2007/12/18

精霊の守り人  

著者:上橋菜穂子
出版:新潮文庫
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「本の雑誌が選ぶ文庫ベストテン」で1位になった作品。
本の雑誌の場合、順位にはあんまり意味がないのだが(笑)、本作については確かにそれに相応しい作品かと。

「もっと前から数々の賞を取っている人で、我々が気がつくのが遅すぎた」

というコメントがあったけど、僕も同感。児童文学に対する偏見はないつもりなんだけどネ。

アジア風の世界、特異な世界観、スピーディーなストーリー展開、魅力的な登場人物
と本作の良さは多岐にわたっているが、何といっても中心は「バルサ」という主人公である女用心棒のキャラクターだろう。
何せ、この主人公、「30歳」だからね。
児童向けファンタジーの場合、まずは主人公に感情移入(場合によっては「同化」)しやすい設定が多いから、最近じゃこの年齢設定は珍しいんじゃないかな。
文庫の裏のあらすじ紹介では「老練な女用心棒」だからね(笑)。最初はちょっと驚かされた。
もっとも作者が本作を書いたときには多分近い年齢だったろうから、作者にとっては感情移入しやすい設定だったのかもしれない。魅力的なこの主人公の設定はそこら辺に裏支えされているんだろう。
(確かに「老練」なんだけど、一方で微妙な女性心理も抱えている。ここいらの描き込みはたいしたもんだ)

しかしなぁ、あんまり面白かったんで、困ったことにもなっている。
このシリーズは10冊あるんだけど、文庫化されてるのは、まだ2冊なんだよね。
とりあえず2作目は文庫で読むとして、3作以降をどうするか。
気長に文庫化を待つのも悪くはないんだけど、面白かったからナァ。待てるかナァ。
ちょいと微妙なトコだ。

2007/12/17

日本の統治構造  

・「日本の統治構造 官僚内閣制から議院内閣制へ」
著者:飯尾潤
出版:中公新書
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こういう本を「面白かった」と書くのは、ちょっと面映くもあるのだが、事実として面白く読めた。
「サントリー学芸賞」を受賞しているようだが(どーいう賞かは知らない(笑))、「確かに」と思わせる中身もある。
最近の新書は「語り下ろし」みたいなのも多く(最近読んだのだと「大人の見識」がそうだな)、そういうのを「中身が薄い」と批判する人もいるが、本書なんかはそういう人にも受け入れられる「王道の新書」(笑)かな。
ま、僕自身は「語り下ろし」も悪くないと思ってるんだけどネ。

「日本では一般に、大統領制では大胆な権力行使ができるが、議院内閣制では抑制的な権力行使しかできないと思われている。しかし欧米の認識は逆である。」(はじめに)

という僕にとっては驚きの指摘から始まる本書では、
戦後日本の議院内閣制の変遷、そこで築き上げられた「官僚内閣制」の実態と「与党」(自民党)との関係、政党政治のあり方と政権交代に関する考察、外国の政治形態と日本の比較を論じた後、今後の改革の方向性が語られている。
全般に硬い内容だし、理念を論じている部分も少なくないので読み易くはないが、読み進めるうちに、
「なるほどねぇ」
と思わされる部分も少なくなく、刺激を受ける読書体験だった。(ちょっと「改革の方向性」のところは急ぎ足すぎたようにも思うが)
「官僚制の弊害」が語られることは少なくないが、日本の政治形態の流れを「議院内閣制」の理念と照らしながら、こういう形で論じることはあまりなかったんじゃないかね。少なくとも僕にとっては初めての視点だった。

また、確かに「官僚制」を「官僚内閣制」として批判しながらも、ある時期(80年代)までは一定の効力があったのだと評価もしている。
「政治改革」についても、その必要性は強く主張しながら、90年代に進められてきた「選挙制度改革」に始まる一連の動きが、継続的に政治の場を変革していることも指摘されている。
ここら辺は単なる「批判」ではなく、日本の現状に対して一定の「期待」を持たせる部分にもなっているし、事実こうじゃなくちゃ、今後への期待だって「望み薄」になちゃうわな(笑)。

