2006/5/29

政治家と回想録  

「政治家と回想録 読み直し語りつぐ戦後史」

著者:保阪正康
出版:講談社文庫
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結構売れた「あの戦争は何だったのか」(新潮新書)を読むまで、不明にして僕はこの作者のことは知らなかった。読んでみて、バランスの取れた書きぶりに好感を覚え、以降、少し気にしている。本書もそんな流れで購入した作品。
(今までこの作者を知らなかったのは、ちょっと作品がマニアックな感じがしたからかもしれない。「昭和陸軍の研究」「東条英機と天皇の時代」「秩父宮」とかね。一般的なのとしては「昭和史 七つの謎」があるけど、これはこれでちょっと「際物」っぽく思えるし。笑)

作者自身書いているが、団塊の世代で、安保闘争に共感を覚えた世代。そこから歴史を学ぶうちに、「保守」を意識し、現在のスタンスとしては保守本流寄り、と。
世代こそ違え、コレは、戦後教育の洗礼を受け、長く「心情サヨク」でありながら、社会人としての経験の中で「保守」寄りの立場にスタンスを変えてきている僕に通じるものがある。現在の「右旋回」保守に対する距離感とかね。

本書で取り上げられている政治家(回想録)は19。
後藤田正晴、福田赳夫、吉田茂、藤山愛一郎、鳩山一郎、宮澤喜一、西尾末廣、前尾繁三郎、石橋湛山、松村謙三、河野一郎、岸信介、佐藤栄作、田中六助、中曽根康弘、鈴木貫太郎、竹下登、野中広務、村山富市
まあ、知ってる政治かもいれば、知らないのもいる。でも読んでみると、それぞれが戦後政治史のなかで重要な役割を果たした人物であることが理解でき、少し突っ込んだ形での戦後史が覗える形となっている。
かなり面白い本だった。
(この中で読みたいと思うのは、「後藤田正晴」「吉田茂」「宮澤喜一」「石橋湛山」「岸信介」「中曽根康弘」くらいかな)

本書の序章で作者は「政治家には自らを語る責務がある」として、少なくとも総理経験者には「回想録」を書くことを義務付けるべきだと主張しているが、逆に言うと見識ある政治家は「回想録を残す政治家」ということかもしれない。
コレ、「当たってる」と思うんだけど…。(ま、しょ〜もないのも多いから、全部が、っちゅうわけじゃないけど)

2006/5/28

静寂と狂乱  雑感

今日は横浜美術館で開催されている「イサム・ノグチ展」に行って来た。
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少し前に伝記を読んで以来、彼の作品をまとめて見てみたいと思っていたのだが、偶然の機会でその望みが叶ったわけだ。(妻の両親が所要で横浜に来ていたのに会いに行った際、開催されているのを知った)。

イサム・ノグチの作品は多岐に渡っているし、巨大すぎて運べないものも多いから、勿論限られた作品展になる。それでもこれだけまとめて作品を見ることが出来るのは嬉しい。ライティングなんかもなかなかで、「意味」を表す作品ではなく、「物体」としての彫刻の存在感が感じられるような気がした。

…なぁんて知ったようなことを言ってみたが、内実は大変な鑑賞であった。
息子がとにかくグズリまくり、静まり返った美術館の中で奇声をあげて走り回るのを、とっ捕まえ、なだめ、すかし、担ぎ上げ…(笑)。妻と交代で息子の面倒を見て、鑑賞をしたのだが、とてもユックリ観れたとは言えない状況。

義父が所要を済ます間、義母と一緒にランドマークでショッピング&昼食。昼食後、息子が眠気に襲われつつあるのを察知して、「寝てる間に美術館に…」と思ったのだが、行った途端にエンジン全開(笑)。
多分、「眠い」「でもお婆さんがいて、興奮している」「もっと遊びたい」「でも眠い」「なんか静かで広々としたところに来て、走り回れそう」「でも眠い」…な〜んて感じで本人も混乱して、狂乱状態に突入したんだと思うけど、まあ、大変でした(笑)。
ついこの間までこんな感じじゃなかったんだけどなぁ。
(ちなみに美術館を出ても、美術館前の広場で大はしゃぎ。もうコッチもいい加減疲れ、諦めて、「帰ろうか」と言うときになって、速攻、寝た(笑)。)

