2007/8/31

夏休みも終わり。  雑感

29日・30日と、出張で熱海に行って来た。
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ある団体の定期大会出席のためだったんだけど、会場となる熱海のホテルは、夏休みの最後を楽しむ家族連れと、500人余りの会議出席者とが入り乱れ、何だか変な感じもした。
この二日間は天気が今ひとつだったんで、スーツ組には涼しくて良かったけど、家族連れにはちょっと残念だったね。

熱海はもう「リゾート地」としての輝きは薄くなっているかもしれないけど、東京から一時間くらいでこれる気安さは、「家族サービス」としては悪くないかもと思う。
ホテル近辺で大抵のことが済んでしまうのは、「面白くない」と言えばそうかもしれないけど、幼児連れにはそれで十分だし、有難い話だろう。

プールで遊んでいる姿や、温泉で一緒になる5歳くらいの子どもの姿を見ながら、
「来年当たり、家族で来てもいいかもなぁ」
などと思ったりしていた。

2007/8/29

朝青龍、モンゴル帰国へ。  雑感

「ようやく」って感じ。
結局、「仮病疑惑」が払拭できないことが、事態をココまで引き延ばしちゃったナァ。本質はソコにはないと思うんだけど・・・。
(JMMで冷泉彰彦氏が語学の問題に絡めて論じていたのが面白かった。確かにモンゴル語の通訳が本件で登場しないのはおかしな話ではある)

さて、しかしこんな状態で朝青龍は復帰できんのかね?
かなりハードルは高くなっちゃってるゾ。

2007/8/29

マンハッタンを歩く  

著者:ピート・ハミル  訳:雨沢泰
出版:集英社

僕が初めて行った海外はニューヨークだった。
88年の2月。
恐ろしく寒かったけど、憧れの地で2週間はアッという間だった。2週間の間、(時に身の危険も感じつつも)毎日歩き回ったことを今も懐かしく思い出す。
(もっとも飛行機に十数時間ということを考えると、「もう一度」という気にはあまりなれないんだけど)

本書は「ニューヨーカー」ピート・ハミルによるマンハッタン・ダウンタウンの案内書。
南から紹介するポイント(土地)を選んで説明しながら北上するスタイルで、それぞれのポイントについては、その歴史と自分の経験を重ね合わせながら、時にノスタルジックに描き出している。
もう少しピート・ハミルっぽい、個人史の色合いの強いものをイメージしていたんだけど、案外そういう部分は少なくて、歴史の断片を紹介するような側面が強い内容になっている。(勿論、味気ない歴史書とは全然違うけどね)
これはこれで参考になったし、歴史を振り返る中に見る「ノスタルジア」は、それはそれでピート・ハミルっぽいと言えるのかもしれない。

「9.11」の衝撃が本書執筆の契機になっているようだが、確かにそういう記述はそこここに見られる。「ユニオン・スクエア」のあたりなんかは、ナカナカ感動的。
それでも声高にテロに対する批判を正面から叫ばないのは、作家としてのピート・ハミルの「腕」だろう。そんなことをしなくても、ニューヨークの歴史的な重層を描き出すことで、それを破壊する行為に対する批判に十分になりえているからだ。
一方でそのことがイラク等で破壊行為を進める自国への批判にもなりえている・・・というのは深読みのしすぎ?

本書を読むと、最近のマンハッタンが以前に比べて随分と安全になったことが覗われる。なんせ僕が行ったのは88年。ニューヨークの危険性がかなり強調されており、実際結構危ない雰囲気がムンムンとしていた頃だったからね。
そういう意味では、今のマンハッタンをブラブラしたい気分はあるんだけど、飛行機がナァ・・・(笑)。

本書にはニューヨークに僕が興味を惹かれる大きな要因となったアーウィン・ショーと作者の会話がある。

「後年ショーと知り合ったわたしは、当時のマンハッタンについて訊いてみた。『オズの国だと思いませんでした?』彼はいっとき考えてから答えた。『そうだな、オズの国より美しかったよ』ひと息ついて、言いたした。『それに比べようがないほど素晴しかった』」

