2008/2/29

オヤジの細道  

著者:重松清
出版:講談社文庫
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「夕刊フジ」に週一連載されていたコラムを集めたもの。
作者は63年生まれだから、僕(65年生まれ)とは同世代。
結構、細かいところをあーだこーだ言ってるのに、
「そうそう、そうなんだよ」
と同世代の共感を覚えたり、
「う〜ん、それはどうかなぁ」
と個人としての趣向の差を感じたり。
まあ、楽しい一冊だった。

こういう本に「感想」ってぇのも何なんだけど、作者同様、僕も衝撃(笑)を受けたのは以下の事実。

「故・石原裕次郎ー『太陽にほえろ!』が始まった1972年、あのひと、まだ38歳だったのである。38歳にして『ボス』。40前にして、あの貫禄。なんというか、ふやけた平成のオヤジ世代には真似のできない話ではないか・・・」

いや、全く。

考えてみれば、僕が入社して20年。
僕が生まれる20年前といえば、1945年。敗戦の年である。
そりゃ、「オヤジ」にもなるよ。

2008/2/28

葬儀に行ってきました。  雑感

昨日の横浜は、風が強くて寒かったんだけど、空は快晴。
式の間、上ばかり見ていたので、少し眼が痛くなった。

2008/2/28

「行動できない人」の心理学  

著者:加藤諦三
出版:PHP研究所
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「ウダウダ考えていて立ち止まってたり、シラけて動かなかったりしても、仕方がない。行動することで物事が動いたり、状況が変わったり、対象に熱中できるようになるのだ」

ザーックリまとめると、そういう本(笑)。
精神医学の知識が背景にあったり、豊富な事例が引かれてたりするけど、理論的な書というよりは、精神論の色彩の強い本といったほうがいいかなぁ。まあ「加藤諦三」さんですから。

でも悪い本じゃないと思うよ。
時にこういう本を読んで、自分自身を振返り、立ち止まってしまっている何かを前に進めようとするのは必要なことだろう。僕も何がしかそういう気持ちになっている。
勝間和代氏のブログを見てて、「ベタボメ」なのを読んで購入したんだけど、
「そこまで誉める内容か?」
とは思いつつ(笑)、全くの無駄本とも思わない。

本書は85年に出版された作品をソフトカバー本にリニューアルしたものらしい。
「500円」という価格はそれゆえ。
最近、文庫でもこの値段はナカナカないし、文庫によっては読むのが辛くなってきてるので(まだ「老眼」じゃないと思うんだけど)、こういう再販というのは面白いと思った。(字を大きくして再販している文庫もあるけど、こっちの方が読みやすいんだよね)

ただやたらと「親子関係」のことを言うんだよねぇ。
自分の子供との関係を考えさせられ、ちょっと考え込んじゃった向きもないではない(笑)。

2008/2/27

地頭力を鍛える  

・「地頭力を鍛える 問題解決に活かす『フェルミ推定』」
著者:細谷功
出版:東洋経済新聞社
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この「○○力」ってぇのは便利で僕も一時期よく使ってたんだけど、「ちょっと使われすぎてるかな」って感じになってきた。
本書もそういう意味で最初は何となく敬遠気味だったんだけど、パラパラと読んでみると、「フェルミ推定」っていうのがチョット面白そうだったので買ってみた。

「地頭力の本質は『結論から』『全体から』『単純に』考える三つの思考力。それを鍛えるには、『フェルミ推定』(『限られた条件の中で、仮説を梃子にして、短時間に概算する』かな?)が役に立つ」

ま、本書の概要はこういうところだろう。
内容としては畑村洋太郎氏の数字に関する話や「ロジカル・シンキング」の概念と重なる部分が多いのだが、それらを要領よくまとめ、整理して、分かりやすく提示してくれている。
こういう本って言うのは読んだだけじゃ意味がなくて、実際にやってみて、その中で時に振り返ったりするもんだけど、各章に要約が付せられていて、そういう意味でも親切で実用的だと思う。

「興味深く読めた」ってことなんだけど、正直言えばこういう本は20代、おそくとも30代の半ばまでに読むべきなんだろうナァ。
僕にとっても参考になったり、気付きになったりすることは少なくないんだけどネ。
20代の頃はこういう本をバカにしてたから、今更言ったって仕方ないんだけどさ。
出来る範囲の中で活用していくしかないというところでしょう。

「日本全国に電柱は何本あるか?」

さて、どうやって「推定」しますか?