ま、美術館は無理だ、と言うことは分かりました。
先輩方にしてみれば、「当然のこと」でしょうがね(笑)。
(それにしても「イサム・ノグチ展」、もう少しジックリ観たかった。もう少し息子が大きくなったら、牟礼に行くかな)

2006/5/24

風の男 白洲次郎  

著者:青柳恵介
出版:新潮文庫
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歴史上、「格好良いな」と思う人物は何人かいるが(筆頭は、僕にとっては、日本史では「土方歳三」、世界史では「ユリウス・カエサル」になる)、現代日本史上となると生々しくて、ちょっと難しい。「白洲次郎」はそんな中で指を折れる人物の一人である。

最近「白洲次郎 占領を背負った男」(北康利・著 講談社)というしっかりした評伝が出て、売れているようだが(僕も読んだが、読み応えのある力作)、昨今の「白洲次郎」ブームのようなもののキッカケになったのは本書だと思う。僕は単行本で読んでいたのだが、ちょっと読み直したくなって、(手元になかったので)文庫で買いなおした。
「占領を背負った男」に比べると、本書は元々、白洲家の私家版として出版された経緯もあり、「伝記」よりは「語録集」としての色彩が強い。その分、「客観性」という点では割引が必要だが、「生々しさ」は本書の方に軍配があるだろう。「客観性」についても、本書の出版には「白洲正子」が絡んでいる。凡百の遺族や関係者による提灯伝記とは自ずと違っている。

まあ一言で言えば、白洲次郎は「変わりモン」である(笑)。
またその人格形成には「出自の良さ」「財産家」(父は破産しているが、一般に比べれば…)によるところも多く、その点は簡単に真似できるものでもない。
それでも彼を「格好いい」と思わせるのは、生き方、言動に「筋が通っている」からだろう。それは彼自身の言葉で言えば、「プリンシプル」であり、「幼稚な正義感」に拠るところなんだと思う。
そして「不惑」になって思うのは、それこそが最も難しい生き方なのだ、ということだ。

まあ、後、「見てくれ」もあるな(笑)。180センチあったという、「白洲次郎」のポートレイトはどれもカッコイイ。本書にも数多く収められているが、どれも羨ましいばかりのカッコよさ。10代、20代の頃より、30歳以降の方がズッと魅力的なのは、「大人」というものを感じさせる。
そういう意味では、僕には「所詮叶わぬ」なんだが(笑)、その何分の一かでも近づけるよう、「プリンシプル」というものを自らの中に持って生きたいものだと思っている。

遅いか?(笑)

2006/5/23

やりなおし教養講座  

著者:村上陽一郎
出版:NTT出版
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一年チョット前に読んだ本で、少し内容が気に掛かっていたので、読み直してみた。
「『教養』とはこういう本を読まないこと」
というのは「お約束」だが、面白いし、気付きにもなる本。

ここで取り上げているのは「知識」としての「教養」ではなく、人格形成の根幹となる、「自分自身で決めた、自分自身を律するルール」(作者はそれを「規矩」と言っている)としての「教養」だ。「倫理」に近いのかもしれないが、ニュアンス的にはそれ以上に「自分で決めた」という部分が強いと思う。
「自分自身のルール」なんて、何だか「ハードボイルド」だが(笑)、だからという訳ではないが、この考え方は僕にはシックリ来る。僕自身も「教養」と考えるとき、その根幹にはそういう「規矩」の必要性を感じている。
そうでなければ「個人」は暴走してしまうだろう。ただそれを「公」とするのには抵抗があり、その落としどころとして、本書で提示された「規矩」という考え方は相応しいような気がするのだ。

