2007/12/7

それでも、警官は微笑う  

著者:日明恩
出版;講談社文庫
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単なる感覚でしかないんだけど、最近「警官小説」は「旬」なような気がする。
「横山秀夫」あたりがその先駆けだけど、「今野敏」「佐々木譲」あたりがコンスタントに秀作を発表しているし、大沢在昌の「新宿鮫」も復調の兆しを見せている。
「『警察』という組織の融通の利かなさ、腐敗、硬直的な二層構造(キャリア/ノンキャリア)を背景にしながらも、愚直に『警察官』たる人物像を描く」
というのがそのスタイルで、そこからリアルなハードボイルド像が浮かび上がってくるのが特徴だろう。

本作についてもそういう部類の作品だろうと思って手に取った。
読後、
「確かにそういう部分もあるんだけど、後半の展開は『西部警察』みたいで(笑)驚いた。でも結構面白かったな」
というのが感想。
裏表紙の「あらすじ」を読んで、お喋りな上司(潮崎警部補)と無口で無骨な部下(武本巡査部長)の相棒モノと思ってたんだけど、コレはむしろ武本を主人公にした物語だね。そこらあたりのスタンスの取り方に曖昧なところがあって、それが作品の欠点の一つかもしれない。(潮崎というキャラがなかなかいいので、こうなっちゃうのも分からなくはないけど)

欠点のもう一つは犯人の意図に関するリアリズムだろう。
最近の外国人犯罪の様相やネット社会の深化による世相の変化、国際情勢における「経済」のあり方なんかを考え合わせると、「夢物語」と一蹴するのは軽率なのかもしれないが、それでもチョット違和感はあった。
まあこの背景があってこその後半の「西部警察」だから、コレはコレで「仕掛け」と割り切っちゃった方がいいのかもしんないけどね。

本作には既に続編が発表されている。
「読みたい」
と思ったのが、この作品に対する僕の評価の総括かな。

ところでこの作者。
「ただもり あきら」
って読むんだけど、コレは読めんね(笑)。

2007/12/6

目指せ、「中山律子さん」。  雑感

昨日は定時退社して、部の「レクリエーション」として「ボーリング大会」があった。

最近はまた結構流行ってるらしいね、ボーリング。
「30名」という人数が多かったのかもしれないが、予約を取るのが大変だったらしい。
実際、レーンはビッシリ埋まっていて、終わりごろには次の予約人たちが列を成して待っていて、睨まれてる様で怖いくらいだったしね(笑)。

僕自身は「ボーリング世代」じゃないし、好きな方でもないんで、殆どボーリングはしたことがない。
やってみて、面白くない訳じゃないんだけど、プライベートで行くほどにはなれないって感じかな。

で、スコアの方は「97」「125」という低空飛行(笑)。

しかし今回の参加メンバーだと、1位・2位は女性だったんだよね。
全体のレベルも、そうは高くなかったようだ。
和気藹々と楽しくやれたから良かったけどネ。

今朝起きたら、右腕の筋が痛くて、握力もグッと落ちてしまっている。
今日一日は「後遺症」に悩むことになりそうだ。

2007/12/5

主流?反主流?  雑感

トーハンが「2007年度 年間ベストセラー」を発表した。

1位の「女性の品格」を含め、ベスト20の中で僕が読んだことがあるのは7作品。(以下、( )内は順位)

「女性の品格」(1)、「鈍感力」(3)、「田中宥久子の造顔マッサージ」(6)、「国家の品格」(11)、「いつまでもデブと思うなよ」(17)、「生物と無生物のあいだ」(17)、世界の日本人ジョーク集」(17)
(「造顔マッサージ」は妻が買ってたのをパラパラ読んだもの。僕がやってるわけじゃないよ(笑))

「20作品中7作品」というのはどうなんだろうね。
世の中の流行を追っ掛けてる方なんだろうか。背を向けてる方なんだろうか。

読んでないのは、

「ホームレス中学生」(2)、「日本人のしきたり」(4)、「新・人間革命<17>」(5)、「ハローバイバイ・関暁夫の都市伝説」(7)、「ポケットモンスター ダイヤモンドパール公式全国大図鑑」(8)、「ポケットモンスター ダイヤモンドパール公式ぜんこく図鑑完成ガイド」(9)、「恋空」(10)、「赤い糸」(12)、「君空」(13)、「一瞬の風になれ」(14)、「もしもキミが。」(15)、「ポケットモンスターダイヤモンド ポケットモンスターパール パーフェクトクリアBook」(18)、「『1日30分』を続けなさい!」(20)