2008/2/27

やりきれない。  雑感

月曜の朝、会社のメールに、同期が死亡したという連絡が来た。
昨年、骨髄移植をしたヤツで、年末に一回退院したのだが、年明けに急に体調を崩して再入院、そのまま亡くなったとのコトだ。
年末、自宅療養しているときに一度お見舞いをして、一緒に少し酒なんかも飲んだりしたもんだから、
「元気になってきてるなぁ」
と思ってたんだけど、実際にはあの時も大分体調は悪くなってきてたようだ。

奥さんを残して死ねないとずっと言っていたらしい。
奥さんの方は、生きてる意味がない、とおお泣きしていたとのこと。
昨日、通夜だったんだけど、奥さんはズッと泣き続けていた。
子どもはいなかったけど、本当に仲の良い夫婦だったからなぁ。

彼とは新人のとき同じ大阪支店に配属されて以来、20年の付き合いだ。
一昨年末に僕の職場にタマタマ来る機会があって、そのとき
「機会を見て、飲みに行こう」「同期でゴルフに行こう」
と言っていたのだが、その春先に入院して、結局その約束は果たせなかった。

その気になればすぐに実現できる約束だった。
「いずれ・・・」
という気持ちが、口約束だけにしてしまった。

後悔ばかりだ。

2008/2/25

この邦題は何とかならんのかなぁ。  映画

「実話に基づく」と言うアントニオ・バンデラス主演の社交ダンス映画。
社交ダンス教師が、ヒョンなことから不良高校生のクラスでダンスを教えることになり、ダンスを通じて心を通わせ、矯正して行く・・・と言う、何やら「ありがち」な(笑)ストーリー。
「実話に基づく」ってヤツらしいが、コレもありがちな感じだね。
まあでもそう割り切って観ると、結構楽しめる。
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アントニオ・バンデラスINレッスン!

それにしてもバンデラスのカッコいいこと!
「バンデラスのプロモーションムーヴィー」とまでは言うつもりはないけど、本作の「売り」の一つがそれなのは間違いない。妙な「邦題」は、そういう意味では的を射ている。(原題は「Take The Lead」。明らかにコッチの方がいいんだけどね)
燕尾服を着て、背筋を伸ばして自転車を颯爽と走らせる姿には、おかし味も勿論あるんだけど、惚れ惚れもした。
ジャケットにもなってるタンゴのシーンなんか、釘付けである。
(映画としては「オイオイ」ってとこもある。
主人公がなぜ不良たちに手を差し伸べるのか、今ひとつピンと、ってぇのもあるし、個人的にはHIPHOPと社交ダンスミュージックの融合の辺りはもう少し観てみたかった気もしている。
ただまあ、ここら辺は「枝葉末節」なのかもね。
ダンスシーンは楽しくて、圧倒的なんだから。)

ポイントは「姿勢」かな。
いや、「顔」や「スタイル」はどうしようもないから(笑)、せめて「姿勢」だけでも見習おうって話。

2008/2/23

娘の誕生日  雑感

「2月23日」は娘の誕生日。「一歳」だ。
祝いに来てくれる私の母の都合で、22日の夜にパーティをひらいた。
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いつものようにケーキは妻のお手製。
今までで一番の出来か、と。
鯛なんかは、お祝いの「形」で娘が食べることは考えてなかったんだけど、結構食べちゃったな、これが(笑)。最近、「まんま小僧」化しつつあるような気がする。

「一升餅」は近所の和菓子屋さんで用意してもらった。
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息子のときは背負うは背負ったものの立ち上がれず、重荷に泣いてただけだったんだけど、娘の方は勿論ヨタヨタではあるんだけど、シッカリ歩いた。
結構、楽しそうだったしね。
やっぱ女の子のほうがシッカリしてんのかね、ここら辺は。

翌日、誕生日当日にプレゼントを渡す。
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僕たちからのプレゼントはduploのスーパーマーケットと、シュタイフの熊のぬいぐるみ。
熊のぬいぐるみは、息子が一歳のときにも渡したんだよね。(ちなみに写真の「ゴーオンブルー」は息子が前日に祖母に買ってもらったもの(笑))
妻の両親からは洋服と靴を贈っていただいた。
ま、娘の方は「何が何やら」って風情ではあったが。

昼間は写真館で記念写真を撮り、夜は(我が家の定番)アオキのピザと69の生ハムでもう一回お祝い。
さすがにいつもと雰囲気が違って疲れ果てたのか、娘は風呂から上がると、早々にバタンキューであった。

長かったような短かったような一年。
まだまだ先はあるんだけど、まずは初めての誕生日に

Happy Birthday!!