とは言え、本書の前半の語源解説みたいなノリや、「教養」の歴史、みたいな部分は、確かに参考にはなったが、タルかったけどね(笑)。作者自身の「規矩」形成の一環を担った「読書遍歴」なんかはかなり面白かったが。
一番面白いのは巻末の「教養のためのしてはならない百箇条」。
作者自身、「戯文」と言っており、真面目に取るものではないのだが、何かを「する」ではなく、(規矩に則り)何かを「しない」ことが「教養」だ、というのは、非常に納得できる。
ま、挙げられてる項目には賛否、色々あるけどね(笑)。
(年代的なものか、作者の「漫画」に対する評価は非常に厳しい…とかね)

2006/5/20

歌手デビュー  音楽

会社の同期に「矢延」というヤツがいた。
関西の出身で、付き合いもよく、仕事も出来るやつだったが、入社して2,3年目で転職。フジテレビに入社した。
まあ、それだけでも「良く入れたなぁ」と思っていたのだが、入社後はスポーツニュース番組のADになり、チョクチョク番組内で(明石家さんまにイジられるために)見かけるようになり、その後プロデューサーになったと聞いていた。

最近テレビを見ないので、動向には疎くなっていたのだが、なんとまあ、今度「歌手デビュー」したことが分かった(笑)。
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「やのべ副部長とチナッチャブル」で、曲名は「ハルハラリ」。
確かにカラオケは抜群に上手いヤツだったけど、まさかCDまで出すとは。

どうも現在は「スーパー競馬」のプロデューサーになっていて、番組内の企画で曲を出すことになったらしい。「チナッチャブル」というのは、お笑い芸人の「アンタッチャブル」と「若山千夏」のことで、当然コッチがメインなのだが、それにしても、ねぇ…。

CDを購入し(売り上げにも協力せんとね)、早速聴いてみたが、曲はまあいい感じじゃないかな?笑えたのは、みな「本職」ではないにせよ、歌唱力・声量ともに矢延が一番あること。いいのか、これで?(笑)

最近カラオケにはサッパリ行かないのだが、機会があったら歌ってやろうかな、と思っている。案外難しそうだけどね。

2006/5/18

シャーロック・ホームズの回想  

著者:コナン・ドイル  訳:日暮雅通
出版:光文社文庫
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著名なシャーロッキアンによる新訳全集の第二弾。
いやぁ、やっぱりホームズ面白いね。短編集だからボチボチ読んで行こうと思っていたのに、二日で読み終えてしまった。
相変わらず推理は大したことないし(笑)、ゴシックロマン調の余計な背景があったりする話もあるが、総じて雰囲気があって楽しめる。「古典」の風格十分だ。

本作の最後は、有名な「最後の事件」。宿敵モリアーティ教授(と言いながら、突然本編で登場するのだが。笑)と対決し、「一旦」ホームズが死んでしまう作品だ。
まあでもこれだけ盛り上げて死んでいるのに、「生還」するっちゅうのは…。
ホームズの短編は60編、従って半分以上は「生還後」になるから、ホームズファンとしては「生還」は有難い話なんだが、スッキリしないのは、まあ確かだね。
これで思い出すのは、「宇宙戦艦ヤマト」の沖田十三艦長。
「地球か…。何もかも、みな懐かしい…」
と感動的に死んでおきながら、「完結編」で、「誤診だった」と生還。
ホームズの末裔はここにいたわけです(笑)。
(ま、「コンドルのジョー」とか、他にも色々いるけどね)

2006/5/15

孔子伝  

著者:白川静
出版:中公文庫BIBLO
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「現在に至るまで最も衝撃的な孔子論」(呉智英「現代人の論語」)

と言うことで、購入したのだが…。
いやぁ、難しい(笑)。三分の一も理解できなかった気がする。

「周囲の友人たちに奨めてみても、感動するどころか、読み通すことさえできない”読書好き”たちばかりであった」(同書)

僕もコッチの方に近いね。

内容としては「孔子の生涯」「他の中国思想に与えた影響」「弟子たちの位置づけ」「論語の成立過程」等が実証的かつ論理的に記述されていて、「格言集」としてではなく「論語」を読むには重要な指摘がされているのは良く分かるんだけど。

