2007/10/13

尾道に行ってきた。  雑感

昨日の朝から客先の会議に出席するため、木曜の夜から尾道に行って来た。
大林宣彦監督の「転校生」を観て(最近、大林監督自身でリメイクしたらしいけど、勿論オリジナルの方)スッカリほれ込み、10代の後半から20代は何回か訪問していたのだが、ここのところご無沙汰で、しばらく振りの訪問になった。
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最近「早起き」の癖がついていて、6時前には目が覚める。10時からの会議まで特段やることはないので、カメラを持って、散歩に出た。

駅前の海岸沿いに立派なボードウォークが出来ていて、
「いやぁ、尾道も観光化に力入れてるんだナァ」
と嬉しいような、寂しいような・・・。
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でも駅前を離れると、以前来たときのままの懐かしい風景が現れる。
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海と山に挟まれたこの風景は、やっぱりいいよ。東京に住んでると、確かに便利なことは便利なんだけど、一方で何かが摩滅してるような気分にもなっちゃうんだよね。
潮の香りを胸に吸い込み、坂道を抜ける風を感じて、心のどっかがホッとした感じがあった。

それにしても尾道って、コンビニやスタバ・ドトールみたいなコーヒーショップが極端に少ないね(散歩中見つけたのはコンビニが1件だけ。スタバもドトールもタリーズもなかった)。
これは不便ちゃあ不便なんだけど、一方でチャンとした喫茶店文化が残っているようでもあり、それはそれで羨ましい感じがした。
どこ言っても「同じカフェラテ」ってぇのは、安心感はあるけど、文化ではないもんな。

会議が終わって、2時過ぎには尾道を離れた。
今回は時間がなくて、昔やってた「坂道探索」をやる時間がなかったけど、また時間を取ってやりたいなって気分になった。
体力がついて来るかどうかは疑問だけどね(笑)。

2007/10/13

走ることについて語るときに僕の語ること  

著者:村上春樹
出版:文藝春秋
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村上春樹の最新エッセイ。
本人は「個人史(メモワール)」と言っているが、「走る(マラソン)」ということを核にしながら、自分自身の内面を見つめ、綴った作品になる。結構深いところのある一冊だ。
10代の終わりに村上春樹を読み始め、(一時期の熱意は過ぎ去ったものの)未だに読み続ける僕にとっては非常に興味深い一冊だった。
逆に言えば、「村上春樹」に興味のない人にとっては意味のない作品ということだけどね。

読み終えて思ったのは、
「確かに『村上春樹』は典型的な『長距離ランナー』であり、そのことが作家としてのあり方や、人間としての自分自身の塑像にも繋がってるんだな。
そういう意味では僕自身は『短距離ランナー』。とてもじゃないが村上春樹のようにはやれんワ」
いや、別に村上春樹のようにやる必要はないんだけどサ(笑)。

でも本書で語られていることが全く理解できないかと言うと、そんなことはない。
そういう意味では、極めて個人的なことを語っている中にも何らかの普遍性のようなものが顔を覗かせていると言えるのかもしれない。
相変わらず文体は心地よいしね。

まあでも、コレを読んでジョギングを始める、なんてことはないな(笑)。

2007/10/13

キラー・イン・ザ・レイン  

・「キラー・イン・ザ・レイン<チャンドラー短編全集1>
著者:レイモンド・チャンドラー 訳:小鷹信光他
出版:ハヤカワ文庫
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村上春樹訳「ロング・グッドバイ」の成功のお蔭だろうね。
チャンドラーの短編が全て新訳で紹介されることになった第一弾。デビュー作「ゆすり屋は撃たない」から初期の6作品が収められている。

「ゆすり屋〜」の主人公が終盤にヒロインに投げかける台詞。
「痛みは終わってからやってくるものさ」
には、ハメットにはない、対象への哀切を込めたセンチメンタリズムの一端を感じさせ、マーロウの登場を微かにではあるが予感させる。
もっともその後に続く、
「・・・花でも送ってくれ。あんたの目のような野生の青い花を」
は俗なロマンティシズムって感じで余計だとは思うが。

・・・なんてこと書いたって、チャンドラー・ファン、マーロウ・ファン以外には何の意味もないわな(笑)。
僕はかなり興味深く本書を読んだし、後続も読むつもりなんだけど、要はそういう本である。

村上春樹が「ロング・グッドバイ」と訳したのを受けてか、本書の題名も「キラー・イン・ザ・レイン」と英語の仮名表記。
村上春樹の場合、「長いお別れ」という清水俊二の名訳があったことから、それとの差異を際立たせるためにも、こういう表記にしたのだろうが、「キラー・イン・ザ・レイン」なんて「雨の殺人者」のほうがスッキリするのに、と思う。
ってのも、ま、コレは商売ということで。
何よりもチャンドラーの短編が全集されることを喜びたい。

(村上春樹は他にも「キャッチャー・イン・ザ・ライ」「グレート・ギャツビー」と、英語仮名表記を使っている。これらも「ライ麦畑でつかまえて」「華麗なるギャツビー」という先行訳との区別をつける意図があるんだろうと思う。
村上春樹の翻訳書は割りとちゃんと日本語訳してるほうが多いからね、他の作品の場合は)



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