2008/2/22

禁じられた数字<上・下>  

・「食い逃げされてもバイトは雇うな」禁じられた数字<上>
・「『食い逃げされてもバイトは雇うな』なんて大間違い」禁じられた数字<下>
著者:山田真哉
出版:光文社新書
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「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」で大ヒットを飛ばした作者の新作。
上巻が出たとき、
「すぐ読めちゃうから『下巻』が出てから一気に読もう」
と思って、買わずにいたのだが、一年近く待たされるとは思わなかったナァ。
ま、一気に読んじゃったけど(笑)。

上巻では「数字の使い方」に始まり、「会計における数字の使い方(金額重視主義)」について説明をしている。ここら辺は前作の「さおだけ屋〜」に重なる部分が多いかな。
下巻は「使ってはいけない数字」について説明した後、「会計信仰」「会計至上主義」に警鐘を鳴らすために、「計画信仰」と「効率化の失敗」について、「小説仕立て」で解説を行った上で、「ビジネスにおいては『会計』『非会計』どちらかに偏るのではなく、複数視点を持つことが重要(これは「生活」においても同様)」との結論を提示している。
上巻は1時間、下巻は1時間半で読めるように書いたと作者が言っている通り、簡単に読める作りになっている。(どちらかと言うと、「下巻」の法が面白い。実は独立して読めるようになってるので、コッチだけ読んでもいいと思うヨ)

まあ「さおだけ屋〜」同様、目新しい視点を得るという内容ではない。
ただこういうのは「知識と知ってる」だけでは意味がなく、「日常・現場で活用する」ということが重要なので、そういう意識付けをするという意味では、「手軽さ」も含めて役に立つ本じゃないかと思う。

「計画信仰」のとこの、
「失敗はイヤなので、リスクを果敢にとるような計画は作れない」
「予算計画では声が大きい部署に多くのお金が配分される」
「どの部署も削減されたときに備えて、予算を多めに申請しようとする」
等々
他人事とは思えんよ(笑)。

結論なんかも「当たり前っちゃぁ、当たり前」だけど、実行するのは極めて難しいからね。
見かけの「軽さ」ほどは「軽くない」というのが印象。

ま、「座右の書」にするようなモンじゃないけど(笑)。

2008/2/22

女性のお喋りを「100分」。  映画

ひたすら女優たちのお喋りを聞き続ける、という映画。
ロザンナ・アークエットが監督したドキュメンタリーだ。
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デブラ・ウィンガーを探して

40代前後の女優たちが「仕事」や「家庭」「家族」について語ると言うだけの映画で、100分足らず、全く飽きずに観れるのだから大したもんだ。
言ってることには、
「なるほどねぇ」
というのもあれば、
「いや、それはどーかなー」
ってのも、当然ある。
ただどのコメントもキッチリと「観れる」ものになってて、さすが、それぞれが実力のある「女優」ってとこ。それを引き出すロザンナ・アークエットの腕も評価していいだろう。
(もっとも妙にフィルムの質を換えてみたりするのは「ウザイ」って感じもしたが(笑)。素材がいいんだから、そんな小手先の小細工はイランのだよね)

「同じようなのを男優で」
とチョット考えてみたが、コレはあんまりハマりそうにないな(笑)。
こんな風に、真摯なコメントをそれぞれが口にすることが出来るというのは、ハリウッドにおいて「女優」というのが不利なポジションに置かれていることが最大の要因だろうからね。(そしてそのことは「女性が社会において」と言うことと重なっているのは勿論だ)
「男優」でこんなの作っても、自分のイメージに沿ったおざなりなコメントしか出てこないような気がするよ。
(それにしても「ハリウッドでは『若い女』に最大の価値がある」みたいなことが語られているけど、日本の芸能界なんかもっとだよなぁ。こういう映画が出来るだけでも羨ましくある)