本書の主張するところは幅広いものがあるが、その一つのキーが「政権交代」。
現在、日本の政治状況は正にそういう局面を展望しつつある。
そういう意味で、具体的に今後の日本のあり方をはかる上で、一つの視点を与えてくれる本書の意義は少なくないんじゃないかと思ったりもした。
ま、実際の政局がどーなるかは読めないけどネ。

2007/12/17

いやぁ、寒かった。  雑感

土曜・日曜は休日出勤で、茨城の磯原まで出張だった。

土曜日は「山海館」という旅館で、会議と懇親会。日曜日は「五浦庭園カントリークラブ」で懇親コンペというスケジュール。
「山海館」は有名な宿らしく、景色は絶景で、懇親会の「鮟鱇鍋」もナカナカのものだった。
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「五浦庭園カントリークラブ」も綺麗でいいコースだったけど、ほぼ福島との境目にあるコースだからネェ。なにしろ寒くてたまらなかった。
スコアは例の如しだったんだが、「そんなのどーでもいいや」って気分になっちゃったくらい(笑)。

休日出勤の割には、それなりの楽しみもあった二日間。
でもやっぱり家族と遊んでる方がいいなぁ・・・
と思った自分が、ちょっと驚きだった(笑)。

2007/12/14

村上ソングズ  

著者:村上春樹、和田誠
出版:中央公論新社
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村上春樹と和田誠が一緒にした作品と言うのは結構あるんだけど(最近だと「グレート・ギャツビー」の翻訳本のハードカバーを和田誠が装丁してた)、その中では「ポートレート・イン・ジャズ」という、ジャズミュージシャンを取り上げた作品が気に入っている。
なにせハードカバーを「1」「2」と購入した上に、文庫本まで買ってあるくらいだ。(文庫だけに収録された作品があるせいでもあるけど)

本書もテイストは「ポートレイト・イン・ジャズ」に近い。
村上春樹と和田誠が好きな歌を取り上げ、村上春樹が訳とエッセイを書き、和田誠が絵をつけている。(2曲は和田誠が訳・エッセイも書いてるけどね)。装丁も和田誠で、内容も本の雰囲気も気持ちのいいものだ。
まあこれで「2,310円」っていうのは、人によっては「高いんじゃないの」と思うだろうけど、僕は「OK」かな。
文庫化されたら、それも買っちゃうかもしれない(笑)。

収められている曲は29曲。まあ知ってる曲の方が多いね。
どれも「村上春樹・和田誠の趣味なんだろうなぁ」という顔ぶれになってて、意外感はない。
「村上春樹」だけだと、もうちょっと新しめのロック系の曲が増えるんじゃないかと思うけど、「和田誠」との公約数だとジャズ・ボーカルが増えちゃうのは仕方ないだろうね。ま、その方が僕の趣味には近いものがあるから有り難い。

取り立てて「傑作」という作品じゃないけど、ちょっとした折に手にとってパラパラ眺めたくなるような一冊。
そういう味わいの作品だ。
選ばれてる曲を改めて聴いてみたくもなる。
i-Tuneあたりにそういうセレクションが出るかもね。(自分で作るのは、さすがに面倒臭い(笑))

2007/12/14

そして、警官は奔る  

著者:日明恩
出版:講談社ノベルス
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「再び、頑張る警察官の物語です。」(作者)

ま、そういう話(笑)。
前作は後半「西部警察」になっていたが、本作の場合は終盤までリアリティを引っ張る展開となっている。題材となっている事件が「外国人不法滞在者が生んだ無国籍の子供の人身売買」なんで、重いんだけどね。
物語としての事件の展開事態はあまり派手なものはないんだけど、その分、題材の「重さ」で読ませるのと、「『温情』の小菅」「『冷血』の和田」という対極に位置する警官(その実、通じるものがあるのだが)を配して、「事件」と対峙させることで、「警察官」のあり方を主人公「武本」に突きつけているのが、本作の「仕掛け」であり、「面白み」だろう。
なんだか随分、観念的と言えば観念的なんだけど、僕は結構ノレたかな。

