2009/12/25

プチ菜園  

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目指せ!都市農園!

とりあえず プチプチ菜園順調です

チャード、カリフラワー、キャベツ、白菜、ガーリック、ハーブ類。


春になったらもうひとつプチ菜園作りたいなと思っています。

思い出すと笑えますが、この小さな菜園作るだけでも、

土が300キロ以上必要で、必死に運びました



上田さん、山本さん、島本さんいつもありがとうございます。

感謝です。


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2009/12/24

先住民トゥアレグ族  

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ベルベル人とはサハラ砂漠の先住民のことです。
彼らはモロッコ・アルジェリア・スーダン・ニジェール等で
生活を営んでいます。

ベルベルの中でも、トゥアレグ族は最も砂漠の民らしい民族と
知られています。彼らは藍で染めた青色のターバンと民族衣装
を身に着け、「青の民族」と呼ばれています。

19世紀より以前の彼らは、戦闘用ラクダに乗り、槍と皮の楯と
刀で武装し、勇猛で誇り高き戦士として近隣部族から恐れられて
きました。

20世紀初頭にはフランスに鎮圧された後は、それほど武装することは
なくなり、遊牧民として生活するようになりました。


写真はサハラで会ったトゥアレグ族の青年です。
とても澄んだ目をしていました。
旅の間にトゥアレグの方たちと何度か出会いましたが
確かに誇り高き戦士という言葉がぴったりの勇猛さの
名残が瞳の奥に存在していました。


先日公開された映画アバターの先住民の戦士達もハッとするような
鮮やかな青色でした。

今回ドバイにも立ち寄りましたが、ドバイでも1940年くらいまでは
砂漠の民達が非常に長い間素朴に生活していました。
その後石油文明の発達と共に砂漠は大都会に変身していきます。
しかし現在はドバイショックによって、途中で工事が終わり、
放置されたままの建物を沢山見かけました。
数十年たったらその建物は廃墟ビルとして存在しているのでしょう。

やはり物質ばかりを追い求める文明には限界があるように
私は思います。


先住民の知恵は奥深く、私達は彼らから学ぶことは沢山あると
思います。世界中に存在する先住民達の文化が守られることを
心から願います。

そして持続可能な循環型社会が沢山の方たちに見直されて
いくことを願います。
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2009/12/22

お知らせ  Healing

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アフリカでオーガニックなハーブティー・オイル・石鹸など
仕入れてきました。


とても品質のいいものを見つけられたので喜んでいます。

さんさんと輝く太陽の光を浴びて育ったハーブは
素晴らしいです。砂漠のオアシスでは沢山の植物が
育っていました。


salonにて販売しております。
セッション・商品などのお問い合わせは 
twinflower686@yahoo.co.jp

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2009/12/21

昨日帰国しました。  

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昨日帰国しました。ドバイでの乗り継ぎにトラブルがあり、
ドバイで延泊するはめになりました


昨日御予約頂いて方には
ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。
心からお詫び申し上げます。


今日からsalon営業します。



写真は北アフリカのベルベル人(先住民)の女性です。
目が澄んだパワフルな女性でした。
背中には大きな荷物を背負い、
沢山のロバを引き連れてました。


今回の旅ではとにかく、ベルベルの人達から沢山パワーを
もらいました。
砂漠という厳しい環境で、共に助け合い、
自然と調和しながらたくましく生活していました。
あちらの女性達はホントたくましかったです。




アフリカに足を運んでいる間にLe soleilも
2周年を迎えました。
軟弱ものな私ですが、
沢山の方の応援、サポートがあり
2周年を迎えることが出来ました。


皆様に温かく支えられて
心から感謝している次第です。
いつも本当にありがとう御座います。




今年もあともう少しですが、
今後とも宜しくお願い申し上げます。



滝川 聡美




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2009/12/9

実り  

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真っ赤に色付くビラカンサス。

植物の色はとても素敵。

朝詣りの道すがらにて。
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2009/12/9

BarcelonaのStreet  Music




Barcelonaのstreetで活躍するentribu.

hang drumとホーミー(喉笛)。

とても美しいです。
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2009/12/9

道端で・・・  Music

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泥臭さの中に澄んだ美しさがある。

美しさの中にも醜悪さ、魑魅魍魎さがある。

私は泥臭さの中に一瞬見える透き通った美しさが好きだ。

美しさの中に垣間見える醜悪さも時折美しいけれど、

ずっと見ているとやはり眉間の間に皺がよってくる。

胸も痛くなる。悲しい魔物に見える。



先日難波の高島屋の前で10人組くらいのjazzバンドを見かけた。

かなりいい感じだった。

個性的な若者達だったが、ひとりひとりがとても

輝いていた。

ひとりひとりがそれぞれ輝いていたのが印象に残っている。

名前は忘れた。

でもきっと時々ストリートで演奏しているのだろう。

また観て見たい。







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2009/12/8

お知らせ  

お知らせ

今週の金曜日、大阪市中央区のエル・おおさか(大阪府立労働センター)にて

911の真実を今

2001年9月11日に起きた アメリカ同時多発テロ。
建築の専門家によって911事件の公式説明のタブーが今明かされる!

