2006/8/29

人体 失敗の進化史  

著者:遠藤秀紀
出版:光文社新書
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アレキシス・カレルの「人間」は、人間の身体の精巧な機能・造りを解き明かしつつ、そうした「人間」を産み出した「自然」への回帰を訴えていた(簡略化しすぎだけど。笑)。
まあ「人類」という種が、現在の地球上において類を見ない繁栄をしていることは確かだろうから(それが「未来」あるものかどうかはともかく)、生命体としての「人間」が多く点で「成功」しているとは言えるだろう。
ただ果たしてその進化が論理的で、合目的性のあるものだったのかという点は、ナカナカそうは行かないようだ。
こうした視点を持っていたら、カレルの主張もあそこまでのものにはならなかったのでは、とも思ったりする。(それはそれでロマンティシズムはあるのだが)

本書のなかで示されているのは、「如何に進化と言うものがいい加減」で「合目的性からかけ離れているか」ということ。そのことが数多くの事例と共に解き明かされており、具体的に実感できるようになっている。四足歩行から二足歩行になったことで、多くの不都合を抱えているということは漠然と知っていたが、こんな風に具体的には知らなかった。
換言すれば、現在の「人間」の進化した姿も「偶然」に依拠するところが多いということ。「人類」を「失敗作」と断ずる作者の姿勢には小気味のいいものすら感じる。

多少、「遺体学」というものにかける作者の意欲が目に付くところはあるが、一所懸命なんだからいいだろう(笑)。
実生活において役に立つような本ではないが、ネタの一つくらいは拾えるかもしれません。

2006/8/29

五郎治殿御始末  

著者:浅田次郎
出版:中公文庫
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かなり泣かされた「壬生義士伝」のエピローグ的な作品集と位置づけてもいいんじゃないか。登場人物の重なりはないが、「滅びゆく側」の誇り高い姿を描き出している。(ただし「格好よく」でないのが、浅田流)

浅田次郎の考え方や感じ方には頷けない点も多いのだが、強引な展開の中で、その力技に泣かされちゃうんだよね。「壬生義士伝」や「プリズンホテル」なんか、「そうくるか〜?」と思いつつ、バッチリ仕掛けられた「罠」にはまっちゃった感じがある(笑)。

まあそういう意味ではこの作者は基本的に「長編作家」だろう。
短編小説だと、前フリとか十分仕掛け切れないので、上手くはまらないケースも結構あるんだよね。
「上手い物語作家」であるのは確かなので、どれも面白くは読めるんだけど。
本書も楽しめはしたものの、泣くとこまでは、どの作品もいかなかった。
中では「椿寺にて」と「五郎治殿始末」が良かったかな。

2006/8/25

人間 この未知なるもの  

著者:アレキシス・カレル、渡部昇一・訳
出版:三笠書房 知的生きかた文庫)
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またもやビジネス雑誌読書特集から選んだ一冊(笑)。
読み始めて驚いたんだけど、1935年に刊行された本なんだよね。この刊行された時代背景を頭に入れておかないと、ちょっと問題の多い本かもしれない。

本書の意図は、「『人間』を器官や機能、環境、心理、精神といった風にバラバラに捉えるのではなく(従来の医学・科学は、むしろこのように区分して分析することで発展してきたのだが)、医学的・科学的な成果をベースにしてトータルで捉えることによって、『人間』のあるべき姿を考える。更にそうした『人間』のあるべき姿を基本として、未来の人間社会のあるべき姿を考える」というもので、意欲的でロマンもあり、現代に通じる問題意識もかなり提示されていると思う。
「スペシャリストよりも、ゼネラリストの存在が求められる」「悪平等が社会のバランスや活力を失わせる」等々の主張も、(多少の留保はつけながらも)共感できるものがある。(透視やテレパシー、奇蹟などの神秘主義への共感も、それが作品のロマンティシズムを生んでいることを考えれば、まあ「苦笑」の範囲)