一方で元上司「潮崎」はやたらと「善人」ぶりを振り撒くだけで、「温情」と「冷血」の間に埋没した感はある。これはチョット惜しい。
「組織を変えるために、一度辞職し、国家公務員試験種を受けて、キャリアになる」という設定は面白いし、彼もまた事件を通じて「警察官のあり方」を考えさせられるという構図も分からなくはないんだけどネ。
すっきり「キャリア」にしておいて、組織の中で右往左往させた方が良かったんじゃないかなぁ、と余計なことを感じた次第(笑)。

まあでもこのシリーズ、題材が重い割には読後感は悪くない。
新作はまだ発表されていないようだが、是非とも「キャリア」になったお喋り「潮崎」の姿を読みたいものである。

2007/12/13

旧交をあたためる。  雑感

一昨日、昨日と、旧友と食事を共にする機会があった。

一昨日は、骨髄移植をした同期の自宅にお見舞い。
6月末の手術以降、色々あったようだが、ひとまずは落ち着いた状況にあるようだ。
まだまだ予断は許さないんだろうけど、入院していた頃に比べると、奥さんが格段に明るくなっているのが良かったな。
「とにかく暇」
らしいので、年明けにも見舞いに行くつもり。

昨日は以前東京勤務していたときの同じ職場の女性の先輩(一人は今は退職してるけど)との「忘年会」。
相変わらずの「明るさ」と「活力」には圧倒される。
ま、でも話題に「親の介護」が出て来る辺りが、「年相応」かな(笑)。

考えてみれば、いずれも20代からの付き合い。
「変わってない」とも言えるし、「変わった」とも言えるし。
しかし楽しい時間を過ごせることは確かだね。

二日続くと、ちょっと身体がキツクくなる
と言うところが、何ですが(笑)。

2007/12/11

サンタが「事務所」にやってきた。  雑感

今週は「内部監査」の一週間。
早速初日から「痛い」指摘を受けるやら、よりによってこの日に客先からのクレームが飛び込んでくるやら・・・。
なかなかシンドイ一週間になりそうな予感。

2007/12/10

仲良きことは  雑感

娘の行動範囲が広がるに連れて、ライバル心を一方的に燃やしている息子だが(笑)、時には仲睦まじい姿も。
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ホント、仲良くやってほしいよ。

2007/12/10

武士の家計簿  

・「武士の家計簿 『加賀藩御算用者』の幕末維新」
著者:磯田道史
出版:新潮新書
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この本、実は福岡から東京に転勤が決まったときに、「お祝い」で貰ったんだよね。
その時は転勤やら引越しのバタバタで読むタイミングがなかったんだけど、落ち着いたときには「大ベストセラー」になってたのが面白くなくて(笑)、何となく読まないまま本棚の肥やしになっていた。
この間、本棚の整理をしてるときに見つけ、読んでみる気になった次第。

「ベストセラー」になっただけあって、面白い一冊だったな。内容としても、「流行」とは関係ない「歴史モノ」なので、今になって読んでも全然古びてないし、違和感なく楽しむことが出来た。
ズッと、「江戸時代中期(イメージは元禄くらいなんだけど)の武士の家の家計簿について分析した作品」と思い込んでたんだけど、(副題見ればすぐに分かるとおり)一切には幕末から明治初期にかけての、一士族の家計簿と手紙類を分析した作品で、江戸時代末期の武家のお家事情にあわせ、幕末・明治期の士族の激動の姿も覗える「お徳」な内容(笑)になっている。
まあ幕末期の内情については、「同規模の武士ってぇのはどこも似たり寄ったりかな」って感じだけど、維新から明治初期の姿は「平均像」と言うよりは、「猪山成之」という明治官僚として一定の成功を収めた人物の「固有例」になってる。「手紙類」から覗くことができる明治初期の士族の姿はかなり悲惨なものがあるんだけど、成功した人物が(たまたまだけど)「主人公」だけに、感情移入しても楽なのが、本書にとってはプラスになっているようにも思う。

「武士は喰わねど高楊枝」で、江戸後期の武士の家計って言うのが楽じゃないのは何となく分かってたけど、こうして家計簿を覗き、具体的に分析されたのを見ると、実際のところ大変そうだ。その原因の過半が「武士」という身分を維持するためのコスト故だったというところに、江戸末期の「武士階級」の限界と幕末維新への萌芽を見ることができる。
では、士族階級が崩壊する中で猪山家が生き残れたのはなぜか?

