2006/3/31

「とーさん」  雑感

「とーさん」
昨晩、初めて息子が僕にそう言った。
風呂上り、息子を入れていた妻から息子を預かるときに、僕の顔を見て息子が言ったのだ。

いやぁ、嬉しかったなぁ。何だかうろたえる様な嬉しさだった(笑)。

もともと子供に親のことをどう呼ばせるかは、考えどころだった。
妻は両親を「パパ」「ママ」と呼んでいるし、僕の方は「お父さん」「お母さん」(時として「親父」「お袋」)だ。お互い「こだわり」のようなものはないのだが、それでも「慣れ」というものはある。
僕としては
「娘だったら『パパ』もありだけど、息子に『パパ』って呼ばれるのは、ちょっと恥ずかしいな」
という気持ちがあり、結局はこの線で、息子には「お父さん」「お母さん」で行こうということになった。
「『パパ』『ママ』の方が喋るのは早いんだろうけどなぁ」
と思いつつの決断だった。

結局、「ゾウ」「アンパン」「ゴードン」「バーバパパ」等々に出し抜かれ(笑)、ようやく今になっての「とーさん」。
本当は「呼びかけ」と言うよりも、絵本の「象」を見て「ゾウ」と指摘するのと同じニュアンスでの「とーさん」なので、コミュニケーションには今一歩なのだが、まあいい。その日も遠くはないだろうからね。

ちなみに「かーさん」はまだである。(小さくは言っているようなのだが、妻に面と向かってはナカナカ言わない)
相当お世話になってるのに、それはどうかと思うぞ。息子よ。

2006/3/30

びっくり館の殺人  

著者:綾辻行人
出版:講談社
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「十角館の殺人」での綾辻行人のデビューが1987年。新本格派のブームはこれ以降ということになるが、そのころこの手のジャンルでの僕の興味はハードボイルド小説や冒険小説に移ってしまっていたので、綾辻作品をはじめ、新本格派の作品を手に取る機会はあまりなかった。特にブームの「火付け役」であり、世評の高い「館シリーズ」を読んだのは、30代後半、つい最近のことだ。

「綾辻行人ももう『巨匠』みたいになっちゃったし、最近の作家への影響なんかを考えると、読んどいた方がいいわなぁ」
というノリで「十角館の殺人」を読み始め、「一気」とまでは行かないが、長くない期間で「暗黒館の殺人」までを読了した。
従って「館シリーズ」、それなりに面白くはあった。面白くはあったのだが、
「これで『本格』と言っていいのかなぁ」
というのが正直な感想である。特に「暗黒館」については、
「引っ張りに引っ張って、コレかよ!」(笑)

もともと綾辻行人自身がホラー映画ファンであり、作品としてもホラー系の作品を多く書いている。「館シリーズ」は勿論「殺人事件」を扱う本格推理の範疇に入るシリーズなのだが、もともと「本格推理」にはホラー的な色彩を纏いやすい傾向があるのは確かだ(乱歩や金田一耕助を見よ)。ただ「暗黒館」あたりになると、「本格」としての枠組みよりも、「ホラー」としての要素が強く出てきているように思えるのだ。
まあ「面白ければいい」んではあるが、それでも何だかなぁ・・・。

本作についても「暗黒館」同様、「本格」の枠組みを維持しつつも、「ホラー」の要素を強く出した作品だと思う。従って感想の方も、
「面白いんだけど、何だかなぁ・・・」(笑)。
ラストのホラーっぽいオチは結構気に入っているので、むしろ中途半端に「推理小説」なんかにせずに、「ホラー」で突っ走った方が個人的にはシックリしたかもしれない。(それだと「館シリーズ」にはならんけどね。笑)

本作は子供向けのエンターテイメント小説を当代の人気作家たちが書き下ろす「ミステリーランド」の一作だが、このシリーズはナカナカ骨がある作品が多くて面白い。あからさまな「子供向け」じゃない作品が多いのだが、まあ「子供」は思っている以上に「子供向け」の作品が嫌いだから(僕もそうだった)、この水準は存外正しいんじゃないかと思っている。
問題は少し高い(本作は「2,100円」(税込み))ことかな(笑)。装丁は立派だし、いい趣味してるんだけどね。
「お父さんに買ってもらうか、図書館でよんでね」
ってことか?
それとも最近のガキはこれくらいのお小遣いは持ってんのかな?

