2007/6/30

一息ついて  雑感

7月に入ると仕事の方が忙しくなりそうなので、その前にギリギリだけど、昨日は一日休暇を貰った。
と言っても、どこに行くアテがある訳でもなく、ただご近所でブラブラしただけなんだけどね。

午前中は息子を散髪に連れて行き、自分も散髪。
午後からは妻が美容院に行っている間、息子と娘と一緒に留守番。
夕食は近くにあるお気に入りのイタリアレストランで久しぶりに食事。

ってな感じですな。
夕方、アマゾンに注文してた西村しのぶの「VOICE」(新装版で、単行本未収録作品を一作収録。これがナカナカでした)が来てたので、寝る前に一通り読んで就寝、と。

何したわけじゃないけど、それなりに充実感のあった休日でした。(小市民的過ぎる?(笑))

2007/6/30

作家の誕生  

著者:猪瀬直樹
出版:朝日新書
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猪瀬直樹が東京副知事に就任したのには驚いた。
確かに道路公団民営化推進委員として、最終的な民営化案を、納得はしていないものの、得ることが出来たものを後退させてはいけないとして、最後まで委員を辞さなかった辺りには「政治」を感じたのだが、それでも「識者」の域は出ないと思っていたからね。
猪瀬氏自身の意識には「行動者」「実行者」への意欲があったと言うことなんだろうな。実は僕自身は道路公団民営化の一連のドタバタの中で猪瀬氏が取った選択を評価している面があるので(「『作家』としては身を引く美学もあるが、『実行者』としては前進のための妥協もありえる」と思ってた)、ちょっと今後に興味はある。
石原都政を修正させる「力」としてもね。

と言うわけで、このタイミングで出された作品で、この題名なんで、
「これは猪瀬直樹の『作家卒業宣言』かなぁ」
などとも思っていたのだが、まあそれほどではないようだね(笑)。ただ猪瀬直樹が書いた3作の作家評伝(「ペルソナ 三島由紀夫伝」「マガジン青春譜 川端康成と大宅壮一」「ピカレスク 太宰治伝」)の総括のようなものになっていること、自分自身の「作家」という職業への想いを重ねていることなんかを考えると、何らかの「区切り」として意識していることはありえるんじゃないかと思う。

作品としては、田山花袋の「蒲団」が与えたインパクトから「私小説」が日本の作家にとって特殊な位置を占めることになった背景辺りに始まり、「投稿」という現象の中に見える「作家予備軍」の存在と、現れてくる「市場」の姿を指摘、その「市場」というものを念頭に、「作家」になること、「作家」として成功することを追いかける「太宰治」「三島由紀夫」の姿を追いかけている。
「芸術的欲求」とか「止むに止まれぬ内的衝動」とかじゃなくて、「作家」という職業が成り立つ「市場」の存在をキッチリと把握し、その「市場」に評価されることを望んで(意識的か、無意識的かはともかく)戦略的に戦術を駆使する太宰・三島の姿を描く。
まあかなりクールな視点だよね(笑)。
結局のところ、「作家」「小説家」というのも、職業として成立するためにはそれを支える「市場」が必要であり、その「市場」に評価されなければ「作家」になることは出来ない。
当たり前のことだけど、何となく身も蓋もないような・・・。
この感覚そのものが「幻想」なのかもしれないがね。
「市場主義者」的な側面が強すぎるのが気にならなくもないけど、「作家」に興味がある人間にとっては刺激的なところのある作品だと思う。

僕はかつて「作家」になりたいと思っていた。いや、今でもそんな気持ちはどっかにチョットはあるんじゃないかとも思う。
ただその一方でそういう自分自身に対して「胡散臭さ」も感じていた。
その理由が自分じゃ分からなかったんだけど、本書を読んで、少しガテンがいった気がするな。
あんまり愉快なモンじゃないけど(笑)。

2007/6/29

サムライ・ノングラータ T・U  

著者:矢作俊彦・司城志朗
出版:SB文庫
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矢作・司城コンビによる3部作の三作目「海から来たサムライ」の改稿版。
矢作作品は殆ど持ってるんだけど、このコンビの3作だけは手元にないので、この改稿・新刊は嬉しかったナァ。解説(井家上隆幸)によると、
「1ページ目から、ゲラは真っ赤になり、ついには照合不能なほど、入れ替え、書き換えられている」
くらいの大幅改稿がされているらしいが、哀しいかな、スッカリ前に読んだときのことは忘れ去っていたので(笑)、どこらへんが改稿されたかなんかには全く気が付かなかった。
ま、その分、新たな気持ちで楽しめたから、それはそれでいいんだけどね(笑)。