理解を妨げる原因としては大きく二つある。一つは本書が「論語」や墨子、老子、荘子等の中国思想に対する一定程度の事前知識を前提にしていること。直前に「現代人の論語」を読んでいたので、孔子についてはかろうじて、だが、他はウッスーイ知識しか持っていないので、困惑する部分が随所に登場してしまう。
もう一つは、相も変わらず、「漢文の素養」。本書での引用文は、一応読み下し文にはなっているんだけど、現代語訳は殆ど付されておらず、推測しながらの読書になってしまう。まあ前後から類推は十分できるのだが、フラストレーションが溜まるのは間違いない。

それでもまあ、本書がかなり意欲的な「孔子像」を提示しているのは漠然とながら感じることができる。
孔子自身は神儀を司る層の出で、恐らくは庶子、身分はかなり賤しかったこと。思想的には「革命」を孕んでおり、自身の行動にもそれが表れていること。孔子の放浪生活は政治的なものであったこと。批判的であれ、後継であれ、孔子の影響は中国思想に強くあること。「論語」の成立は、諸子の思想と錯綜し、かなり複雑な様相を持っていること 等々。
一部は「現代人の論語」でも指摘されているが、実証的なバックボーンに立脚した本書の重みはかなりある。…と半ばの理解でもわかる(笑)。
まあもう少し勉強してから再読した方が、もっと面白く読めるだろうな。

ちょっと感動的だったのは「あとがき」と「解説」。
「あとがき」では作者が現代史(特に中国と共産主義)について触れ、それに対する思いと「孔子伝」の位置づけを簡潔に記しているが、これはなかなかのものだった。
「解説」で引用されている高橋和巳が描く大学紛争時の作者の姿と重ね合わせると、何かしら毅然としたものを感じることができて、強く揺さぶられるものを感じた。
まあ「漢文」がないからかもしれないけどネ(笑)。

2006/5/15

母の日  雑感

「母の日」に関しては、独身時代は全く縁のないイベントだったのだが、結婚して突然重要行事になった(笑)。僕の母、妻の母には妻が見繕ったプレゼントを毎年送っている。今年も妻が手配して、二人には喜んでもらったが、今年からはそれに加えて我が家での「母の日」イベントも行わねばならぬようになったようだ。

という訳で、昨日は家族で代官山に出かけた。「買い物」…ではなく、代官山にある整体の店で妻が整体を受け、その間、息子を僕一人で面倒をみるため、それが妻の「母の日」プレゼントの希望だったのだ。
整体の時間は1時間半。その間、息子と一緒に代官山の施設に付随した小さな公園で遊んだ。公園にある遊具は滑り台だけだが、息子にとってはそれで十分。殆どの時間を滑り台近辺ではしゃいで過ごしていた。

少し前に、やはり息子と二人で日比谷公園で過ごしたことがある。あのときはアッチャコッチャ引っ張りまわされてヘトヘトだったが、今回はそれに比べれば楽になった感じ。
片言ではあるが言葉を喋るようになり、何となく意思の疎通らしきものができるようになったのが大きいんだろうな。まあ、「やめろ」と言っても、やめはしないけどね(笑)。
助かったのは、やはり公園にいた5,6歳の少年が息子を気に入って、結構相手をしてくれたこと。飽きもせずに、滑り台を使って「かくれんぼ」をしてくれて、息子は大はしゃぎ。母親が迎えに来て、少年が公園から出て行ったときは、息子は「じゃあね、バイバイ」と片言でいいながらも、(何となく)寂しそうであった。

で、一時間半後に妻が登場。
「全身整体」+「小顔整体」+「ゲルマニュウム温浴」のセットコースだったらしいが、何となく顔が痩せたように見えるのが恐ろしい(笑)。すぐに戻っちゃうんだろうけどなぁ。
まあでも満足気であったから、いい「母の日」のプレゼントだったかな?

それにしても「母の日」ということになれば、息子から母への感謝の日であろう。
昨日の費用は僕もちで、ドップリ疲れたのも僕。
何となく釈然としないが、息子は将来「お返し」をしてくれるのだろうか?