2006/3/29

紙魚家崩壊  

「紙魚家崩壊 九つの謎」

著者:北村薫
出版:講談社
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「北村薫」は現代日本のエンターテイメント作家としては「宮部みゆき」と並ぶ「物語上手」だと思う。「寡作」だと思っていたが、気がつくと結構な作品数を発表している。アンソロジーまで含めると、むしろ仕事量の多い作家と位置づけて良い位かもしれない。(アンソロジーとしては最近文庫化された「詩歌の待ち伏せ」なんか、毛色が変わっていながら、かなり面白かった)
(アンソロジーも含め)どの作品も高い水準を維持しているので、僕としては「安全パイ」として重宝させてもらっている作家といえる。元教師という経歴のせいか、時に「お勉強」的な雰囲気も感じられるが(笑。「六の宮の姫君」なんか典型)、それすらも丁度いい塩梅に調理してあって、(読む人によって好き嫌いはあるだろうが)僕は「お気に入り」である。

本作には9編の短編が収められている。
北村薫おなじみの「日常ミステリ」が3編(内1編は「円紫シリーズ」の外伝)、ホラーが1編、本格もののパロディが3編、非ミステリー系小説が2編という構成。どれも「読ませる」作品に仕上がっている。
中でも、個人的には円紫外伝になる「白い朝」と、「お勉強」色のある「新釈おとぎばなし」が面白かった。特に「新釈おとぎばなし」の方は、この路線でシリーズ化する目もあるんじゃないかと思う。(書く方は大変だろうが)

まあでも「北村薫」に期待するのは、やっぱり「円紫」シリーズの新作かなぁ。登場人物が少しずつ成長する構成となっているので、どうしても「続き」が気になってしまうのだ。
作者自身、読者のそういう期待は分かってるだろうけど、多分「ありきたりな日常ミステリで書き続けるのはツマラナイ」と思って趣向に苦慮しているのじゃないかと想像する。
そんなに凝ったものじゃなくても・・・というのは読者の我儘なんだろうね。

2006/3/28

藤野美奈子のおとこ教室  コミック

著者:藤野美奈子
出版:メディアファクトリー
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先週土曜日の朝日新聞のコミック紹介欄に出ていた作品。
ちょっと面白そうだったので、帰りに買って電車の中で読んだのだが、「まあ面白いけどね」程度の感想。特段、このBlogにもアップするつもりもなかった。

ところが妻にはバカウケ。
涙流して大喜び。
(引いちゃうくらい受けてるんだよなぁ、ホントに)

う〜ん、やっぱり女性の立場から見た「男の生態(?)」だからか?
この妻の反応に、男と女のツボの違いを垣間見ている。

2006/3/28

99.9%は仮説  

「99.9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方」

著者:竹内薫
出版:光文社新書
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仰々しい題名だが、中身はかなりマトモ。
「科学理論の全ては『仮説』であり、従って(絶対的なものではなく)相対的なものである。ある『仮説』が別の『仮説』に取って代わられることもあり(「天動説」と「地動説」のように)、そのとき『仮説』に立脚していた考え方・思想等が180度変わってしまうこともある」
まあ、科学理論をベースにした「バカの壁」みたいなものかな(笑)。(そういう意味では副題の方が内容には即している)

「飛行機が飛ぶ科学的理論は確立していない」
「冥王星は『惑星』ではないかもしれない」
なんてのは、ネタとして結構面白いし、「ロボトミー」やアインシュタイン理論なんかを巡る評価の紆余曲折も、「物理、化学はサッパリ」の僕でも楽しく読むことができた。
ものすごくまとめてしまうと、「一定程度の相対主義は科学的思考の根幹であり、合理的態度である」ということなんだろうが、この点には異論はないしね。

最近は「新書ブーム」と言われていて、それこそ数え切れない新書が出版されているが、こういう科学的な話題を簡単に披露してくれる作品は、「科学オンチ」の僕には有難い。
勿論、新書だと分量は限られるし、対象とする読者層(専門家ではない)を考えると、内容的にもかなり噛み砕いたものにしなければならないから、最新理論の全容が伝わる訳じゃないし、「決め付け」のようなものも入り込んでしまい、そこにある種の「危うさ」も感じられることは勿論だ。
でもそれを承知した上でも、「啓蒙活動」としてのこういう本の出版は必要じゃないかな。ただでさえ「マネーゲームにウツツをぬかす輩」が上等な人間だと誤解されるような風潮もあるんだから。

