2007/1/30

新版 名探偵なんか怖くない  

著者:西村京太郎
出版:講談社文庫
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トラベルミステリー作家としての西村京太郎にはそれほど興味はないんだが、売れっ子になる前の西村作品には結構好きなものがある。本書もその一つ。中学時代に読んで面白かった記憶があったのを、書店で「新版」が出ているのを見て、懐かしくて購入した。

でも記憶ってぇのはアテにならないもんだねぇ。僕の中では本書は「パロディ」に分類されていて、「コメディ」っぽいものをイメージしていたんだが、いやいや、結構チャンとした「本格モノ」だったんだね、コレ。
クイーン、ポアロ、メグレ、明智小五郎という4大名探偵が競演する作品だから「パロディ」ではあるんだが、「面白おかしい」って雰囲気の話じゃない。
まあここら辺は「名探偵登場」「名探偵再登場」というパロディ映画の記憶と混同していたんだろうね。アレはアレで相当面白いと思うんだけど、本書の方は「名探偵」を揶揄したり、バカにしたりするのではなく、きっちりとオマージュを捧げた作品と言えるだろう。

ただ事件としてはどうかなぁ。「三億円事件」を下敷きにしてるんだが、ちょっと無理がありすぎるような気がする。
まあ「4人の名探偵」を勢ぞろいさせたところに既に無理があるんで(笑)、そこら辺は目を瞑ってもいいのかもしれないが、展開がチャンとした「本格モノ」だけに、その作り物臭さが気になって仕方がなかった。

最後に付けられた綾辻行人との対談で「売れなかった」と作者は言ってるけど、確かに間口の狭い作品ではある。今となっては他人に薦めるには僕自身、ちょっと躊躇せざるを得ない。

個人的にはツボにはまるトコもある作品なんだがネェ。

2007/1/30

むかつく二人  

著者:三谷幸喜・清水ミチコ
出版:幻冬舎
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質問:時間は有り余ってるけど、あんまり頭を使いたくないときに読むのに適した本は何か?
答え:対談

本書は正確には「対談」ではなく、ラジオ番組をおこしたものだが、まあ「対談」として読んでも特段違和感はない内容になってる。
と言うか、あんまり内容がないんだよね(笑)。
「ニヤニヤしながら読んで、全く頭に残るものはない」
そういう本です。

個人的には結構好きな二人の対談なので、僕は楽しむことができたが、この二人に興味がない人が読んでも、全く面白くもなんともないだろうね。
「マイナー」とは言わないまでも、とても「メジャー」とは言い切れない二人。

そうは売れる本じゃないんだろうなぁ。

2007/1/30

寒雷ノ坂、花芒ノ海  

・「居眠り磐音 江戸双紙『寒雷ノ坂』『花芒ノ海』」
著者:佐伯泰英
出版:双葉文庫

この週末、公私共に出張やらなにやらで移動時間がヤマほどあって、その時間つぶしに続けて2作読了。頭を使わずに、気楽に読めるというこのシリーズの「利点」を堪能させてもらった(笑)。

シリーズとしては、主人公が浪人するキッカケとなった陰謀にひとまずの決着がつくのがココまで(4作目はそういう意味では「エピローグ」のような位置づけのようだ)。
「何か、割とアッサリ片付くナァ」
というのが正直な感想だ。シリーズは20巻以上続いているから、あるいは「どんでん返し」「更なる陰謀」みたいなものがあるのかもしれないが、ここまで読んだ限りではチョット物足りなさを感じる。
陰謀の中心にいた巨魁も、パターンどおりのキャラクターで、主人公が直面する悲劇に比べて、何と薄っぺらいことかと思わずにはいられなかった。(逆にそのことが「悲劇」の陰影を深めているとも言えるかもしれないけど)

まあでもこんなもんかもね。この辺りで筆を押さえているところがこのシリーズの息が長い秘訣なのかもしれない。実際、病院で寝泊りする際に読むときには最適って感じもするし。
再読するほどの魅力は感じないけど、機会があれば続きも読んじゃうんだろうナァ、というのが正直な感想。

2007/1/30

人はなぜ太るのか  

・「人はなぜ太るのか−肥満を科学する」
著者:岡田正彦
出版:岩波新書
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「納豆ダイエット」騒動なんかもあたし、妻子が里帰りしたら途端に体重が上昇傾向になっちゃったのもあって、書店で目に付いて購入した一冊。(まあこういう本を太ってる僕が買うのはチョット気恥ずかしかったが)

「岩波新書」ということもあるし、内容は極めて真っ当。「太る」ということを医学的・科学的に論じ、説得力がある。種々のダイエット手法に関しても手際よく整理されている。
まあそれだけに、驚くようなことは書かれてないね(笑)。結局は「運動と食事療法」ということ。