ノスタルジーに彩られたゆえだとしても、こんな美しい記憶を持つ都市があることは羨ましい。

2007/8/28

さ〜て、どうなるかな?  雑感

内閣改造。
まあ、「人心一新」たって、トップが替わらなきゃ、なかなかそんな雰囲気にはならんわね。
「挙党体制」を理由に、「批判封じの布陣」って感じでしょうか。(桝添さんあたりも)

しかし「鳩山邦夫」には驚かされた。
失言しそうだなぁ・・・。

2007/8/27

映画デビュー  雑感

9時過ぎに、まずは「恒例行事」となった、お向かいの葡萄畑でのブドウ狩り。
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東京23区民とは思えない楽しみだよナァ、これは(笑)。
梅雨時期に雨が少なかったからか、いつもより「甘い」感じがした。

そのあと恵比寿ガーデンプレイスへ。
ここの「東京都写真美術館」で上映している「おやすみ、クマちゃん」というポーランド映画を妻が観たいということでネ。7分くらいの短編を10本集めた人形アニメーションなんだけど、丁度息子にもいいかなと言うことで、初めて息子にも映画を見せてみることにした。
(何故「写真美術館」なのかはちょっと不明)
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その間、僕と娘はガーデンプレイスをブラブラ。
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ま、個人的にはあまり関心の接点がない施設ですな、ここは(笑)。

映画を観終わって、息子はすごく楽しんだようだ。確実に脳の何パーセントかは「クマちゃん」に占拠された模様。
勿論、妻も「大満足」で、勢いでヌイグルミまで買ってしまった。
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ハシャギ過ぎ?
タマのことだから、いいでしょう。

そうそう、「お座り」練習中の娘は、気が付いたら、壁伝いに一人でお座りしてた。
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僕の昨日の一番のサプライズはコレだね。

2007/8/26

練習中。  雑感

「お座り」。
もうちょっと練習が必要かな。
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2007/8/25

こういうのも必要なんだろうな。  雑感

夕方から社内のある部署と打ち合わせをして、そのメンバーで飲みに行った。
先方の課長が同期だったというのもあるけど、こういう形での「懇親」というのは以前は結構やっていたもんだ。
ただ考えてみると、そういう機会が減ってるね、最近。ま、僕自身がそういうことに対して積極的じゃないというのもあるけど。
(「飲んで懇親をはかるより、時間を取って話し合う方が相互理解は深まる」と、少なくとも社内は考えている。飲むのは嫌いじゃないから、それくらいのスタンスが丁度いいという自己規制でもある(笑))

「社内同士で飲み会ばっかり」というのはやはりどうかとは思うが、全くないのもチョット問題かもしれん。
色々、仕事の枠を広げる必要性も出てきているし、意図的にここら辺を考えた方がいいのかもしれんなぁ。

2007/8/25

乃木希典  

著者:福田和也
出版:文春文庫
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「有能な人間」ではなく、「有徳な人間」たらんとした人物として「乃木希典」を描いた評伝。簡潔だが(文庫で150ページ程度)、少なからず心打たれる作品であった。
(中江藤樹のあとに読んだからかもしれんが(笑))

