2005/11/29

水曜の朝、午前三時  

著者:蓮見圭一
出版:新潮文庫
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「恋愛小説」なんだけど、「恋愛」以外のところの方が気になり、読後感にも強く残っている。

万博の時代風景、病院のがんに侵された子供たち、自らの死期、差別、唐突な「死」…

何だか「恋愛」の部分はそれらを引き出すための舞台装置のような気がするし、案外作者自身もそんな風に考えているのかもしれない。少なくとも、「死」と「差別」は本書の中では重低音として常にストーリーを支えつつ、読者に対して提示されている。
その意味は決して軽くない。

まあ作品としても良く出来ていると思う。
プロローグとエピローグで「現在」の「僕」が出てきて、本編となる「死んだ女性のモノローグ」を挟むという構成で、モノローグそのものの押し付けがましさが緩和されているし、ある種相対化もしている。ここら辺は「腕」かな。
「あっさりしすぎている」と思う人もいるかもしれないが、ラストも結構僕は好きだ。
「ここまで想ってるんなら、もう一歩踏み込んでも良かったんじゃ…」
とも思うけどね(笑)。

それにしても、この題名で思ったこと。
アート・ガーファンクルは立ち直れるのだろうか?

2005/11/29

ヤンチャが大人になって…  音楽

ジャズボーカルが最近益々好きになっている。
男性ならシナトラ、ナット・キング・コール、メル・トーメ、サッチモ…。
女性ボーカルだと、ジュリー・ロンドン、アニタ・オディ、ドリス・ディ、ビリィ・ホリディ、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド…。
(勿論、綾戸智絵なんかもいい)

スタンダードをジャズヴォーカルで聴くと、何となく「大人の余裕」みたいな気分が出てきて落ち着くから、寝る前のひと時を一緒に過ごすことが多い。(これでブランデーグラスなんか傾けた日にゃ…)
勿論、ビリ・ホリディのように、その裏側に真摯なものがヒシヒシと感じられるものも多いのだが、それすらも時代の流れを経ると、センチメンタリズムに侵食されているのかもしれない。

最近の作品ではロッド・スチュアートの「グレート・アメリカン・ソングブック」シリーズを良く聴いている。
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シナトラのような安定感には欠けるかもしれないが、醸し出すセクシィさではナカナカいいとこ行っている。まあ、何てったって「Da ya Think I'm Sexy?」だから(笑)。

しかし敢えて言えば、「vol.4」ってぇのはどうかね。
1作、2作なら「お遊び」とも言えるんだけど、ここまで来ると「本気(鞍替え)」もしくは「商売」という感じになってくる。実際売れているらしいから、コマーシャル・ベースには完全に乗ってるだろうしね。

しかし「ロッド・スチュアート」!
何となく「ロック小僧」でいて欲しい気がするんだよね。まあ昔からバラードが良かったし、年齢のとり方としては悪くないのかもしれないけど…。

こういうのって、「安住」って感じがするんだけど、それでいいの?
などと、「Cheek to Cheek」を聴きながら、呟いております。



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