ただまあ、「それらを如何に実現させていくべきか」この点での考え方が、ちょっと違和感があるんだよね。正直言って短絡的過ぎるんじゃないかね。

結局作者の言わんとする方策は、「エリートを選別し、彼らが社会を先導する体制とすべき」というもの(イメージね。実際の主張はそれほど単純ではないし、「エリート」の定義も、特権階級的なものじゃない)。「エリート主義」そのものは非難されるべきものでもないと思うが、これが「選民思想」や「社会的弱者への偏見」「人種差別的思想」「優生学」と繋がると、ちょっとついていけない感じがする。
「犯罪行為で有罪となった精神異常者(は)〜適当な毒ガスの設備をそなえた小さな安楽死用の機関で処置すべきである」なぁんて論述は「アウシュビッツ」一歩手前って感じだし、「優生学」と「選民思想」の結合はナチズムへの親近感に繋がっているんじゃないか。作品の中のムッソリーニへの好意的な高評価や、ヴィシー政権下で研究所を開設した経歴なんかは、その裏づけかもしれない。

時代的に「民主主義」への限界が強く認識され、その超克が求められたことがこの背景にあるんだろう。ただ歴史は「民主主義は最善の策ではない。しかし現実に処した次善の策である」(吉田茂)という言葉を未だ否定できずにいるのが、現代から見た「現実」だと思う。

そういう意味で、
「参考になり、評価できる主張が多く含まれているが、留保ナシには評価しづらい作品」
というのが正直な僕の感想。

これ、経営者としては評価の高い伊藤忠会長の丹羽会長が推薦してた本だと思うんだけど、「どうかなぁ」と思うよ、これを薦めるのは(笑)。



2006/8/22

一周年あまり  雑感

去年のお盆休みから煙草を吸うのをやめたので、気が付くと1年経ったことになる。
やめるキッカケも「コレ」というものはないんだけど、やめてからも特段の努力をしたつもりもなく、1年が経過した。やめたことによる体重増加もなく(これ以上増えてどうする、というのはある。笑)、順調な経過だ。
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キッカケはないものの、敢えてやめた理由を挙げるとすると二つある。
一つはやはり「息子」。
副流煙の影響と言うのがどの程度あるのかは分からないけど、吸ってる立場から言えば、確かに身体に悪いだろうとの実感はあった。
まして吸い殻の「誤飲」が重大問題だというのは、重々承知しているので、息子のことを考えると、「吸い方は考えないと」とはズッと考えていたのだ。
まあベランダで吸えばある程度リスクは回避できるのだが、あんまり「ホタル族」というのは格好いいモンじゃないし、第一早晩ベランダにも息子が遊び出すこともあるだろう(事実、息子にとって最近ベランダは重要なプレイスポット)、じゃあ家で吸うのはやめようかなぁ・・・という考えはやめる前からあったのだ。

もう一つは「健康増進法」。
この法律のおかげで、ビル内でタバコが吸えず、ビルの前の喫煙場所に固まって吸っている姿が結構見受けられるようになっている。
これはあまり見栄えのいいモンじゃない。僕が勤務している事務所には「喫煙ルーム」があるので、そういう有様にはならないのだが、客先などではそういう立場にならざるをえない事務所もあり、ちょっと抵抗感があった。
そもそも煙草を吸い始めるキッカケは「格好つけ」。それなのにこうなっちゃうと、逆のイメージがあるよなぁ・・・というのが二つ目の理由。
まあでもこの二つとも「敢えてあげれば」であって、何らかの「決心」があってと言う感じではないんだけどね。

ちなみに今の状態は「禁煙」ではなく、「休煙」だと思っている。
息子が4歳くらいになったら、少なくとも誤飲のリスクは少なくなるだろうから、それくらいからまた吸い始めようかなぁと密かに思っているのだ。

妻に言わせりゃ「トンでもない話」かもしれないが(笑)、そう思ってるから今吸わずにいられるというのもあるだろうと自分では思っている。

ただ1年間吸わずにすませたのだし、特段「吸いたい」と思うこともそれほど多くはなかったので、「やめれるかな」と最近は考えていたのも事実。
思っていた矢先、昨日煙草をすっている夢を見た(笑)。実に美味しそうで、目が覚めて、本当に久しぶりに「目覚めの一服」をしたくなった。

