2006/7/16

日本のいちばん長い日 決定版  

著者:半藤一利
出版:文春文庫
クリックすると元のサイズで表示します

戦後保守党の流れを一覧したので、その原点である「8月15日」のドラマを…という訳でもないんだけど、癖になるね、ノンフィクションは。

「8月14日」から「8月15日」にかけての日本におけるドラマチックな群像劇を描き出した本書は、既に「傑作」との評価が定着している作品と言えるんじゃないかな。随分昔に読んだのだが(その頃はまだ「大宅壮一・編」だった)、その時も「凄い」と思ったし、今回も一気に読み上げてた。歴史に対する知識や、人間に対する経験を重ねた今回の方が、読後感は深かったかもしれない。
それにしても僅か「1日」の間に、こんなドラマがあるとは!!

少し前に読んだ本に沿って言うなら、日本の「ポツダム宣言受諾」は、ヒーロー型決断を昭和天皇が下し、それを現実化するために鈴木総理が静かなリーダーシップを発揮した、と言えるかもしれない。「歴史的」観点からは、この二人の決断と行動にこそ重要な意味があるといえるだろう。
ただ本書の焦点はそこにはない。
その「決断」を受け、それを徹底することに努力するもの、覆すために足掻くもの、確たることは分からずに振り回されるもの、それらの群像が本書の中核をなしている。
その中でも重視されるのは、陸軍の「最期」を全うするために自刃する「阿南陸相」と、反乱に決起する「畑中少佐」だろう。彼らの行動に対して、著者の筆は、客観的であろうとはしながらも、情を移らせた描写を見せるときがある。筆者の立場は、組織としての「陸軍」には強い批判を持ちながら(日中戦争を泥沼化させ、太平洋戦争に突入した経緯における陸軍の役割 等)、個人としての「軍人」には共感を寄せる部分がある、というところだろうか?
正直言って、ここら辺は僕には違和感があるのだが(権力を握った者として、「軍人」にも強い責任はあるし、個人の身の処し方によってそれが免責されるわけではない)、まあそれでもここに描かれた何人かの軍人の姿の中には心を打つものもある。
「行動する」ことがその感動を生み出すのだろうか。
本当の苦悩と責任を背負った決断は、行動しなかった存在(昭和天皇)にこそあるのだろうが…。(と書くと、右翼的すぎ?笑)

本書を読むと、「ポツダム宣言の受諾」が際どいドラマだったように思える。
ただ歴史の流れの中では、これは「必然」に近いものだったのだろう。例え反乱が成功したとしても、より壊滅的な打撃があったにせよ、大筋での流れは変わりようがなかったと思う。
だが歴史の一点にあってはそのようなことは分からない。だからこそ人々は足掻き、それを後世から俯瞰するとき、本書のような哀感に満ちた作品が出来るのだと思う。
「大和」作るより、これを再映画化したらよかったのに(笑)。



この記事へのトラックバックURLはありません
トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