2007/10/16

「ミラノ 霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」  

「ミラノ 霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」(須賀敦子全集第1巻所収)
著者:須賀敦子
出版:河出文庫
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僕がこの作者の作品を読み始めたのは、98年に作者が亡くなられた以降になる。
それから主要な作品はほぼ制覇し、(文庫とは言え)全集にまで手を出してるんだから、かなり好きな作家なのは間違いないだろう。

改めて初期の2作品を続けて読み、最初読んだときにはあまり気がつかなかった作者の「作家としてのスタンス」が今回は目に付いた。
この2作品で作者はイタリア時代に出会った人々を描いているのだが、その描き方は対象となる人物の一面にスポットを当て、エピソードも刈り取ってその側面だけを強調するスタイルを取っている。そのことによって、さりげなく描かれているようでありながら鮮烈な印象が読む側に残るような仕掛けになっているのだ。
同じ人物がこの2作品に取り上げられている例がいくつかあるのだが、作品から得るイメージが異なっている感じがするケースがあるのは、この作者の取捨選択によるところが大きい。
作者がイタリアで生活していたのは50年代から60年代。
この2作品が出版されたのは90年代になってからである。
作品の中の人々との出会いと別れが作者の中で整理され、「経験」を記すのではなく、「作品」として醸成されたものを筆にしたのであろう。
「人物としての行く末がどうなったのか知りたい」
と思うケースもないわけではないのだが、それは作者の「個人史」に属する話であり、「須賀敦子」と言う作家の作品にとっては重要なことではないということだ。

「女性の品格」を読んだ時、実用書としては価値を認めながらも、作者自身の品格と言う点では「?」だった。
その時に僕が思い浮かべたのは「須賀敦子」だった。
改めて読み、その印象は変わらない。
ただ作家として意識的に自分の「個人史」から作品を削りだしていく作者の姿を今回思い浮かべ、「品格」という言葉に収まり切らない「強さ」を感じたのが、改めての感想ということになるだろう。

ま、今更ナニ言ってんだ、って話ではあるんだけどね(笑)。



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