんだけど、これは誤読かな(笑)。
「意味のある公共投資をしなければならない」
ここまでまとめちゃうと、すごく陳腐な主張になっちゃうなぁ。

ケインズ/シュンペーターという二大経済学者の人生・著作を時代背景も踏まえつつ追いかけながら、二人の主張が現代の持つ意味が何かを考える・・・というのが本書の構成。
個人的にはタメになる本でした。

2009/5/28

栗本薫、逝去  雑感

「56歳」ですか・・・。
若くから活躍してた人だから、すっかり「ベテランの風格」だけど、若すぎるよねぇ。

これで「グイン・サーガ」は未完。
「20巻」くらいは読んだかなぁ・・・。
あんまり長いし、最初の予定の「100巻」を突破しそうだったんで、読むのをやめたんだけど、「未完」で終わる可能性は、そのころはあまり考えてなかったように思う。
すごく残念。(再度、読み始めることはなかったと思うけど)

サービス精神旺盛な人だったから、物語のスクリプトみたいなものは残してくれてるかもしれないけどね。(そうなると誰かが書き継ぐのかな)

「ぼくらの時代」でも読み直してみるかなぁ・・・。



2009/5/27

ビジネス・ゲーム  

・「ビジネス・ゲーム 誰も教えてくれなかった女性の働き方」
著者:ベティ・L・ハラガン 訳:福沢恵子、水野谷悦子
出版:光文社知恵の森文庫

クリックすると元のサイズで表示します

僕が勤めている会社でも女性の活用には本腰を入れようとしている。
事実として「女性」が会社の中核業務を一定割合以上、担うようにならなければ、会社としての将来性は暗いと思うんだけど、一方で、
「女性から見たビジネス社会はどういうものなのか?」。
そこら辺が知りたくて、読んでみた本。
ま、勝間さんが
<私の人生を助けてくれた本><この本を手に入れてから、私は社会人生活が一変しました>(帯)
と絶賛しとることもありますし(笑)。

でも想像以上に面白い本だったなぁ、これは。
原書が出版されたのが「1977年」、翻訳の初版が「1993年」で、今読んでもコレだけ面白いってことは、日本はアメリカに比べて「30年」遅れてるってこと?
まあアメリカの現状がどうなってるかは知らないので、そう言い切ることはできないけど、否定は出来ないね。

本書で語られてることが、そのまま日本にも通じることだとは思わない。
著者のスタンスに「?」ってところもいくつかある。
でも大筋においては否定しきれないなぁ。
意識的か無意識的かはともかく、こういう傾向があるということは言えるんじゃないかね。
納得したり、時に冷や汗かいたり(笑)。
「参考」にするどころか、深く考えさせられるところが少なくなかったよ。

本書で語られているのは「ビジネス」というゲームの「ルール」である。
その「ルール」には「正しくないもの」「不合理なもの」もあるが、「ゲーム」はその「ルール」に基づいて動いている。
「ルール改正」に取り組むことは重要なことだが(事実、そういう動きは不断にある)、まずは「ルール」を知ることが第一歩だろう。
ましてや「ゲーム」に「勝とう」と思うなら、その「ルール」を熟知し、活用しなければ、運頼み以下の成果しか手にすることは出来ない。

一方で「ルール」を深く理解することで、「ゲーム」の本質が見えてくるという側面もある。
そういう意味において、男性・女性にかかわらず、「ビジネス」というゲームに参加する者にとっては一読の価値がある一作ではないか、と。
特に女性にとっては・・・ってのはあるけどね。

2009/5/26

水の城  

・「水の城 いまだ落城せず」
著者:風野真知雄
出版:祥伝社文庫

クリックすると元のサイズで表示します

「のぼうの城」が面白かったので、同じ「忍城籠城」を描いた作品を読んでみる気になった。
本書は「平成12年」に出版されてるんだけど、昨年改めて「新装版」として出版されている。
評価の高い「のぼうの城」への便乗なんだろうな、やっぱり(笑)。

でも作品としては悪くないんじゃないかね。
「成田長親」の何やら不思議な魅力、「忍城」が小田原城開城まで籠城し続けたことへの評価、籠城する側と攻める側(石田三成勢)の対比 等々
「のぼうの城」でも描かれた「忍城籠城」の面白さが、本書でもキチンと描かれている。
本書での「成田長親」の姿は、「のぼうの城」よりは「策謀家」的な要素があるけど(類型としては大石内蔵助の「昼行灯」タイプ)、「人の良さ」は共通するところがあって、まあ実際にそういう人物だったんだろうね(笑)。
何事もなければ、特段目立ちもしなかったであろう人物が、ひょんなことから歴史に名を残す。
そのことが「忍城籠城」の一番の「面白み」なんじゃないかと思う。

