2005/10/31

ウェルカ〜ム上海♪  音楽

ここのところi-Podを愛用している。
今、2,500曲くらい入っていて、これを主にシャッフル機能で聴いているのだが、突拍子もないつながり(サザンービル・エバンスープリンスー美空ひばり とか)があったりして、退屈しない。
まあ音質的には問題あるんだろうけど、そこまでイイ耳してないしねぇ。日常使用には個人的には十分です。

加えて最近はiTunes Music Storeもよく使っている。もう少し曲の充実は待たなきゃいけないが、それでも時折、忘れていた懐かしい曲やアルバムが目に入って、面白がって購入したりしている。
原則「1曲150円、アルバム1,500円」という価格設定が絶妙なんだよね。「高くないじゃん」などと思いつつ、5,000円くらいはすぐに使ってしまうのがAppleの思う壺。
でも止められないのよ。

少し前は「加藤和彦」だったのだが、昨日見つけたのが「上海バンスキング(by吉田日出子)」!
早速、購入しました。
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残業疲れで、トボトボと独り帰る夜道、ヘッドフォンから流れてくる気だるくも陽気な(笑)吉田日出子の唄声は、ささくれ立った四十男の心をやさしく癒してくれました。

20年ぶりくらいかな…。
思えば遠くに来たもんだ。

2005/10/30

こまった人  

著者:養老孟司
出版:中公新書
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今日は休日出勤。
まあウンザリすることではあるが、通勤に片道1時間掛かるので、本を読むのには悪くない。結婚して子供も生まれ、読書量が減るかな、とも思ったのだが、この通勤時間のおかげで「激減」とまでは行かずに済んでいる。本作もこの休日出勤の通勤時間で読み上げることができた。
映画の方はサッパリだけどね。

「養老孟司」と言えば「バカの壁」。
何であの本があんなに売れたのか、本人も分かってないのだから判然としないのも当然だが、「当たり前のこと」というのが分かりにくくなってるのかな、という気もする。題名の良さというのもあるけど、まさかそれだけではあるまい。
あまり文章が上手いとは思えなかった(聞き書きらしいが)が、内容的には常識の線で理解しやすいものだった気がする。

本作は作者が時事問題についてコメントした一冊で、「まともな人」に続く作品。
相変わらず文章は上手いと思えないが、やはり視点は常識的な線なんじゃないかと思う。勿論個々の事象については異論もあるが、いずれも理解し難い「壁」を感じるものではない。同じ文脈を共有できる範疇にはあるかな、とは思える内容だ。(完全なる共感などありえないのは当然のこととして)

そういう意味では「改めて読まなくても」という感じか(笑)。
ただまあ、色々と物事が動いている気配がある中で、個々の事象をどのように評価するかについて他人がどう考えているかを抑えておくことは決して無駄ではない気がする。
テロ、イラク派遣、靖国問題、憲法改正…
これらの出来事を如何にとらえ、自分の意見を築くかというのは、重要な作業だと思うのだが。
かつて「心情サヨク」であった僕は、自身の保守化をこの10年ほど痛感しているが、その変化も考えながら本書を読み、結構楽しませてもらった。

ちなみに先日の自民党の改憲案。
僕は「妥当」と思ったけど、20年前なら「論外」と断じてたところだね。
それを「成長」と言えるかどうかは、何とも言えませんが。


2005/10/29

熊から王へ カイエ・ソバージュU  

著者:中沢新一
出版:講談社選書メチエ
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僕が大学に入った頃はニュー・アカの全盛期で、その中で中沢新一の「チベットのモーツァルト」は必読本として確固たる地位を確立していた。
取りあえず「学問」をしてみたいという気分だけはあったので、早速読んでみたものの、「よく分からんなぁ」というのが正直なところ。でもって、「学問」への意欲が減退するとともに、中沢新一との付き合いも、順当にフェィドアウトしたわけである。

それが何で今更、というと、直接のキッカケは「ほぼ日刊イトイ新聞」に中沢新一が登場したこと。最近、「もう少し自分を広げるような読書もタマにはせんとなぁ」と思っていたので、若かりし日々への郷愁とともに、このシリーズに手を出す気になったのである。(「浅田彰」に行かないあたりは、「成長したかな」と思うのだが)

とは言え、「よう分からん」という感想は、実は今回も同様である(笑)。ただ、講義を本にしただけあって、語り口は取っ付き易く、色々な具体的題材も盛り込まれているので、退屈せずに読めるのは有難い。
本作には、「国家の誕生」を、神話的世界との対比の中からあぶり出し、現在の世界(=「国家」が覆う世界)が直面する危機(テロや狂牛病等)を乗り越える「知恵」を探ろうとする試みが(多分)記されているが、その実効性はともかく、大筋のラインはぼんやりと頭に入った気がする。
しかしそれを批評するだけの知識も見識も僕にはないし、体系的に自分の中に取り込み、位置づけることも全く出来ていない。従って本書を読んだことが、どう自分の中に活きてくるのかも「よう分からん」わけだ。