このうち「日本人のしきたり」と「一瞬の風になれ」以外は、全く読む気になんないな。

それにしてもケータイ小説全盛だね。
面白いのかナァ。
題名見ただけで、読む気が失せちゃうんだけどな。

2007/12/4

若き数学者のアメリカ  

著者:藤原正彦
出版:新潮文庫
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「再発見」した「藤原正彦」の処女作。
「遥かなるケンブリッジ」を遡ること十数年、アメリカに滞在した頃(70年代前半)のことを綴ったエッセイだ。

激しい「愛国病」に罹ったり、出した手紙に一喜一憂したり、
「十年以上経ったイギリスの頃とおんなじことしてるなぁ」
ってとこもある。
ただイギリスでは家族連れだったのと違い、こちらは独身時代。その振幅の幅も大きいように思う。

それに何より「若い」。
カッチリした文章なので、あまりエキセントリックな印象はないんだけど、「ガールハント」に「マリファナ」に、果ては「ストリーキング」と、まあ「70年代」といやぁ「70年代」だけど、「若気の至り」がソコココに顔を出している。
ちゃんと数学の方で成果も出しているんだけどね。

そしてその「若さ」は作品にも出てきている。
特に最終章、突然顔を出す「恋愛」っぽいエピソードと、それに続く「愛」に関する言及そしてラストへの流れは、確かに感動的な箇所ではあるんだけど、「ギリギリだな」って感じもした。
もう一歩踏み込んだら、クサくなっちゃうところ、と。
これは「遥かなるケンブリッジ」にはない、筆の滑った部分だと思う。
ただその「若さ」が本書の魅力の一つになっているのも確かではある。

それにしても「数学者」がなぜこんなに文章が上手いのか?
勿論、「一芸に秀でた」人物と言うのは、固有の「視点」を持っているから、その思考が専門を離れて一般的なことに対しても深くなることがあるのは分かる。
しかしそのことを文章として表現するには、一定のスキルが必要だからね。
これはやはり「新田次郎」と「藤原てい」という偉大な両親の教育の賜物なんだろうか?そこら辺の事情が知りたくなってきた。(本書では二人とも「外国にいる息子を心配する普通の親」として登場するだけ)

(本書で作者はその「子ども好き」ぶりを発揮している。
しかしこれって、日本だって、今じゃ「変質者」と誤認される恐れがある姿だよナァ(笑)。
30年と言う月日は社会をそこまで荒廃させたということでもあるんだけどね)

2007/12/3

いとこ同士  雑感

昨日、親戚の結婚式で葛西に来ていた義姉家族に会ってきた。
妻は里帰り出産したときに会ってたらしいけど、僕は結構久しぶりにお会いしたのかな。
姪っ子たちが一層可愛くなっていて、正装して華やかなのが、何だか楽しかった。息子も娘も最初は緊張してたようだが、すぐに馴染んでたのは、さすが「いとこ同士」。
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短い時間だったけど、嬉しいひと時でした。

2007/12/3

案外、買い物好き  

著者:村上龍
出版:幻冬舎
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「村上龍」に関しては、「欲望を肯定する作家」というイメージがある。
勿論、小説家で「贅沢」を肯定していた作家は少なくない。
谷崎潤一郎や三島由紀夫の描く世界の絢爛さにはクラクラするし、澁澤龍彦みたいな陰影のある、ある種の「貴族性」を帯びた「贅沢」もある。
永井荷風だって、森茉莉だって、山田詠美だって、(本当に「金持ち」だったかどうかはともかく)ある種の「贅沢」を世界観に有している。
ただそうした作家に比べて、村上龍には「健全さ」が強いような気がする。「もしかしたらマズイかもしんないんだけど」と言う振る舞いが垣間見える辺りも含めて、「健全」なように思うのだ。

本書は村上龍が「買い物」について書いたエッセイ。(と言うか「シャツ」について書いたエッセイと言ってもいいような気もするが(笑))
「村上龍」と来たら、(「RYU'S BAR」のイメージで)「アルマーニのスーツ」ってイメージだったんだけど、ファッションに興味を持ったのは最近のことなんだな。これが一番意外だった。
まあ一冊を通じて、次々と「愚かな振る舞い」が展開されるのだが(「Tシャツを20万円も買い込む」とか。笑)、不思議と不愉快な感じはしなかったナ。
それは多分、その「愚かさ」を作者自身が認識しているからだと思う。
自分の行為を「否定」はしない。
でもその行為が「愚か」であることも分かっている。
このエッセイがどこか「おかし味」を湛えているのもそれゆえだろう。