出て来る女優たちの中では、
やっぱり話が抜群に面白い「ウーピー・ゴールドバーグ」
無茶苦茶カッコいい「シャーロット・ランプリング」
深みのある声が印象的な「デブラ・ウィンガー」
が記憶に残った。
題材的には「メリル・ストリープ」「ジェシカ・ラング」あたりがコメントしてくれてると、嬉しかったんだけどね。

2008/2/22

民主党の研究  

著者:塩田潮
出版:平凡社新書
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僕自身は、かなり保守化したとは言え、「心情サヨク」の気分は抜けきっていないと思うし、「反・権力」というポジションから「反・自民」に肩入れするスタンスは一貫していると思っている。
そういう意味では、「対抗勢力」の中核としての「民主党」の動向については、それなりに注意を払ってきたと思ってたんだけど、本書を読むと「まだまだ」って感じだなぁ。やっぱり小泉政治の時代は、小泉純一郎を中核とする自民党内政治が「政治」の中心だったんだなという思いを強くした。
(そういう意味では「自民党をぶっ壊す」と言いながら、小泉首相は「自民党内派閥の対抗と均衡の中で、それぞれが民意を代表しつつ、首相の交代によって『擬似政権交代』を行う」という自民党政治には極めて忠実な政治家だったのかもしれない。既得権益の代表者としての派閥の土台は大分揺るがしたようだが。
ま、ここら辺も最近の自民党を見てると・・・)

本書は小沢一郎の「民主党党首辞任騒動」から筆を起こし、細川政権からの小沢一郎の動きや民主党の立役者たちの動向を追う中で「民主党」の姿を浮き彫りにし、今後政権与党となりうるかを問うた、なかなかの労作だと思う。

本書のスタンスは「人物像」を追いかけることで、その政治スタイルや政治的傾向などを明らかにし(その中心は「小沢一郎」「鳩山由紀夫」「菅直人」であるが、民主党首を務めた岡田・前原にも触れている)、それらが党運営にどのように反映し、「民主党」がどのような政党となっているかを示すとともに、今後どのような方向に進んでいくかを推測している。
こういう「人物」本位の政治本を読むと、
「政治を動かすのは最後は民意ではないか」
「民意がどのように変遷し、どのように分類・分析すべきなのではないか」
と思わないでもないんだけど、まあそれは「別の話」ということだろうネ。
それに読み物としては、こういう「人物評」のほうがズッと面白い(笑)。

大連立騒動のとき、小沢一郎は「国の安全保障に関する重大な譲歩が自民党にあった」旨を理由の一つに挙げていて(福田首相は否定)、それを聞いた僕は
「安全保障への小沢氏のコダワリは分かるが、何だか言い訳じみてるなぁ」
と思ったもんだ。
ただ本書を読むと、湾岸戦争を契機として、一貫してこの点を検討し続け、民主党に合流してからも党内各グループとこの点について議論し、合意文書をコツコツと結んできた「小沢一郎」の姿が記されており、そのコダワリが本物だったことが窺える。(翻ってみると、民主党の他のグループの「合意文書」への思い入れは「それほどでもなかった」ということになるんだろう)
党内を読み違えた一因はここら辺にもあるんだろうなぁと納得できるものがあった。(ま、それ以上に世間の評価を読み違えているんだけど)
新進党の失敗(政権交代を目的に総選挙を戦ったが、橋本自民に破れ、選挙後、急速に解党への途を辿った)への反省が「選挙前の連立」に繋がったというのも、一理ある。

本書に描かれる「小沢一郎」の姿は一般に流布していたイメージ(「剛腕」「策士」「理念優先主義」「寝業師」・・・)とはズレる部分も多いが、「全く期待するには値しない」という否定的なものでもないと思う。その筆加減が、作者の小沢一郎への期待の表れなんじゃないかと思ったりもしている。
(かなり辛辣ではあるんだけどね。ま、他に選択肢がないからナァ)

果たして民主党に政権運営するだけの「力」があるか。

それは僕にも分からない。
ただ「政権交代」を実現することで、日本の政治・行政の中にある「何か」が崩れ、そこから新しいものが生まれてくるんじゃないかという期待感はある。
少なくとも政策にかかわる情報公開は進むんじゃないかなぁ。そのことが日本の政治・行政の非効率的な部分を露わにしてくれるのであれば、それはそれで意味があるだろう。

ま、ただ混乱するだけって可能性もあるけどね(笑)。



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