まあでも何か価値のある「講義」を聴いたような気分にはさせてもらった。それだけでも続きのシリーズを読む価値はあるんじゃないか、と自分を鼓舞しております。(いつになるかは不明だが)

2005/10/28

アンニパンニ  雑感

最近息子のお気に入りは、「アンニパンニ」の絵本。
僕が帰宅してから息子が寝るまでの30分ほどの間に、3回も読まされてしまった。
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絵が綺麗で、いい絵本だと思うけど、このサイクルで読むのはつらいよ!
多分、ストーリーなんか分かってないだろうしさぁ…。

2005/10/26

接待の日  雑感

今日は接待で銀座の「卯波」へ。
まあ接待といっても面子は気楽な面々だったので、格式ばった雰囲気ではないけどね。
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「卯波」は部長ご推薦の店で、僕はお初。俳人の故・鈴木真砂女がやっていた店らしいが(今は孫の方が経営)、銀座一丁目に突然下町っぽい雰囲気が現れる一角にあり、なかなか美味しいお惣菜を頂戴することができた。
値段的にもいい感じじゃないかな。

帰りに貰ったマッチに真砂女の句が。

朝顔や
すでにきのふと
なりしこと

…。
詩心のない自分を再認識させられた。



帰りに銀座の駅横の本屋で西原理恵子の「営業ものがたり」を買う。
収録されている「うつくしいのはら」を地下鉄の中で読み、しみじみシミジミとする。
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いや、これを書いたらいかんと思うんだけどなぁ、西原さん。
ましてや帯に「生涯の最高傑作」ってぇのは…。

アルコールはひとを涙脆くします。

2005/10/25

落語名人会 夢の勢揃い  

著者:京須偕充
出版:文春新書
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落語を一番聴いたのは大学時代だと思う。
年に2,3回は紀伊国屋ホールに行ったし(「小さん」目当てだったなぁ)、廉価版のカセットなどで志ん生を良く聞いていた。
福岡勤務の時は車での移動が多かったので、やはりカセットで志ん生や志ん朝、円生なんかを聞いたりもしていた。
今でもCDは志ん生、志ん朝、円生あたりをそれぞれ十枚以上持っている。(最近は時間がなくてナカナカ聞けないけどね)
まあでもその程度だし、自分自身、決して落語ファンだとは思っていない。

それでも落語関係の本は結構好きで、志ん生の自伝や伝記を始め、聞き書きや伝記、落語の採録本などをポツポツ思いついたように読んでいる。ま、この本もそんな風に、手にとって読んだものだ。

僕自身は今の時代はいい時代で、この時代に日本に生まれたことはラッキーだと思っている。まあそう思うしかないというのもあるが(笑)、少なくとも南方で餓死して戦死扱いされるような羽目にはなりそうにない点は喜んでいいのじゃないかね。
確かに色々不満はあるけど、それはこれから改めていけばいい、少なくともその可能性はあるだけマシだ、と常々思っている。(楽天家?ま、そうかも)

まあそれでも時々、今の世間が嫌になっちゃうときもある。満員電車で化粧してる女子高生(もしかしたら中学生?)を見た時なんかにね。そういう時に架空の世界である落語の世界で遊んでみたり、今は亡き名人たちを懐古する文章を読みたくなるのかもしれない。
居心地いいから、あの世界は。
ただあまりはまり過ぎると実世界に戻れないような気もして、注意が必要。実際、大学時代の一時期、知らぬ間に口調が江戸弁風になっていて自己嫌悪に陥った時期もあった。(これは落語だけじゃなく、鬼平を読みすぎたせいもある。笑)

本作は作者自身の経験談を綴ったものなので、落語や名人たちを概覧するというのには向いていない。ただ実経験だけに確固たる何かが感じられるのは悪くない。円生や志ん朝の話というのは良く聞くが、小三治のエピソードはちょっと珍しいかな。
読み終えて、今は少しいい気分だ。

今夜辺り、久しぶりに志ん朝のCDでも聞いてみようかな、と思っている。

2005/10/24

赤塚不二夫のことを書いたのだ!!  