陸奥宗光、東郷平八郎、北一輝、南方熊楠なんて、歴史上の大物から、杉山茂丸、ホーマー・リーなんてマニアックな人物まで登場する、虚実入り混じった冒険小説。
多分、僕が気付かない「実」が結構散りばめられているんだろうナァって「気配」がする。ここら辺を「面白い」とするか、「不親切」とするかは意見の分かれるところだが、僕は「面白い」と思うね。
ストーリーは正に「破天荒」「波乱万丈」で、サービス精神タップリの冒険に次ぐ冒険。多少の不都合は勢いで乗り切っていく感じ(笑)。
矢作作品としては描写にひねりがないけど、これは司城志朗の分担だからだろうな(その分、骨太な「推進力」がある)。第一矢作俊彦に書かせていたら、多分話は前に進まなかったろう(笑)。
「気障」一歩手前の気の利いた台詞の連発は矢作俊彦っぽいから、この作品の二人の分担は丁度いい感じなんじゃないかね。

「ヘーゲルはどこかで述べている、
すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度現れるものだ、と。
一度目は悲劇として、二度目は茶番(ファルス)として、と、彼は、つけ加えるのを忘れたのだ。」
本作の「序」には有名なマルクスの文章が掲げられている。
「日本の青年がハワイの少女と交わした約束が履行され」たのを「真珠湾攻撃」としながら、それを「茶番」とする。
このシニカルさが、如何にも矢作俊彦。
読み終えて、やられたなって感じが嬉しい。

折角なんだから、矢作・司城コンビのほかの二作もこの文庫で再刊してくれないかなぁ。

(ちなみにこの改題(「好ましからざるサムライ」、かな?)、なんか他の作品で見た覚えがあったんだけど、ネットで検索して分かった。
矢作・谷口ジローコンビのコミックスであったんだよね、この題名が。
内容は全然違ってたんだけど、この使い回しはなんか意図があるのかネ)

2007/6/28

評価するのは、まだ先  コミック

「萩尾望都」が僕にとって大切な漫画家であることは確かなんだけど、「残酷な神が支配する」のリアルなホモ描写がどうにもダメで(笑)、最近はちょっとご無沙汰していた。(「バルバラ異界」が評判いいのは聞いていて、買ってはいるんだけどね)
久しぶりに読んだのが、新作の連作(?)短編集「山へ行く」(「ここではないどこか」シリーズ)。
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萩尾望都の短編の質が高いのは知っているけど(その頂点が「半神」だろう。あれは凄かった)、これについては今のところ「う〜ん」って感じだナァ。「連作」になるようなんだけど、その「連なり」が見えてないしね、まだ。
「柳の木」なんかはいい感じなんだけど、「ありがちな話」っちゃあ、ありがちな話だからねぇ。
もう少し先を読んでから評価したいと言うのが正直なところかな。

本書には広告で「萩尾望都パーフェクトセレクション」のチラシが入っていた。
「萩尾望都が自ら厳選した珠玉の全9巻を『連載当時のカラーページを全てそのままに再現』して順次発売」
「トーマの心臓」(2巻)、「11人いる!」、「メッシュ」(2巻)、「ポーの一族」(2巻)、「スター・レッド」、「半神(自薦短編作品集)」
全集も持ってるんだけど、買っちゃいそうな感じだナァ。
しかしこのラインナップ。本当に「自選」だとしたら、萩尾望都はかなり「客観的」な視線を持って自分の作品を見れる人だね。
現役作家だから、もっと最近の作品を入れてもおかしくはないと思うんだけどサ。

2007/6/27

ところで  雑感

ボブ・サップ・・・全くダメでしたな。
かつての「輝き」はどこへ?

もうハッスルしかないんじゃないか?