「乃木希典」と言えば、「坂の上の雲」や「殉死」で司馬遼太郎が描いていたことを思い出させるが、解説(兵頭二十八)で言われているほど、司馬遼太郎が乃木を否定的に描いていたかと言うと、両作品を読んだ感想として僕にはあまりそんな印象はない。
確かにそこでは乃木の「無能」(「個人」というよりは「乃木司令部の」と言ったほうが正確だと思うが)については厳しく指摘されている。本当に「無能」であったかどうかについては異論もあるようだが、一方で乃木自身は自分自身の能力に対して否定的であり(例えば日露戦争の「復命書」)、そういう意味では「無能」の指摘が全くの当て外れだとはいえないだろう。(その点は本書も認識している)
では司馬遼太郎は、例えば間違いなく「有能」であった児玉源太郎に比べて、乃木希典を決定的に劣る人物として描いていたのか?
司馬遼太郎自身の心情は理解しようがないが、作品を読んだ僕にはそうは思えない。むしろ「有徳者」であり「詩人」である乃木に対して、ある種の畏敬の念を持っており、そのことを描いている、そんな風に見える。(それは児玉が乃木に感じた心象でもあろう)
「漢(おとこ)を書きたい」と言っていたという司馬遼太郎である。例えば陸軍にあった「乃木的なもの」(それが単なる「外見」のなぞりでしかなかったことは本書が指摘している)に対する憎悪はあっても、「乃木希典」という人物・人格を全否定するようなことはないと思うのだが。

福田和也が言う通り、
「立派な人がいない。
風格のある人がいない。」
という思いは僕にもある。そういう視点で見たとき、「有徳の人」たらんとして自らを過酷なまでに規整した乃木の姿には感銘を受ける。
しかし一方で「有徳」であれば「無能」でもいいのかという問いは、それが「戦争」という生命の際での問いであれば尚更に考えざるを得ない。(そしてそのことは痛切に乃木自身が感じていたことでもあろう)
そういう意味では「無能」を問わずして「有徳」を称揚するような振る舞いは、「平時」だからこそ許されることなのかもしれない。
いや、あるいは(福田氏が示唆している通り)「有徳」という概念は尊重されなくなって来たのは、死地に兵士を向かわせる指揮官にとっての資質を考えずにすむ「平和ボケ」ゆえなのだろうか。

そういう反する思いを抱きつつも、本書は「有徳たらんとする人間」としての乃木希典を考察し、時に感動的ですらある。
「坂の上の雲」を読んだ人なら、それなりに思うところはある作品だと思うよ。

2007/8/25

中江藤樹 人生百訓  

著者:中江彰
出版:致知出版社
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「女性の品格」に比べれば、遥かに格の高い道徳書。これなら後輩にも納得いただけたのでは(笑)。
ただ書かれていることはすぐに身につくようなコトじゃないし、実践するにもなかなか難しいかなとも思うけどね。

とは言え、書かれていることが度外れて非常識なわけでもない。むしろ極めて常識的であり、納得感あるものなのだが、だからと言って、「簡単」というわけじゃない。
そういう意味では一回読んだだけでどーのこーのなる本じゃ全くなくて、折に触れ、何度も目を通す中で身についてくるものがあるという類の本だろう。

体裁としては、見開き左ページに中江藤樹の言葉が記され、右ページに著者による解説があるスタイル(著者は苗字からすると子孫になるのかな?)。解説を「1ページ」に収めると言う制約は時には限界があって、中には舌足らずで終わっていたり、ピントがずれてるんじゃないかと思ったりするのもないわけじゃない。
ただ江戸時代初期に書かれた文章にしては中江藤樹の言葉は結構分かりやすくて、解説に頼らなくても何となく意は通じるところがあるから、痛痒は感じなかったけどネ(とは言え、書簡の「候文」を読むにはちょっと苛立った)。

時にこういうのを読んで、わが身を振返ることは悪いことじゃないとは思っている。
(身につくには時間が掛かるだろうが。・・・って、身につくかなぁ)

2007/8/24

火中の栗?  雑感

昨日、担当役員との打ち合わせがあり、あるプロジェクトの担当を任命されてしまった。
「ヒアリング」と聞いていたのに、コリャないよなぁ。まあ「やらなきゃいかん」とは思ってたことではあるんだけどね。

「面白そうなんだけど、関係者の思惑が色々錯綜してて、ちょっと整理がつき難い話」
・・・面倒そうだな。
ま、一歩ずつ前に進めるしかないか。



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