著者:武居俊樹
出版:文藝春秋
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正直言って僕は「赤塚不二夫」の良い読者ではない。
勿論、「天才バカボン」「おそ松くん」「もーれつア太郎」「ひみつのアッコちゃん」などの作品や数々のキャラクターは知っているが、どちらかと言えばそれらはアニメ経由での馴染みだ。マンガとして読んだと言えるのは「天才バカボン」くらいじゃないかな。それも熱狂したとは言いかねる。(ま、世代もあるだろうが)
それでも「赤塚不二夫」が天才であることには異論はないし、ある種尊敬の念を抱いていることは間違いない。

本作は編集者としての赤塚不二夫との関係をメインにしたものであり、時代錯誤ではあるが(僕は仕事で決してこのような付き合い方はできない)、間違いなく感動的な人間関係が描き出されている。(夢枕獏も「陰陽師」の新作のあとがきで引用しているが)「レッツラゴン」が終わるときの二人の会話は、編集者と作者の一つの「あり方」を象徴しているようで、グッと来る。「シェー教の崩壊」を描く赤塚不二夫と同志の姿もいい感じだ。

作品的には食い足りないところもある。
「赤塚不二夫」の漫画史における位置づけや、作品論はもう少し突っ込んだものが読みたかった。画力が赤塚不二夫の弱点であったようなことも触れられている(本人も自覚していた)が、そういう点も含めて作品論を展開したら面白いのに、と思ったりした。
少女雑誌に移ってからの話も面白そうだ。吉田秋生の話なんかじっくり聞きたいところだが、ま、これは別の話になるか(ちょっと出てくる当時の少女漫画の評価なんかは、個人的には興味あるところだ)。
漫画の一線から下がった後の赤塚不二夫についてサラッと触れただけなのは、正解かな。

赤塚不二夫がある「時代」と共犯関係にあった漫画家であるのは間違いない。そしてその近くで、時に一線を越えながら、その姿を見続けてきた編集者の呟きとして、本作は良く出来ていると思う。
例えそれが滅び行く文化の残照だとしても。

2005/10/23

平常運転  雑感

先週一週間の出張中、実家に戻っていた妻と息子が帰ってきた。

出産後、一緒に住むようになってからこれだけの期間を離れるのは初めてなので、出張中は何か足りないものがあるような寂しさを始終感じていたような気がする。(ま、その一方で久しぶりに「映画」なんかが観れたりもしたわけではあるが)
しかしそれも戻ってくれば相も変らぬ慌しさに引きずり込まれ、一気に「平常運転」。

ただ一歳二ヶ月の息子はさすがにこの時期は成長が早く、幾つかの点では一週間の成長を実感させるものがある。
一つは「歩き」。
相変わらず「酔っ払ったオヤジ」状態ではあるが、歩く距離は確実に長くなっているし、どこにでも行きたがるチャレンジ精神も窺がわれる。階段など、段差も確認せずに足を踏み出すので、ハラハラし通しだった。
二つ目は「喋り」。
以前も声は上げていたのだが、今回戻ってきたら、かなりの間、何かを喋り続けているのだ。判別できる言葉は殆ど(「ワンワン」「ブー」くらい?)ないのだが、「何かを喋っている」という気配はあって、何やら面白かった。

以上、「親バカ」トークだが、結局この「成長」も面倒を見る上では大変さが増すだけなんだよなぁ。最早どこに行くのか、ひと時も目が離せない状態だし、意思疎通の出来ない「お喋り」は外食の選択肢を大幅に狭めてくれる。
ま、それ以上に楽しみがあるから、別にいいんだけどね。

2005/10/22

新宿二丁目のますますほがらかな人々  

著者:新宿二丁目のほがらかな人々
出版:角川書店

「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載されているときは読むのが面倒臭くて飛ばしてしまうことも多いのだが、まとめて読むとナカナカ面白い。
要すれば、「ゲイ」という立場からの第三者意見を楽しむということかな。共感できる部分も結構あるし、参考になる意見も多い。意外にコンサバティブな意見も多いし。(ファミレスでの女の子の振る舞いの話は全く同感)
ま、ここら辺は「ゲイ」という立場よりは年代的なものかもしれんが。
オヤジ世代に突入していることを自覚している僕としては耳が痛いことも多いっす。

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2005/10/22

蝉しぐれ  映画

昨日、出張先の福岡で「蝉しぐれ」を観た。午後6時過ぎの回で、20人くらいの入り。平均年齢は40代オーヴァーで、まあ健闘しているんじゃないかな。

藤澤周平の原作は物凄く好きで(多分、藤澤周平作品ではもっとも気に入っている)、それだけに「なかなか評価はできないだろうなぁ」と思っていたのだが、最初からバーを低くした分、思っている以上に楽しめたんじゃないかと思う。
勿論、文句はある。特に「ふかわりょう」と「今田耕司」はねぇ…。起用の意図は何となく分かるのだが、もう少し手堅い役者を使っても良かったんじゃないか、と。演出全般についても、もう少し抑えた感じのほうが個人的には好みだ。

それでも例えば風景の素晴しさは作品世界を深めていたと思うし、ハイライトである前半の「坂」のシーンと、エピローグの部分にはグッと来た。暴論を承知で言えば、それだけで十分かとも(笑)。
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