2007/6/27

責任の所在  雑感

「消えた年金」問題は、まあ「5,000万件」という件数から考えても、報道されるデータ移行の杜撰さから考えても、社保庁に批判が集中しても仕方がないと思う。「解体」も当然だろう。

ただちょっと気になるのは、その責任を社保庁職員に押し付けようとしているんじゃないかと思われる与党の姿勢だ。
確かに市役所なんかで遭遇する公務員の態度にはカチンとすることも少なくないし、社保庁の件でも「覚書」によって交わされたものの中には「?」というのもある。
しかし事の本質は、基礎年金番号導入の際に作業手順や、そこから発生するアンマッチ案件処理をどうするかの判断をどのように行うか等の「仕組み」作りにあったのであり、これは民間企業で言えば、正に「経営判断」の部分である。この「経営判断」にミスや誤りがあったのだから、その責任はやはり経営側=政府が取るべきであると言うのが本筋だろう。
(「覚書」だって一方の当事者は「経営側」だしね。さらに言えばその「覚書」によって作業が遅滞するのであれば、遅滞しないように職員を増やすとか、派遣社員を増やして作業させ、その質が確保できるようチェック体制を厚くする、なんて仕組みを考えるのも「経営」の仕事。サボタージュがあったのなら、それを処罰するのも「経営」。
民間企業なら当たり前だよな)

まあ社保庁の場合、この「経営側」となるキャリア層が薄く、また実務への関与度合いが極端に不足していたという問題があるようだが、これだって「経営」の問題だからナァ。
自民党としては、民主党の支持勢力である官公労を叩きたいと言う意図もあるだろうし、あるいは新自由主義を進展させるための必要手順という面もあるのかもしれない。
しかしそれを「年金問題」と絡めるのは、やはり動機不純だし、責任逃れだろう。
一連の政府・与党の対応には何となくスッキリしないものを感じている。「美しい国」の対応とはチョット思えない。

ただし賞与の返納、これは当然だと思うよ。
民間企業だったら、賞与が減るのは当然だろうからね、今回のケースは。

2007/6/26

社員はなぜやる気をなくしているのか  

・「なぜ社員はやる気をなくしているのか 働きがいを生むスポンサーシップ」
著者:柴田昌治
出版:日本経済新聞社
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別に後輩や部下が「やる気」を失ってるように見えるわけじゃない(笑)。
新聞か雑誌の書評で好意的に評されていたのを覚えていて、購入してみた。

書かれていることはそれほど難しいことではない。

「内発的動機に基づき、『自ら考えて』仕事をする従業員が働く組織にするためには、組織の中に『経営』『仲間』に対する信頼感、自分が何か改善・改革を発案・実行したときに、その動きをサポートしてくれるという信頼感がなければならない。この『信頼感』がセイフティネットになって、従業員は内発的動機によるアクションを起こしやすくなる。
この『セイフティネット』を創り上げるためには、組織の中で『対話』が徹底的に行われるような『場』が必要だし、何より『組織は変わらなければならない』『そのためには自分も変わらなければならない』といった『進化の思想』をもったトップによるサポートシップ(リーダーシップではなく)が不可欠である」

まあ例によって自分なりの「まとめ」なんで、誤読はありえるが、大筋のポイントは外してないんじゃないかと思う。

「失われた10年」を通じて、日本的経営は徹底的に批判され、強い「リーダーシップ」による経営論・リーダー論が謳われた。それは制度としては「成果主義人事制度」に表れていると言えよう。
ただ景気が回復基調にある中、「成果主義」「上からの経営」の限界・誤謬が見えてくるようになって(典型的なのは、日産の「ゴーン神話」かな)、かつての日本的経営の「良い部分」を組織的な経営論の中に盛り込もうと言う動きが見られるようになっている。(ただし無批判にかつての経営手法・人事制度を礼賛しているわけではない。多くはこの間における日本的経営の非合理・非効率な部分の「摘出」を評価して、のことだ)
少し前に読んだ「社員力革命」にも通じる視点だし、この前に読んだ「ホワイトカラーは給料ドロボーか?」にもそういう視点はあるんじゃないかと思う(ホワイトカラー個々人の生産性のバラつきを論じるあたり)。
具体的な例も盛り込まれていて、説得力のある内容になっているんじゃないかな。「会社全体」での取組みだけでなく、一部門からの取組みの可能性を指摘している点も心強い。

僕自身、この考え方に違和感はない。「場」の設定なんかは僕自身も認識しているし、(不十分ながらも)取り入れていきたいと考えてきたことが本書には含まれている。
ただ「230ページ」程度のこの本を読むのに、実は意外に時間がかかちゃったんだよなぁ。賛同しながら読んでるんだけど、時に「引っ掛かり」を感じてページを繰る手が止まり、あるいは行きつ戻りつ・・・。
それは結局、本書の指摘の中に僕にとって「痛い」部分があったからだと思う。
思った以上に「痛かった」ことが、「スポンサーシップ」と僕の間の距離感を物語っている。そういうことなんだろうな。
考えるべきことは多いよ、実際。