でも「青のシャツ」が便利なのは事実です。

白いシャツはどんなネクタイ・スーツにも合うが、少しフォーマルすぎる。
青いシャツは白に比べてカジュアルだけど、殆どの色のネクタイに合わせることができる。

いや、全くその通り。
気がつくと、僕のワードローブにブルー系のシャツが多くなっているのも、そのためだ。本書で村上龍が「シャツ」について述べていることは、ある種の「真理」だと思う。

だからって、一度に十数枚もシャツを買うようなことはないけどね(笑)。

2007/12/1

チャーチル  

・「チャーチル イギリス現代史を転換させた一人の政治家 増補版」
著者:河合秀和
出版:中公新書
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「イギリス絡み」で最後は「何か伝記みたいなモンでも」と思って選んだのがコレ。
「イギリス人」ということであれば、「シェークスピア」でも「エリザベス女王」「ネルソン」「サッチャー」あるいは「ダイアナ妃」や「ヒュー・グラント」(笑)辺りでも良かったんだけど、個人的興味の強いところで、この人物となった。
最初は彼の「第二次世界大戦」でも読もうかと思ったんだが(なんせ「ノーベル文学賞」!)、あまりの長大さに怯んでしまい、チャーチル伝記の入門書(なんか変な表現だが)として定評のあるコッチでお茶を濁すこととなってしまった。

「チェーチル伝記の入門書」としては確かに本書はバランスが取れていると思う。
祖先にも軽く目配りをしつつ、誕生から死までをカバーしており、どの時代も簡潔に、しかし要領よくまとめている。
チェーチルに対する評価にしても、「絶賛」にも「非難」にも偏らず、「長所」も「短所」も第三者的な視点から提示してくれている。
多少、表現が古臭い(最初の出版は79年)ところがあるのと、バランスが取れすぎていて、やや平板な印象があるところがちょっと気になるが、チャーチルの人生そのものがかなりドラマチックだからね。これくらいが丁度いいのかもしんない。

しかしまあ、この人物が「典型的イギリス人」と言えるか?
好戦的で、目立ちたがりで、文章家で、絵も達者で、頑固で、人の話を聞かなくて、お喋りで・・・
おそらく彼を「イギリス人」たらしめているのは、その「貴族性」であろう。
しかし「典型的」でないが故にチャーチルは政治家として台頭し、歴史の中に輝かしい足跡を残したともいえる。
ま、多かれ少なかれ、「偉人」ってぇのはそんなもんだよね。

本書を読んで、連想した歴史上の人物が二人。
一人は「吉田茂」。

「私は運命とともに歩いているかのように感じた。私のこれまでの生涯がすべて、この時、この試練のための準備に他ならなかったと感じた。」

チャーチルが第二次世界大戦に際して首相に任命されたとき(64歳)のこの感慨は、同じく60歳半ばにして敗戦後の「日本」を任された吉田茂の感慨と殆ど重なるのではないかと思う。
ともに「貴族性」を色濃く持っていて、ついでに体型も似た感じがあるしね(笑)。

もう一人はローマ帝国初期の政治家「スッラ」。
塩野七生の「ローマ人の物語」で描かれる人物としては「ユリウス・カエサル」に次いで、僕の興味ある人物だ(まだ読み終えてないんだけど、多分この二人を越えて興味を惹かれる人物はもう出て来ないだろう)。
この人物は「元老院派」(即ち「保守派」)の最後の大物政治家で、「反革命」運動の旗手として、「非常手段」「強硬手段」を大胆・積極的に行使し、一度は共和国の危機を押しとどめた人物である(時代的にはカエサルの若年期に重なる。彼の死後、カエサルが台頭し、「共和国」は「帝国」への途を辿ることになる)。
スッラもチャーチルも、その拠って立つところは、貴族的な上流階級の価値観である。
その価値観への揺ぎ無い信頼ゆえに、彼らは「非常手段」を行使してでも、その価値観とその価値観が支える社会体制を擁護するために全霊を尽くした。
カエサルは「未来への確信」故に、「帝政」へのルビコン川を敢然と渡ることが出来た。
しかしこれは「天才」のみが為しえることだろう。
「過去への確信」から、頑迷なまでに自らの道を進んだスッラやチャーチルの姿は、「天才」ではない人間の、ある種、最良の姿なのではないかとも思える。
(ま、それを「歴史」がどう判断するかっちゅうのはあるがね。そういう意味では「スッラ」より「チャーチル」の方が幸運であった)

欠点も「かなり」色々あるけど(笑)、やっぱ面白い人物であるのは確か。
やはり「第二次世界大戦」、読むしかないか?



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