「ダイエット本のたぐいが無数に出版されているが、その多くは単に個人的な経験をつづったものにすぎない。したがってそれらの本で紹介されるダイエット法は、読んだ人にも有効とはかぎらず、それどころか、まったくナンセンスだったり、ときには有害でさえある」

いやはやゴモットモ。
もう一つ、アメリカの連邦取引委員会が健康器具に関して出した警告。

・汗もかかずに短時間でやせられるという方法や機械は、この世に存在しない。
・運動せずに、運動したと同じ効果がえられることはありえない。
・特定の部位の脂肪だけが燃焼するということはありえない。
・広告や説明書をよくみると、「ダイエットもいっしょにやれば効果がある」などと小さな文字で書いてあったりするので注意すること。
・使用前、使用後の写真にたとえ嘘がないとしても、あくまで特殊な例であり、自分も同じとは思わないこと。

納得である。
ま、地道にやるしかないっちゅうことですナ。

2007/1/24

陽炎ノ辻  

「陽炎ノ辻 居眠り磐音 江戸双紙」
著者:佐伯泰英
出版:双葉文庫

20巻ほど出版されていて350万部を売り上げていると言うベストセラー・シリーズ。
「時代小説好き」としては前々から気になってはいたのだが、何となく今まで手を出しかねていた。まあ半分以上、期待してなかったしね(笑)。
(残り半分は、「当たり」だったら当分読むものができると言う淡い期待)

読み終えての印象。
山本周五郎・藤沢周平ほどの深みはなく、池波正太郎の人間に対する洞察力もなく、司馬遼太郎のような歴史観もない。かと言って、柴田練三郎・五味康祐のような鋭い殺陣の描写力もないのだが、山手樹一郎のような明朗快活娯楽作品とまでは行かない。
・・・ってトコ。

とは言え、「面白くない」訳じゃないんだよね。ストーリーのネタに「為替」を取り入れる辺りの現代性も含め、かなり楽しく読めた。
要は先達の特徴をバランスよく取り入れて、読みやすくした作品と言えるだろう。ベストセラーになるのも分からなくはない。
(作品のイメージとしては、本作を読んだ限りは藤沢周平の「用心棒日月抄」に近いかな。時代が「剣客商売」に重なっているから、当然それも意識している。水準は随分落ちるけど(笑))

さて今後このシリーズの続きを読むか?
さほど頭使わず読めるからナァ。通勤や出張には最適って感じがする。
手持ちの本がなくなったときの「押さえ」ってトコかな。(ワカンナイけどさ)

2007/1/23

アメリカの終わり  

著者:フランシス・フクヤマ  訳:会田弘継
出版:講談社BIZ
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「ネオコン」の思想的指導者の一人であった作者の「ネオコン訣別宣言」
本書に関してはそのような捉え方をしている見方がある。まあ間違いではないのだが、作者のスタンスは、
「『ネオコン』には多義的な面があり、現在のブッシュ政権を支える『ネオコン』はその一部のでしかなく、作者は彼らの主張・政策には賛同できない。しかしながら社会的にはブッシュ政権を支えているのは『ネオコン』だと考えられており、この『ネオコン』に対するイメージを払拭することは困難である。従って自分は『ネオコン』という枠組みに訣別する」
というものであり、思想的な「転向」とは違うと言えるだろう。

かなり面白い一冊だったのだが、特に興味を持って読んだのは以下の2点。
まず一つは「ネオコン」の定義。
ネオコン、ネオコンと騒がれ、色々な説明も聞かされる中で何となく分かったような気でいたのだが、正直「ネオコンとは何か」については明確な回答を持っていなかった。本書ではその「ネオコン」について思想史的な流れを示し、その定義(基本原則)についても簡潔に述べている。
これは大変役に立った。
ちなみに作者による「ネオコン」の基本原則は、

1.民主主義・人権、さらに広く各国の国内政策を重視する姿勢
2.アメリカの力を道徳的目標に使うことができるという信念
3.重大な安全保障問題の解決にあたって、国際法や国際機関は頼りにならないという見方
4.大胆な社会改造は思わぬ弊害をもたらしがちで、改造の目的まで損ないかねないという見方

原則だけを見ていると「?」という感じのものもあるが、実例も挙げながらの本書の説明を読むと納得できる面も多い。その一方で「2」なんかには、アメリカの理想主義と無邪気さ、そして傲慢を感じ取ることもできるけどね。