「今いる組織の外に出ても、必要とされる技術や能力をもっているか」(猪山家にとってはそれが「御算用者」としての技術だった)
という結論は現代にも通じるものであり、自分にとっては何となくヒヤリとする結論でもある。
潰しが利かないサラリーマンだからナァ。

2007/12/9

現代の貧困  

・「現代の貧困ーワーキングプア/ホームレス/生活保護」
著者:岩田正美
出版:ちくま新書
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最近、「格差」「格差社会」「格差論」について語られるときに言及されることが少なくない作品。
前々からちょっと気になっていたのだが、手元の本を読み終えたとき、ちょうど書店で目に付いたので購入した。

・「格差」とは「状態」のことを言うのであり、「貧困」は「あってはならない」ということを社会が価値判断として「再発見」することである。
・福祉における先進諸国では、社会の中で「貧困とは何か」を問い続け、「再発見」し続けることで、「貧困」をなくすための施策・政策を打ち出している。
・日本では高度成長期を経験する中で「貧困」を忘れてしまった。そのため「貧困」に関する公的調査すらも行っておらず、そのことが現在「貧困」や「格差」を考える上において非常にマイナスとなっている。
・「貧困」が社会による価値判断である以上、それは「絶対的」なものではない。ただ「どのような状態を『貧困』と設定するか」は社会の成熟度を反映しているとも言える。

確かにナカナカ示唆に富む一冊だと思う。
「貧困」と「格差」が違うと言うことは理解していたつもりだが、長く日本において「貧困」に関わる公的な調査が行われていなかった(生活レベルが低い層がなかったわけではない)コトなんかは驚きだし、「固定される貧困層」について統計的に炙り出そうとする努力から見えてくる日本社会のある姿には考えさせられるものがある。
(この「統計」に曖昧なものがあったり、整合性が取れてなかったりする部分があるのは本書の「弱み」でもある。しかしそのことは日本において「貧困」の調査・統計が取られてなかったことの反映であり、同時に本書の主張を裏付けることにもなっている)

「格差」や「貧困」なんかを考えるとき、つい「自分はどうだろうか」という視点から考えてしまう。
「自分はどこら辺のクラスにいるんだろう」
「自分が下のクラスになってしまう可能性はどのくらいあるんだろう」
「自分」を基準に考えることは、思考を具体的でリアルなものにする上において決してマイナスではないだろう。だが、その基準だけで物事を考えていくと、「自分に関係がないこと」「自分が陥る可能性が少ない事象」に対する興味が薄れ、無関心になってしまう恐れがある。
「貧困」の話なんかは典型的だろう。
勿論、世の中先に何があるかは分からないから、断言は出来ないが、僕が「貧困」層に入る可能性は高くはないだろう。本書を読みながらも、
「僕はこの基準には入らないな」
と妙に安心しながら読んでたような部分もある。
だがその「無関心」は「貧困」を社会から減らすことの妨げになる。社会的排除される人々の存在に対して目をつぶることになるだけだ。

「『貧困』に陥った人々を助けるべきだ」
と言うのは、単なる理想論ではない。
作者も指摘しているように、こうしたアンダークラスが増え、固定されることは社会としての安定性を欠くことになる(先日のフランスの騒動のようにネ)。
そのことは社会の安定的持続を脅かし、その維持のための諸々のコストを引き上げることになり、結局はアンダークラス以外の層にも跳ね返ってくることになる。
「貧困」を「再発見」し続け、対処し続けると言うのは、そういう意味からも重要な視点なんだと思う。
「成熟した社会」(その多くは全体的な経済による底上げがあまり見込めなくなっている)においては、こうした深い視点に立った「成熟した人々」による社会の運営が必要なんだろう。日本は正にその入り口に立っているんじゃないかと思う。
(勿論、「理想」のために全ての人々が考え、行動できれば一番いいんだけどね。「社会的コスト」なんて言うのは、ちょっとサモシイ感じもするな(笑))

昨今の社会保障に関する議論を見てると、逆の方向(「貧困」のラインを下げる方向)への議論が多い(「最低賃金の引き上げ」以外はね)のは残念なことだし、少し大げさに言えば「国を誤まる」方向に踏み出しているのかもしれない。
そういう点からも考えさせられる一冊であった。



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