「まだまだ、完全に断煙するには至ってないな」

そう思うと、何となくホッとした。

2006/8/22

花の下にて春死なむ  

著者:北森鴻
出版:講談社文庫
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この作者のことは最近、ちょっと本屋で目についていたんだが、読むのは初めて。こういうときは「期待」と「不安」が交錯しする。
本作は「賞」も受賞した短編連作集なんだけど、さすがに短編推理としては悪くないね。ただ「突出した出来でもない」というのが正直な感想でもある。

最大の弱点は探偵役に際立った個性がないということ。「料理上手なバーテンダー」というのはどっかで見たような設定に思えてしまう。「人格的に優れている」という点を併せると、アシモフの短編集に出てくる探偵役の執事を連想させるのがそういう印象に繋がっているんだろうな。

個々の作品については、やや苦い味わいは悪くないんだけど、コジンマリした感じも否めない(「無理」も見えるけど、これは許容範囲)。ただ表題作は少し頭出ている感じがある。
連作として、偶然、車椅子の女性の死の真相を明かすこととなった老人の死が描かれたその表題作を受けて、かつてその老人が若き日、別の車椅子の女性と恋愛関係にあった過去が明らかになる最終作への繋がりは、「運命」の気配を垣間見せ、よくできている。
この点は「買い」かもしれない。

今後、この作者の作品を読むか?

この点は「留保」というところかな。

2006/8/20

市場社会の思想史  

「市場社会の思想史 『自由』をどう解釈するか」
著者:間宮陽介
出版:中公新書
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夏休みになると、「その期間を通じて教養を高めよう」みたいな感じでビジネス雑誌が読書特集を組むケースが多い。
「何言ってんだい」と思わなくないのだが、自分の「教養」が足りないのは認識しているので、ついつい目を通してしまい、挙げられている本の何冊かは購入することになる。
本書もそんな一冊。

まあそうやって機会はどうあれ、自分のためになればいいのだが、本書に関しては「難しくて理解できなかった」という結論(笑)。
「限界効用」とか、「一般均衡」「マネタリズム」等々、言葉は聞いたことがあるし、確かに大学の経済の講義で勉強した覚えもあるのだが、今やきれいサッパリ忘れ果ててていて、何とも情けない気分になった。まあ当時から「経済学」は苦手分野ではあったが。(何か眠くなるんだよね)

ただ分からないなりに読み進めると、何となく枠組みのようなものは見えてくるような気もする。
結局のところ「経済学」というのは、人間的・社会的・特殊的な要素(ケインズの言う「不確実性」)を排除することによって「科学」として成立させる流れと、「不確実性」を前提とする中で、論理を構築しようと言う流れとの間で揺らいでいるものなんじゃないかと思う。換言すれば「どこまで人間の合理的行動を前提とできるか」ということなんだろうし、本書が中核テーマと据えた「自由」の概念もその中で揺らぎ続けているのだ。
・・・な〜んて偉そうなことを言って、この理解がどの程度本書の論述に沿ったものかも全く自信が持てない有様なんだけどね(笑)。