2006/5/14

おんなのこ物語<全3巻>  コミック

著者:森脇真末味
出版:ハヤカワコミック文庫
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普段ハッキリと認識しているわけではないのだが、フとした拍子に、自分に深い影響を与えている作品に気付くことがある。
僕にとってコミックと言うのは、人格形成上、少なからぬ影響があったジャンルだが、例えば萩尾望都や大島弓子、手塚治虫なんかは影響の度合いもかなり自覚しているのだが、結構な作家に影響されながら、そのことを忘れちゃっていることも少なからずある。
この作品なんかもその一つ。

最近、オンラインショップを使ってばかりいるので、本屋に行く機会がメッキリ減ってしまっているのだが、数日前、時間が出来て久しぶりに本屋を覗いたとき、この作品が文庫化されているのを知り、購入してしまった。
この作品はコミックのほか、愛蔵版も買っていたのだが、いずれも手放してしまっているので、読むのは5年以上ぶりくらいになる。

読んで気付いたのは、思った以上にこの作品の影響を受けていること。まあ言葉にしづらいものだけど、例えば「バンド」というものに対する考え方には「ステッカー」(懐かしい!)の影響が見て取れて、ちょっとコッ恥ずかしい感じがした(笑)。
でも70年代のバンドの話なのに、思った以上に古臭くなっていないのには驚いた。仲尾のファッションはさすがに「苦笑」だが、まあコレは仕方ないだろう。

ちなみに本作には番外編の「金子シリーズ」が収録されている。
この作者、同じ登場人物を使いまわすのに、シリーズによってキャラが変わってしまうのは有名な話。本作の「八角」と「仲尾」も、「緑茶夢」とは別人だモンな。
で、この「金子」も本編とは随分と雰囲気の違ったキャラクターになっている(「八角」「仲尾」ほどじゃないけど)。でもこれがナカナカいいんだよね。
こっちも久しぶりに読んだんだけど、「ボケ」も少し入っていて、キャラクターとしては好感が持てる仕上がり。善人一直線の八角なんかよりは、仲尾やこの金子なんかの方がいいな、と思った次第。
ま、「同性愛」はどもならんが(笑)。

2006/5/10

現代人の論語  

著者:呉智英
出版:文藝春秋
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「呉智英」の作品は「大衆食堂の人々」辺りから読んでいるから、知ったのはかなり昔になる。言ってることに納得できるところはあるし、刺激的でもあったから、もっと読んでいてもいいと思うのだが、案外読んでいない。
まあ、ちょっと気難しい風があるし、教養を鼻にかけるようなところも覗えて、あまりお付き合いはしたくないな、と思ったと言うことだろう(笑)。

本作を初めて読んだのは2年前、随分久しぶりの「呉智英」作品だった。
何かの書評で好意的に評されていたのが読むキッカケだったと思うが、かなり感銘を受けた覚えがある。呉智英のスタイルが、古典を注釈するのに存外あっている感じがした。
今回、読み直す気になったのも、当時の好感が僕の中に残っていたからだ。

さて再読の結果だが、前より面白く読めた。子路の死と孔子の死について記述したところなんか、何とはなく感動さえ覚えてしまった。

「膾切りに刻まれた子路の屍体は塩漬けにされた。敵に辱めを与えるためである。これを聞いた孔子は、家にあった一切の塩漬肉を捨てさせた。六十九歳で息子の鯉に先立たれ、七十一歳で顔回を亡くした孔子は、七十三歳で子路を失い、翌年七十四歳で世を去る。」

淡々とした文章だが、哀切感がある。…と思うのは、歳のせい?(笑)

前回はあまり思わなかった子路と孔子の物語に興味を覚え、本書を読了後、中島敦の「弟子」を手にした。
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「中島敦」と言えば「山月記」を中学か高校の時に読んだ覚えがあるが、正直言えば「かったるい」という印象(笑)。「弟子」は短い作品なので、多分耐えられるだろうと思って読み出したのだが、…これが面白かったんだよねぇ。
まあ確かにこの面白さは10代じゃ難しいかもしれない。33歳で死んだ作者の作品だけど、ある種の「老成」を読むものに要求する気がするのは、題材のせいかな?(他の作品も読んでみないと、ここら辺は断言できない)

何にせよ、こうして昔読んだ作品を新鮮な気持ちで読めると言うのは嬉しいことだし、歳をとるのも悪くないと思える一事ではある。



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