2007/12/9

現代の貧困  

・「現代の貧困ーワーキングプア/ホームレス/生活保護」
著者:岩田正美
出版:ちくま新書
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最近、「格差」「格差社会」「格差論」について語られるときに言及されることが少なくない作品。
前々からちょっと気になっていたのだが、手元の本を読み終えたとき、ちょうど書店で目に付いたので購入した。

・「格差」とは「状態」のことを言うのであり、「貧困」は「あってはならない」ということを社会が価値判断として「再発見」することである。
・福祉における先進諸国では、社会の中で「貧困とは何か」を問い続け、「再発見」し続けることで、「貧困」をなくすための施策・政策を打ち出している。
・日本では高度成長期を経験する中で「貧困」を忘れてしまった。そのため「貧困」に関する公的調査すらも行っておらず、そのことが現在「貧困」や「格差」を考える上において非常にマイナスとなっている。
・「貧困」が社会による価値判断である以上、それは「絶対的」なものではない。ただ「どのような状態を『貧困』と設定するか」は社会の成熟度を反映しているとも言える。

確かにナカナカ示唆に富む一冊だと思う。
「貧困」と「格差」が違うと言うことは理解していたつもりだが、長く日本において「貧困」に関わる公的な調査が行われていなかった(生活レベルが低い層がなかったわけではない)コトなんかは驚きだし、「固定される貧困層」について統計的に炙り出そうとする努力から見えてくる日本社会のある姿には考えさせられるものがある。
(この「統計」に曖昧なものがあったり、整合性が取れてなかったりする部分があるのは本書の「弱み」でもある。しかしそのことは日本において「貧困」の調査・統計が取られてなかったことの反映であり、同時に本書の主張を裏付けることにもなっている)

「格差」や「貧困」なんかを考えるとき、つい「自分はどうだろうか」という視点から考えてしまう。
「自分はどこら辺のクラスにいるんだろう」
「自分が下のクラスになってしまう可能性はどのくらいあるんだろう」
「自分」を基準に考えることは、思考を具体的でリアルなものにする上において決してマイナスではないだろう。だが、その基準だけで物事を考えていくと、「自分に関係がないこと」「自分が陥る可能性が少ない事象」に対する興味が薄れ、無関心になってしまう恐れがある。
「貧困」の話なんかは典型的だろう。
勿論、世の中先に何があるかは分からないから、断言は出来ないが、僕が「貧困」層に入る可能性は高くはないだろう。本書を読みながらも、
「僕はこの基準には入らないな」
と妙に安心しながら読んでたような部分もある。
だがその「無関心」は「貧困」を社会から減らすことの妨げになる。社会的排除される人々の存在に対して目をつぶることになるだけだ。

「『貧困』に陥った人々を助けるべきだ」
と言うのは、単なる理想論ではない。
作者も指摘しているように、こうしたアンダークラスが増え、固定されることは社会としての安定性を欠くことになる(先日のフランスの騒動のようにネ)。
そのことは社会の安定的持続を脅かし、その維持のための諸々のコストを引き上げることになり、結局はアンダークラス以外の層にも跳ね返ってくることになる。
「貧困」を「再発見」し続け、対処し続けると言うのは、そういう意味からも重要な視点なんだと思う。
「成熟した社会」(その多くは全体的な経済による底上げがあまり見込めなくなっている)においては、こうした深い視点に立った「成熟した人々」による社会の運営が必要なんだろう。日本は正にその入り口に立っているんじゃないかと思う。
(勿論、「理想」のために全ての人々が考え、行動できれば一番いいんだけどね。「社会的コスト」なんて言うのは、ちょっとサモシイ感じもするな(笑))

昨今の社会保障に関する議論を見てると、逆の方向(「貧困」のラインを下げる方向)への議論が多い(「最低賃金の引き上げ」以外はね)のは残念なことだし、少し大げさに言えば「国を誤まる」方向に踏み出しているのかもしれない。
そういう点からも考えさせられる一冊であった。



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