そういう意味では「面白い」とも思えるのだが、如何せん、ココの理論を理解するにはこっちの基礎知識が足りなさ過ぎて、というのが正直なところだ。

ま、「無知の知」という点では役に立つ一冊ではあった(笑)。

2006/8/19

父と子の物語・・・好きだね、ハリウッド  映画

明日、妻と息子が戻ってくる。楽しみではあるが、映画は当分観れないな、これで(笑)。
取り敢えずの「見納め」をどうしようかなと少し考えたのだが、結局公開されたばかりの「スーパーマン リターンズ」にした。
イッセー尾形が昭和天皇を演じた「太陽」にしようかなとも考えていたんだけど、単館ロードショーで混んでそうだったから、面倒臭くてパス。ドンドン文化的な人間じゃなくなるね(笑)
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本作はクリストファー・リーブの「スーパーマン」の続編。「その後」のスーパーマン、ロイス・レイン、レックス・ルーサーが描かれる。
中でもロイス・レインの関係では、彼女はシングルマザーになっていて、婚約者と同棲していると言う、なかなかショッキングな設定だ。
でも話の展開としては、思っていたほどソコではゴタゴタしないんだよね。スーパーマンは勿論、婚約者も「いい人」だからネェ。それに監督の方も、このスーパーマンのロマンス部分をあまり突っ込むつもりはなかったんだと思う。彼らを「元の鞘に収める」設定・展開に敢えてしていないし、観客の側でもそれで納得できる内容になっているのだ。
続編にネタを残しただけかもしれんが(笑)。

本作の「テーマ」(というほど大げさなものじゃないが)は「父と子」だろう。これはリーブの「スーパーマン」第一作に込められたテーマでもあり、それ故、本作でもマーロン・ブランド演じる「ジョー・エル」が登場する。
「父と子の物語」となると、何となく「またかよ」って気にもなるのだが(笑)、案外悪くなかったナァというのが観終わっての感想。自分に子供が出来たせいかもしれないけどね。

続編を作るとすると(ヒットしてるようだから可能性は高いと思う)、そこら辺を展開するんだろうナァ。「積木くずし」にならなきゃいいけど(笑)。

まあでも2時間30分を全く退屈させないのはさすがだね。
オープニングで例のテーマが流れてきたときは思わずワクワクしてしまったし(ちなみにタイトルロールは前の「スーパーマン」と同じだと思う)、スーパーマンが復帰するシーンは「やるね」と思わず、ニヤリとしてしまう。
レックス・ルーサーの「悪巧み」がもう一つなんだけど、ケヴィン・スペイシーは楽しそうにやっていて、いい感じだ。

深く考えずに積極的に楽しむ。
そういう映画。

2006/8/19

「ワルノリ」にならないところが「三谷幸喜」  映画

息子がいるとナカナカ家でDVDも観れないんで(寝てからこっそり観ようと思っても、確実に起きてくるからネェ)、「今のうち」ということで気になっていた作品を。
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「The有頂天ホテル」

僕は三谷幸喜の作品は結構好きなんだけど、オールスターキャストで作り上げた本作もかなり楽しめる内容になっている。日本映画の場合、こういうオールスター作品だと役者の使い方に気を使う余り、結局中途半端になっちゃうケースが少なくないと思うが、本作はそういう点でも上手くやっている。
「グランドホテル」形式というのが正解だね。各役者の出番が少なくても、「特別出演」「友情出演」っぽくならないから。(津川雅彦がチョットそれっぽい感じかな)

敢えて言うなら2点。
主人公の副支配人(役所広司)と元妻(原田美枝子)のドタバタは何となく痛々しい。この二人の役者の「持ち味」がちょっと合わないのかナァ。役所広司は他のエピソードではバッチリ狂言回しにはまってるんだけどネ。(原田美枝子の現在の夫役・角野卓造は笑える。ベタだけど、僕はこういうの大好き。笑)

もう一点は「YOU」。
彼女の役柄は「歌が大好きだけど自己主張が苦手で、ハッキリしない性格。ドラマの中では流れに振り回されるんだけど、最後に自己主張し、弾けて大喝采を浴びる」という、まあ最後をさらっていく「おいしい」役。
この設定はかなりいいし、YOUを選んだ理由も分からなくはないんだけど、結果的には(ミスキャストとまでは言わないけど)他の配役ほどにははまってないと思う。
結局YOUの場合、地のキャラクターが出過ぎるんだよね。だから「自己主張が苦手」なキャラで、それを上手く演じてはいるんだけど、違和感が残ってしまう。「不思議キャラ」や「身勝手キャラ」(でも何となく許せる)ならはまると思うのだが。
あと「歌」。
味はあるけど、上手くはないだろう、これは(笑)。ノリとしては、ここは「無茶苦茶上手い」じゃないと不味いんじゃないかなぁ。