かつて少年向け科学雑誌に熱中した自分としては、やっぱり「科学」に期待したいところはあるからね。

2006/3/27

ドリームバスター3  

著者:宮部みゆき
出版:徳間書店
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「宮部みゆき」の新作。
いやぁ、毎度読むたびに思うんだけど、宮部みゆきは上手いネェ。本作なんか、ちょっとSF色が強くて、決して万人受けする話じゃないと思うのに、スラスラと読めてしまった。
まあ「SF・ファンタジー・アクション」みたいな(どんなじゃ!?笑)ジャンルの作品だから、「模倣犯」や「理由」みたいな「重さ」は軽減されているけど、それでも「幼児虐待」や「集団自殺」や「精神異常者」みたいな題材が織り込まれていて、決してノー天気なノリではないんだけどね。
「模倣犯」「理由」のような「どシリアス」ものでも「読ませてしまう」宮部みゆきの腕を持ってすれば、簡単なことかもしれんが。

本作はシリーズ3作目だし、話自体は次巻に繋がっているので、この段階で「感想」というのはチョット難しい。
「最初に出てきた赤いドレスの女は、やっぱりローズなんだろうなぁ」
「タカシは出てくるのかね」
「ヒロムという少年はナカナカいいキャラだけど、何となく「宮部みゆき」のパターンとして、哀れで健気な運命が待ち受けているような(そうじゃなきゃいいけど)」
などなど、まとまらない疑問・感想が飛び交うばかり。
2作目から間が3年もあいているけど、是非とも4作目はもう少し早く出して欲しいものだ。

さて本書の装画は「山田章博」。
最近はスッカリ、ファンタジー系のイラストレーターとして地位を確立してしまい、ライトノベルから本格SFまで、イラストを描きまくっている感がある。
本書の「ドリームバスター」の雰囲気なんかも良く出ているから、それはそれでいいんだけど、こうなると何だか初期の頃の画風が懐かしく思い出される。かつてT君に教えてもらった「人魚変生」あたりなんかね。
そう言えば、一時期全集が出版されかけてたことがあったけど、あれの続きはどうなったのかなぁ?

2006/3/26

2時間の天国と地獄  雑感

今週末は父が仕事がらみで上京したついでに土曜日、我が家に宿泊した。また土曜日には妻の広島の友人が上京してきて、妻と昼食をとるというイベントもあった。

と言う訳で、妻が友人と待ち合わせした「表参道ヒルズ」(凄い人出だったが)に妻を下ろしてから、父と待ち合わせした帝国ホテルロビーに行くまでの3時間ほどは、息子と二人きりで過ごすことになった。
家で二人で「留守番」というのは最近結構あるのだが、外でこれだけの時間、二人で過ごすと言うのは、初めての経験だ。まあ妻を車から降ろしたときには息子は昼寝しており、それから1時間ほどは寝ていたので、実質二人で過ごしたのは2時間程度なのだが、いやナカナカ「味のある」2時間だった(笑)。

一応、こちらもそれなりの「作戦」は練っており、眠る息子を連れて行ったのは「日比谷公園」。ここなら地下駐車場があるし、公園内も広いので、走り回らせるにはもってこいと考えたわけだ。
地下駐車場に入って、10分後ほどで息子起床。
母親がいないことにグズりそうな気配を見せたので、ソッコー車から連れ出し、公園に向かう。
ラッキーだったのは、駐車場を出たところで警察のイベントをやっていたこと。公園内に並ぶ白バイとパトカーに泣きかけていた息子の機嫌はケロッと直る。会場には騎馬警官もいて、「こわい、こわい」と言いながら、女子高生みたいに息子は馬の姿を追いかけていた。
警察といえば、普段は何となく「あっち側」という認識なのだが、この日は本当に助かった。まだ来客が少ないので、結構丁寧に息子の相手をしてくれる制服姿のむっさいオッサンたちに感謝、感謝である。

とは言え、息子の集中力には限度がある。
何とかここで30分弱は踏ん張ったのだが、やがて馬にもパトカーにも飽きてしまい、勝手に公園の奥に走り始める。
そろそろ弁当を食べさせなければ、とも思っていたので、僕も息子について、日比谷公園の奥にある遊戯施設のある子供公園へ…。

結局、ここで残りの1時間半を過ぎしたのが、これがまあ何とも…。
走り回る息子の後を、弁当を掲げ、フォークに刺した玉子焼きを振り回しながら追いかける姿は、知り合いには見せたくないものだ。
1歳児でも遊べる遊具があって、息子はかなり楽しんだと思うが、僕の方はこの1時間半で精根尽き果てた感じだった。いや言うこと聞かないし、廻りを見ずに走り回るし、他の子が遊んでいるのに突入していくし…。
毎日、妻はコレをやってるんだろうが、いや良くやってるわ。今更ながら感心し、感謝の気持ちが湧いてくる。