もう一点はブッシュ政権の評価と今後のアメリカの進む方向性について。
ブッシュ政権については本書は相当批判的だ。
「現政権が日々の政策運営でひどい無能ぶりをさらけ出している」
なんてコメントがこの作者から出ていることを考えると、(少なくとも現時点における)ブッシュ政権の評価と言うのはかなり酷いと考えて間違いないんだろう(まあ選挙にも負けてたしね)。冷めた見方をすると、作者が「訣別宣言」をしたのもそれ故かもしれない。
本書はアメリカの今後の進むべき方向性として、重層的多国間主義を目指す「現実主義的ウィルソン主義」を掲げているが、「一極主義」「アメリカ例外主義」に則って政策運営したブッシュ政権が手痛い失敗をした以上、そうした方向性に進まざるを得ないのは間違いないだろう。アメリカが失敗に懲りて「孤立主義」の殻に閉じこもってしまうことは決して望ましいことではないという作者のスタンスには共感できる。

日本の政治では無邪気な「国連中心主義」が唱えられたりするが、現在の世界情勢はそのような単純なものでなくなっていることは日々の報道を見ていれば良くわかる。色々な問題はあると思うし、賛同できない点も少なくないが、少なくとも現実を踏まえ(さらには反省も踏まえて)深慮ある提言をしている本書のスタンスは評価してもいいと思う。

こういうのが日本のジャーナリズムにももうちょっと欲しいな、というのが正直なところ。

2007/1/20

比類なきジーヴス  

著者:P.G.ウッドハウス 訳:森村たまき
出版:国書刊行会
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お調子者でダメ若旦那「バーディー」と、完璧な執事「ジーヴス」。
この有名なシリーズのことを僕は本作を読むまで全く誤解していたことが分かった(笑)。
今の今まで、てっきり「推理小説」だと思ってたのだ!
実際はユーモア小説。それも結構ドタバタのあるコメディ小説であった。

まあこの誤解のモトは分かっている。アシモフだ。
「黒後家蜘蛛の会」の何巻かで、アシモフが「ヘンリー」のモデルとして、「ジーヴス」の影響があることを認めている下りがあり、それがズッと頭にあって、このシリーズも「黒後家蜘蛛の会」のような安楽椅子もの連作短編推理小説だと思い込んでしまっていたわけである。
(「ジーヴス」が簡単に読めるようになったのは最近なので、その誤解が解かれるタイミングもなかった)

とは言え、このシリーズ、かなり面白い。
テンポは緩いし、繰り広げられるドタバタは、ベタなもの、無理矢理なものも多くて、あまり洗練された感じはしないのだが、それでもこの作品世界にはチョット中毒性がある。「黒後家蜘蛛の会」も相当なモンだが、このシリーズもなかなかのものである。

まあイメージとしてはヒュー・グラント主演のコメディ映画だね。
「フォー・ウェディング」「アバウト・ア・ボーイ」あたりのノリを考えてもらうと、このシリーズのユーモアの雰囲気も想像できるんじゃないかと思う。
「ドタバタ」だけど、「下品」じゃない。
・・・と言うところかな。

時間つぶし以外の「何か」の役に立つと言うことは全くない。
そういう作品。

2007/1/20

ラッキーナンバー7  映画

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「あるいは『大ハズレ』かも」と、若干の不安を感じもしたのだが、結果的には「○」。個人的には「デパーティッド」よりも楽しめた。
まあ、ジョシュ・ハートネット、ブルース・ウィルス、モーガン・フリーマン、ベン・キングスレーと、大物・芸達者・人気者を集めての作品で、しかも「大作」じゃないからね。ハマれば、面白いものが出来る土壌はある。

もっとも映画としての「完成度」という点では幾つかの留保も付く作品かもしれない。
まず第一に作品の「トーン」。
導入部にちょっとハードな部分もあるが、前半は総じてオフ・ビートな感じがする。ルーシー・リュー演じるヒロインなんかは、どっかネジが緩んでるし(笑)、主人公も次から次に不幸な目に会う割には浮世離れな雰囲気もある。モーガン・フリーマン、ベン・キングスレーの大物二人が演じる暗黒街の顔役二人も、向かい合わせのビルに住んでいてお互い外に一歩も出ないとか、どこか戯画的で可笑しい設定になっている。
ここら辺はタランティーノやエルモア・レナード風と言ったところだろう。そしてそれを上手く見せてくれていて、結構いい気分だった。
それが終盤になって急速にシリアスな雰囲気になる。
クールなキャラだった主人公の眉間に皺が寄り、マイペースな狂言回しかと思っていたブルース・ウィルスがストーリーの中核に躍り出てきて、話は一気に因縁話に彩られた「復讐譚」へと姿を変えるのだ。
この展開、実は脚本が良く出来ていて、一気に引きずり込まれる。丹念に複線も敷かれているから、トーンの変更も演出のウチという事だろう。
しかしなぁ。
シリアスな展開の末、ルーシー・リューが何だか「運命の女」みたいになっちゃうのはどうか、と・・・。だってあれは完全に「ぶっ飛び」キャラだったよ、最初は(笑)。