まあでも楽しめる作品だから、一見の価値はアル。
あ、あと「ベタ」という意味では「唐沢寿明」と「伊東四朗」。
大好きです、こういうの(笑)。

2006/8/18

自暴自伝  

著者:村上”ポンタ”秀一
出版:文春文庫PLUS
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akamatsuさん、ご推薦の一冊。
有名ドラマー「ポンタ」の聞き書きによる自伝です。

歌謡曲のバック等でスタジオミュージシャンとしての地位を確立する「70年代」、数々のミュージシャンのサポートをしつつ、アーティスティックな展開を広げる「80年代」、自身のバンド(PONTABOX)を組み、自分の音楽の追求も始める「90年代」と、まあ多彩で面白い。ポンタの活動期間は(ってまだ活動中だけど)、日本の音楽シーンが成長し、成熟していく過程に重なっているので、その足跡を追うことで日本のポピュラーミュージックの歴史の大半が俯瞰できるのだ。

本の帯に書かれた「本書に登場するミュージシャン(ほんの一部)」に挙げられているのが、

井上陽水、泉谷しげる、忌野清志郎、沢田研二、矢沢永吉、山下達郎、山下洋輔、YMO、五輪真弓、松任谷由美、矢野顕子、キャンディーズ、ドリカム、ピンク・レディー、松田聖子、山口百恵、和田アキ子、ピーター、カルーセル麻紀、ジョージ川口、オフコース、赤い鳥

だからね。こりゃまあ、大したもんです。特に「70年代」「80年代」の彼らの青春群像は、こちらの個人的興味もあってなかなか面白く読めた。
今や取り澄ましたような坂本龍一の酒乱ぶりとかね(笑)。
そういった楽しめるエピソードのほか、独自の音楽理論や冷静なミュージシャン評なんかもバランスよく入っていて、結構奥の深い本であった。

(しかし何故か僕は「PONTA BOX」のアルバムを一枚も持っていない!マイルスへの偏愛等、興味の範囲としてはかなり重なるはずなんだが・・・。改めて何か買おうかなと思っているところです)

2006/8/16

昭和の戦争を読み解く  

「昭和の戦争を読み解く 戦争観なき平和論」
著者:保阪正康
出版:中公文庫
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最近、この作者の本が良く文庫化や再販されているのが目に付く。結構な数の作品を書いているから不思議じゃないんだけど、コレだけ目に付くのは、やはり「あの戦争は何だったのか」の影響だろうね。
長く真面目にやってきたこういう作者に陽が当たるのは、まあ悪い話じゃない。(売れていると言ったって、何十億もの脱税を訳者が指摘されているハリー・ポッターなんかに比べたら、笑っちゃうくらいだから。笑)

ただそうなると、出版される中にはどうしても「気合が入った作品」と「寄せ集め的作品」とが混在してしまう。質の高さや志がそのことで変わるわけではないのだが、自ずとそこには差異が生じる。
「昭和陸軍の研究」「東条英機と天皇の時代」等がこの作者にとっての前者であり、本作は後者になるだろう。
いや本当は僕も「昭和陸軍の研究」を読もうと思ってたんだけど、手に取ってみたら(物理的にも内容的にも)重くって、つい最近文庫化されたコッチに逃げてしまったのだ(笑)。

ただ内容的には結構「重い」ものもあって、軽々しく片付けれるものでもない。二部構成となっていて、一部はキーワードによって昭和初期を概覧した内容で、コレはコレで知識の整理や補強に役に立つ。
雑誌に発表された短文を寄せ集めた二部のほうは、文章が短いだけに論が追い辛いものもいくつかあるが(っちゅうか、僕がバカなだけか?)、「光クラブ」と三島由紀夫について論じた文や、「東京裁判」論の論点をまとめた一文などは、なかなか興味深く読むことが出来た。
後者なんかは、靖国問題で議論百出の今日において論点を整理するのに役立つと思う。

まあとは言え、本書は「保阪正康」作品の中では補助的な役割をなすものでしかないだろう。「入門」としてもこの本から入るのは難しい。
あ、でも解説を半藤一利が書いていて、そこに両者の連帯が見て取れることは、現在の保守論客の構図を覗う上では面白いかな?



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