と言う訳で、昨日の会議では出来るだけ自分の発言を抑え、出席者の議論に任せてみることを心がけた。(安易?)
・・・なんだけど、結局最後のほうは仕切っちゃったナァ。
スポンサーシップ、なかなか難しいモンです。

2007/6/25

ショッピングセンター人間模様  雑感

日曜日には北戸田にあるジャスコのショッピングセンターへ行ってきた。
何か買い物するものがあるわけじゃないんだけど、このSCは通路が広くて、息子を歩かせたり、ベビーカーを押したりするのがすごく楽なんだよね。エレベーターが多くて混んでないのも、ポイント。
昨日のような「雨模様」の天気だと、ついつい足を運んでしまう。

SCが面白いのは、いろんな人が来ていて、その観察が出来ること。
主要な客層は「30代・40代夫婦+子ども」だと思うんだけど、結構多いのが「祖父母+孫」、十代ジャリカップルor友達連れも多く見かける。あんまりいなさそうなのが、20代カップルだけど、ま、これは当然だろうね。

昨日見かけたのは「20代前半夫婦+5歳児くらいの子ども」3組の友達連中。子どもたちがはしゃぐ以上に、親の友人同士がじゃれ合ってた。
二十そこそこ、下手すりゃ十代で子持ちになった感じだったけど、楽しそうな感じがして、それはそれで悪くはなかったかな。友達にはなれそうもないけど(笑)。

結局、昨日購入したのは「トトロ」と「ネコバス」のぬいぐるみ(ちっちゃいの)+主題歌の入ったCD。
「戦隊もの史観払拭計画」、続いております(笑)。


2007/6/24

子どもにも、大人にも  雑感

昨日、「戦隊もの史観」払拭計画(笑)第二弾として、「となりのトトロ」のDVDを息子に見せた。
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驚いたのは、妻も今まで観たことがなかったということ。
日本人でまだ観ていない人がいるなんて!
姪っ子二人を可愛がっていたから、もう観たことがあるものとばっかり思っていたのだ。(エコロなところもあるしね)
ということで、妻と息子にジックリと観てもらうべく、娘の相手は僕がしながら、「トトロ」タイムとなった。

ちょっと「トトロ」を怖がるんじゃないかナァという懸念もあって、事前に絵本を買って勉強させていたので(笑)、終始息子はご機嫌だった。何度も笑い声を上げたりして、ドップリ浸っていた。
妻の方も、最後にメイが迷子になって、サツキたちが探し回る辺りでは涙ぐんだりして、これまた気に入ったよう。
まあ「ハズレ」がないんだよなぁ、この「トトロ」は。(あんまり突っ込みどころがない出来だもん。そこにちょっと不満があるんだけどね、僕としては)
観終わったら、さっそく息子は「トトロ」の唄を歌っていた。
(ちなみに「トトロ」での息子のお気に入りは「ススワタリ」(真っ黒くろ助)。なんちゅうマイナーな)

さて「戦隊もの史観」は払拭されたか?
どうも「それはそれ、これはこれ」らしい。
相変わらず、寝る間際のお遊びは、「怪獣、エイヤッ!」ってな感じで、ケリ入れられた。
ふ〜。道は遠い・・・。

2007/6/23

Third Girl  コミック

西村しのぶの「サードガール」の完全版が(全8巻)が出ている。
パラパラと購入していたのだが、先日全巻を揃えた。
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20代の時にあれほど入れ込んでいたのに、改めて読んでみると、それほどのめり込めなかったのはチョイと残念。
まあ、オッサンになったからネェ(笑)。恋愛話は「ふ〜ん」って感じになっちゃうんだよな。
面白かったことは面白かったんだけどね。
(ライフスタイル面の方は相変わらず面白いが、こっちは「時代」を感じたな)

今回の「完全版」には単行本未収録作品も入っている。当然「完結」はしてないんだけど、
「ま、ここで終わってもいいかな」
とは思った。
結局、夜梨ちゃんは長髪ヤローとお付き合いするのだよな。こっから今に至る西村しのぶの「ロンゲ野郎好き」が始まるわけだ。
それはそれでいいけど、涼の普通の男っぷり(ナカナカ真似は出来んが)が懐かしくはあるね。

今回の完結編は妻の方が楽しんで読んでいたようだ。
それで良しといたしましょう。



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