帝国ホテルに父が現れたのは30分遅れで2時半頃。同じ頃に妻も友人と別れてロビーにやってきた。
日比谷公園からロビーに移って30分。
奇声を上げながら走り回り、抱きかかえると脱走を図って、無茶苦茶身体を捩り、暴力を振るう息子の相手で、僕は確実に10歳くらいは歳を取った(笑)。

元気なのはいいし、こうやって息子とコミュニケーションをとるのは楽しいことだ。
でもまあ「限度はあるなぁ」と、父に買ってもらった沢山の玩具を振り回してご満悦の息子を見ながら、僕はこっそり心の中で呟いている。

2006/3/24

編集長を出せ!  

「編集長を出せ! 『噂の真相』クレーム対応の舞台裏」

著者:岡留安則
出版:ソフトバンク新書
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管理職になって、担当者のときと一番違うなと感じるのは、苦情処理が多くなることだ。
苦情の内容はシリアスなものから(当方にとっては)些細なものまで千差万別だが、それらの処理に関わる精神的な負担感はどれも大きい。初期対応の誤りが決定的な意味を持つこともあり、一件処理するたびに、グッタリしてしまうことも多い。
「果たして苦情処理とはどうあるべきか」
その疑問の答えを求めて本書を手に取り…というわけでは全くなく(笑)、紹介される個々のトラブルがどれも面白そうで、野次馬根性から購入した。

前作(「『噂の真相』25年戦記」)に比べて、本書では作家相手のアレコレが多く取り上げられていて、前作以上に僕にとっては面白かった。
前作&本作を読んで、(僕の中で)大きく株を下げたのは「本多勝一」(これは酷い)、「猪瀬直樹」、「小林よしのり」。逆に株を上げたのは「川島なおみ」かな。
本作では「山田詠美」「林眞理子」あたりの醜態はちょっと意外な感じ。スキャンダルを気にする風には思えないのだが・・・。

別に格好つける訳じゃないが、僕自身はあまりスキャンダル暴露を楽しむ趣味はない(「全く」とは言えないが。それならこんな本は買わんわな。笑)。どちらかと言えば、苦々しく思う傾向の方が強い。
ただ作家に関しては、その作品の位置づけを考える上において、作家の人間性を無視するのはおかしいと思うし、権力を握る存在(政治家、マスコミ等)についてはスキャンダルは情報開示されるべきであるとも考えている(非難されるべきか否かは別問題)。
そういう点では、岡留氏のジャーナリズムとしての姿勢は支持できるし、かなり真っ当に思える。勿論、個々の局面では意見が分かれることはあるだろうが、一本筋が通っていることは確かだ。

むしろ「噂の真相」以降、こういう立場から権力者のスキャンダルに対峙する存在が見当たらないことの方が問題だな。特に「マスコミ」に対する批判の点でそのことを痛感する。
「マスコミの暴走」も問題だが、内部から批判する動きがないことで、結局は「権力」による規制を求める向きが出てくる、という動きになってしまうことが怖い。ある意味ではそれを「ネット」が担っているんだろうけど、そこには「筋」はないからねぇ・・・。

「引退」と言いながら、岡留氏がスッパリ足を洗えずにいるのも、そういうことなんじゃないかな、と思ったりもする。

2006/3/23

羊をめぐる冒険  

著者:村上春樹
出版:講談社
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「村上春樹」はかつて僕にとって「特別な作家」だった。
今ではその意味合いは薄れてしまったが、それでも新刊が出れば必ず読む現代作家だし、旧作を読み返す機械も格段に多い作家でもある。

多分、「村上春樹」が僕にとって特別だったのは、彼の作品を「青春小説」の枠組みで捉えていたからだろう(あまり意識的ではなかったが)。そういう意味では、僕がその作品に対するスタンスを変えたのは「ねじまき鳥クロニクル」からだし、あの作品は「村上春樹」が個人的な意味合いの強い「青春小説」という枠組みから抜け出した作品だと思う。(「海辺のカフカ」は「青春小説」的な気配が強いけどね。ただ「個人的」ではなくなってきてる。)
まあ、いつまでも「青春」を引きずってる訳にはいかないからね。むしろ村上春樹は普通よりもかなり長い間、そういう作品を書き続けていた作家だと言えるんじゃないだろうか(何が「普通」かは規定しづらいけどさ)。そのことの「良し悪し」はわかんないけど。
(同じように、宮本輝について、「上手い」と文句なく思いながらも、どことなくのめり込む気になれないのは、彼の青春小説「青が散る」があまりにも僕の心を捉えたからだと思う。何だか理不尽な話ではあるが)