もう一点は導入部で殺されるキャラの位置づけ。
確かに彼は社会的には「クズ」だろうし、悲しむものは誰もいない人間かもしれない。しかしだからといってあんな風に殺されて良いものかね。
作品として「パシッパシッ」と仕掛けがハマって、隙がなく、気持ち良いだけに、観終わって振り返ったとき、ココが一点の影になっちゃったんだよね。
まあ所詮、殺し屋の物語。そんな綺麗事言っても仕方がないのかもしれないけど。

何か文句が長くなったけど(笑)、この作品の水準が高いのは確かだと思う。こんな風に複線がバシバシ終盤で明らかになっていく展開は本当に気分がいい。非常に良く出来た脚本であることは間違いないだろう。

それにしてもブルース・ウィルス。
「殺し屋」、はまり過ぎ(笑)。

2007/1/20

ディパーテッド  映画

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香港映画「インファナル・アフェア」を、マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・デカプリオ、マット・ディモンでリメイクした作品。
「インファナル・アフェア」が大好きなだけに、「どーなることか」と心配もしていたのだが、「最悪の事態」は避けられたって感じかな(笑)。

基本的な枠組みは「インファナル・アフェア」と同様。
ただデカプリオとディモンではなかなか、トニー・レオンとアンディ・ラウが醸し出す「色気」は再現できない。(その分、ニコルソンが原作にはない「怪物ぶり」を発揮してくれるが)
で、原作のもつスタイリッシュさを、スコセッシが得意とするタイトでハードな色調に換えて、無常観で締めるつくりとなっている。
まあ、「スコセッシ」だからねぇ。観れないものにはなってないよ。

「インファナル・アフェア」が作品としては虚構性の高いものだったのに対し、本作は「リアリズム」が強く押し出されている。(良く考えりゃ、トニー・レオンやアンディ・ラウの服装は格好良過ぎだわな(笑))
ここら辺は従って「好み」の問題だと思うのだが、僕はヤッパリ「インファナル・アフェア」の方が好きだね。ただそれはあくまでも「好み」の問題。決して本作の出来が悪いとは思わない。
原作とは全く違うラストの味わいも、悪くないと思ったヨ。

2007/1/18

格差社会  

「格差社会 何が問題なのか」
著者:橘木俊詔
出版:岩波新書
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今国会、民主党は「格差社会」国会を掲げている。安倍首相は「憲法改正」をテーマにしているが、元々は「再チャレンジ」を旗印にしていることもあり、「格差社会」というのは今の日本では重要な視点と言えるだろう。
ただこの「格差社会」、「格差」がどのような定義に基づくものなのか、今ひとつハッキリしていない気もする。かつて小泉元首相は「格差の何が悪い」旨の発言をしていたが、一方で政府は「格差は統計上の『見かけ』に過ぎない」といった発表をしたこともある。

本書はそういう点から「格差」「格差社会」について、データを下に一定の定義をしてくれており、種々の議論するに当たってのベースとなる立ち位置を教えてくれる一冊だと思う。
ただ(作者自身、指摘いるとおり)「格差」を考える際に取り上げるデータには色々な問題がある(データが古い、一定層が対象外となっている、連続性に欠ける 等々)。また本書はかなり幅広い視点から分析を行い、種々の具体的な対策にまで言及する「盛り沢山」な内容になっているために、分量的な問題と思うが、データの扱い方に若干「説明不足」の感がある点もある(作者も認識していることだが)。
このことから「データを恣意的に選択しているのでは」という疑念を抱かせる部分もあるような気がする。少なくとも僕自身は100%作者の主張を受け入れるトコロまでは納得できない部分が残った。

ただ現代日本が「格差社会」に向けて傾斜しているのではないか、という点は僕も認識としては持っている。
トフラーの「富の未来」を読んだとき、中国における格差の広がりは、一方で貧困層の引き上げをもたらす可能性があるとの指摘があった。国家そのものが破綻寸前であった大戦後の日本と現代日本を比較すればその点は納得できる。(確かに「格差」は広がっているが、貧困ラインは確実に上がっているからね)
ただ成熟化を迎えつつある現代日本を中国と同類に論じるわけには行くまい。自ずとそこには別の「格差」に対する対処が必要となる。

本書で作者は「格差をどう捉え、どう対処するかは、今後『国』をどうすべきかと言う立場によって異なる」旨の記述をしている。その前提に立って、作者のスタンスは「格差を狭めると言うよりは、貧困層をゼロに近づける」「格差が階層として固定されるのを防ぐ」という考えに立脚している。
個々の対策については「どーかなぁ」と思うものも正直あるのだが、このスタンスについては僕自身も賛同できるものだ。

「格差社会」を肯定的に捉えるにせよ、否定的に捉えるにせよ、現状の把握と問題点の整理と言う点で、一読に値する一冊だと思う。



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