作品としては「のぼうの城」よりもオーソドックス。
甲斐姫のその後なんかは本書のほうが興味深く描かれていて、全体的なディテールはこちらのほうが具体的・実際的かも。
そのことが逆に本書のインパクトの弱さにもなっており、一定程度ディテールやリアリティを捨てても、物語性を優先したところが「のぼうの城」が評価された部分でもあるのだろう。
ま、どちらがどうとは言えませんな、個人的には。

ただどちらも楽しく読めたということは、それだけ「忍城籠城」というドラマが魅力的だったということ。
これは確かだろう。

2009/5/25

単純な脳、複雑な「私」  

・「単純な脳、複雑な『私』 または、自分を使い回しながら進化した脳をめぐる4つの講義」
著者:池谷裕二
出版:朝日出版社

クリックすると元のサイズで表示します

「海馬」「進化しすぎた脳」の作者による最新作。
「進化しすぎた脳」と同様、高校生相手の講義をまとめたもので(前作はニューヨークの学生、本作は自分の母校の学生を相手にしている)、最新の脳科学に関する情報をバンバカ織り込みながら、「脳」というものの不思議で面白い仕組みや振る舞いを披露してくれている。
あんまり最新の情報が飛び交うので、
「どんどん『脳』のことって分かってきてるんだなぁ」
と感じるとともに(それにつれて「如何に分かってないか」ってこともアカラサマになるんだけどね)、
「こんな風に『脳』を取り扱っていいんだろうか」
と、ちょっと倫理的な部分での不安を感じたりもする。
作者自身は、結構柔軟なスタンス(「ファジーな」とも言える)を取っていて、その「奥行きの深さ」が倫理性をも包含するような側面があるんだけど、科学技術そのものには、先鋭的なゆえの「危うさ」がある。
まあでも、それはそういうモンなんだろうけどねぇ。

「脳」が持つ「空間」や「時間」のファジーな取り扱いっぷりや、「仕組み」そのものは精緻ではあるがシンプルなものなのに、それが組み合わされることで生じる「複雑さ」(これが題名につながっている)、「ノイズ」や「自己言及」と「脳」との関係 等々

「講義」なので、構成が精緻であるとは言えないけど、逆にそれ故に説明が平易になり、取り扱う範囲が思わぬ広がりを見せたりして、論文やサイエンスライターの単行本を読むのとは違った種類の楽しみがある。
携帯やネットからサイトにアクセスして、講義に使われた「動画」が見れるようになってるのもナカナカ面白いね。
(「まったく新しい読書スタイル」かどうかは、何とも言えないけど。そう言うには取り上げられる「動画」が少なすぎるように思う。でも面白い取組みではあるな)
個人的には「脳」が「時間」を扱う様や、「脳」と「行動」との関係なんか、「へぇ」ってことも少なくなかった。

まあ全くの「文系人間」である僕は、講義を受ける側の高校生よりもレベルの低い部分があって(笑)、一部「う〜ん」ってとこもあったんだけど、総体としてはすごく刺激的な読書体験であった。
ま、これがどこまで「記憶」に定着してくれるかはワカランけど・・・。


2009/5/24

ちゃんと留守番できました。  雑感

昨日は妻が大学の同窓会で夕方から外出。
僕と息子・娘で留守番をした。

昼間、数時間留守番するのは何度もやってるんだけど、
夕食を食べて、風呂に入って、就寝して・・・
を、息子・娘の面倒を見ながらというのは、初めて。

「さてどうなるかなぁ」
と、内心は少し不安もあったんだけど、結果的には全く問題なし。
泣き叫びもせず、普段どおり(普段以上?)チャンと食事して、風呂に入って、いつもの時間に寝てくれた。

10時半に帰ってきた妻は、様子を話すと、
「なんか、ちょっと寂しい」
と贅沢な(笑)感想。

まあタマタマ上手く回っただけなんじゃないかって気もするけどね。
何はともあれ、課題を一つクリアした気分。

2009/5/23

秋月記  

・「秋月記」
著者:葉室麟
出版:角川書店

クリックすると元のサイズで表示します

「秋月」には福岡にいた頃、2回ほど訪問したことがある。
いずれも新緑の季節で、静かな風情のある街並みを歩きながら、山の息吹を身近に感じたのを覚えている。
「あのこじんまりした町が舞台かぁ」
と思い出しながら読んだが、実にそれに相応しい静謐さのある作品だと思う。

テーマとしては「銀漢の賦」に重なっているかな?
「友情」と「重責を担ったものの孤独」
そして「銀漢の賦」が前者に比重を置いていたのに対して、本書はより「後者」に重みを置いている印象がある。
自分が追い落としたかつての権力者と語り合うシーンなんか、なかなか味わい深い。
むしろ作品の構成としては「友情物語」に引っ張られた分、弱くなってしまったとさえ言えるかもしれない。
まあ物語的にはかつての友人たちが今一度力をあわせるシーは盛り上がるんだけどね(笑)。

葉室作品としては、今まで読んだ中では一番好きな作品かな。
もう一度、秋月に行ってみたくなりました。



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