今回読んで、今までと違った風に感じたのは、主人公がちょっと「嫌なやつ」に思えたこと。共同経営者である「友人」や、元「妻」や、「ガールフレンド」たちに対するこの主人公のある種の「鈍さ」みたいなものが、ちょっと気に障った。言い換えれば、あまり感情移入できなかったということだね、主人公に対して。(そして感情移入しなくても、十分に本作は面白く読むことができた。その分、「若書き」とでも言うような部分が感じられたというのもある)
何か「黒い服の男」の方が身近な感じがしちゃったよ(笑)。愈々、僕も社会に組み込まれてるってことかなぁ。

あと「現代はますます「羊」後の世界になってるなぁ」という漠然とした気分。
そういう観点からは「村上春樹」の作品は「現代的」であり、「現実的」でさえあるのかもしれない。ここら辺は「青春小説」の枠組みでは捉えきれない部分かね。

変わらないのは、自分自身のジェイのバーを見つけたいという願いですな(笑)。

…などと、グダグダ書いておったら、ネットで「村上春樹、カフカ賞受賞」とのニュースが流れた。なんでもこの賞は「ノーベル文学賞」に一番近い賞らしい。
う〜ん、真偽はともかく、「村上春樹」という作家は、もうそういうレベルで語られる作家になってるらしい。
ピンとこないなぁ。

2006/3/22

赤ちゃん教育  

著者:野崎歓
出版:青土社
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「僕なども息子の最新ポートレイトを人に披露する際、しばしばその反応のあまりの鈍さに愕然とさせられるのだ。(中略)口をきわめて讃美してもらって当然と思って示した写真を、さしたる感激の言葉もなしに、それどころかむしろつまらなそうな表情で機械的に眺められたりする場合が多く、本当に驚いてしまう。きのうも散歩中、女子中学生たちに口々に「超かわいい」と賞賛されたのだから、うちの幼児が並外れた魅力を放っていることにまちがいはないとはいえ、しかしひょっとしたら自分もまた単なる親馬鹿の一員なのかもしれないと懐疑もきざすのだ(ほんの一瞬ではあるけれど)。」

いやぁ、自分(と息子)のことかと思った(笑)。

本書は、妻が定期購読している雑誌「母の友」で紹介されていて、「面白そうだな」と思って購入した。子供を授かる前から、男の側から見た「子育てモノ」は結構好きだったし(椎名誠の「岳物語」とか、ボブ・グリーンの「父親日記」とか)、内容的に「2歳の男の子」辺りの話なので、わが身と比較してみる気分もあって読んでみた次第。

作者が東大文学部助教授ということもあって、「プルースト」「マラルメ」「ジャン・ジュネ」なんかの名前が飛び交って、ちょっとした文学論も語られたりするから、当初思っていたよりは「お堅い」イメージがあるが、それにしても結局は「親バカ」(笑)。勿論、自分自身をシニカルに眺める部分もあるのだが、全体としては「しょーがねぇなぁ」(苦笑)ってな感じだ。
しかしその苦笑は僕自身にも向けられている。冒頭の引用だけじゃなくて、随所にわが身を振り替えさせられる話が続発する。時には話の中の子供(作者の息子)と自分の息子を比較して、優越感に浸ったり、嫉妬したり、軽蔑したり、焦ったり…いやはや読む方も相当な「親バカ」だ。

結婚する前、僕は自分のことは「子供嫌い」だと思っていた。何故か「ガキ受け」はしていたのだが、
「まあ、所詮はガキ。大人の内面まで見た判断はできないんだよな」
などと思っていた。
自分の子供ができて、「判断誤り」していたのはコッチの方だと気づかされた。僕に纏わりついてたガキたちよ、君たちは正しかった(笑)。

ちなみに本書で機関車トーマスで人気があるのは「ゴードン」だと指摘されている。
「クランキー」から始まり、現在の息子のお気に入りのトップは「ゴードン」(最近「ゴー」から「ゴードン」と言える様になった)であるが、これは一般的傾向ということらしい。ちょっと面白くない気分もある(笑)。
最近は急速に「ディーゼル10」の人気が上昇中。どうも悪役らしいんだけど、コレは僕もなかなかイイかなぁなどと思っている。
絵本もDVDも(殆ど)見てないのに、何が息子を(そして僕を)惹きつけるのか?
あるいは僕も「電車段階」(本書で提唱される赤ちゃんの自我形成段階の一つ。ほぼ男児の幼児のみに見られる)に入っているのかもしれない・・・。



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