−建築家のリチャード・ゲイジ氏・きくちゆみ氏の
講演会があります。

時間は1900から2100まで。開場は1830からです。

主催 ハーモニクスライフセンター
http://www.harmonicslife.net/


週末からアフリカに行くので結構バタバタしてます。
何とか時間を作って私も顔を出そうと思っています。
見かけたら声掛けて下さい。








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2009/12/4

恨みと復讐  

先日、タランティーノの新作映画イングロリアスバスターズを観てきた。



痛快お笑いドタバタ映画を勝手にイメージしてたのであるが、全くイメージどおりではなかった。



タランティーノはこんなにマジな映画も創りあげるんだ!と驚きだった。かなりの真面目な映画であった。



第二次世界大戦の頃、ナチスに殺戮や犠牲を強いられてきたユダヤ人達がナチスに対して、フランスの土地で復讐していくというストーリー。



ブラピ率いるユダヤ人のバスターズは復讐の為ナチスの人間達に対して非情なままに容赦なく徹底的に殺すことを計画し実行していく。自分達の民族を殺戮された復讐のために。タランティーノらしいというか、殺しのシーンはかなりエグかった。
私は痛いシーンは大嫌いなので、顔を手で覆い、あーだの、うーだの、きゃーだの声を出しながら指の隙間から見続ける始末。痛いシーンを観ると足の裏がキュっとなる。痛いのは嫌いだ。



バスターズの計画が簡単に遂行出来る訳ではなく、やはり色んなハプニングが起こる。途中ブラピのお茶目なシーンは会場で笑いが渦巻いていた。ほんの少しだけイタリア語を話せるユダヤ人のブラピがイタリア人になりすまし、ナチスが集まる集会に強引に潜り込もうとするのだが、、会場入り口ですぐに実はイタリア語堪能であったナチスの総督にバレてしまう。逆にイタリア語で話しかけられるが話が続かない。お茶目である。こういうのはタランティーノらしい。。





この映画を観るためにアメリカでかなりのユダヤ人が映画館に足を運んだそうである。年輩のユダヤ人が最後にブラボー!と叫んだりということもあったそうだ・・・




やはり民族的殺戮の恨みが根強く残ってるんだなと思った。



巷で流行ってるお手軽スピリチュアルでは、簡単に『許し』という言葉を使うが、自分の家族が殺されたら許すのに一体どれくらい時間がかかるのだろう。。仕返ししても意味がないのは頭ではわかっていても、復讐したい気持ちはやはり出てくるには間違いない。殺したい気持ちすら出てくると思う。傷ついたハートを癒すのに何年も何年も、死ぬまでかかっても何らおかしくない。




極限の体験を癒したり、恨みや復讐の負の連鎖を終わらせるのには、最後はやはり信仰というか、祈りしかないような気がする。




宗教が素晴らしいと言いたいのではなく、何か人間を超えた、この世から離れた超越的な存在が心の拠り所として人には必要だと言うこと。その存在と対話することにより、破壊的な怒りが少しでも鎮まり、負の連鎖を終わらせ、起こったことの意味を深め、自分自身の存在の意味をも深めていくことは不可能ではないと思う。




ちなみにタランティーノの母親はチェロキー系のネイティブアメリカン、父親はイタリア系でユダヤ人の血は入ってないらしい。


大虐殺されたネイティブアメリカンと大虐殺されたユダヤ人を重ね合わせてタランティーノが心の中でどう感じたのかは私にはわからない。




恨みや復讐等の負の連鎖はあくまでも映画や娯楽の世界だけ発散し、実際には続いてほしくないと願うばかりである。




負の連鎖は血や悲しみや虚しさが残るだけである。




もしもアトミックボンバーズ??というようなタイトルで、日本が某国に原爆を落としかえす映画でも公開されたらどうなるのだろう。
日本人の被爆者、戦争体験者は観て発散されるのだろうか?




いろいろ考えさせられる映画であった。
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2009/12/4

ひとりごと 続き  

祖父が手術した。
祖父は現在88歳。
自他共に認める健康な老人で軽症の糖尿はあったが、数値も落ち着き、大きな病気とは無縁の人であった。薬用酒なども自分で漬け込み、毎日200回の スクワット、200回の腕振り体操、一時間の散歩等88歳とは思えないような離れ業の日課をこなしていたのである。

が、祖父の健康神話はガタガタと音を立てるように崩れていった。胃ガンと診断された。



親戚中が大騒ぎになった。切るのには皆大反対だった。私も断固絶対反対だった。本人も切るのは嫌がっていた。が、祖母の意思によってこの意見がひっくり返されていくのである。



先日のブログで、1人の人を愛し続けるというひとりごとを投稿し、達成出来た人はいないと発言したが撤回したい。身近にその偉業を成し遂げようとする人物がいたのを見落としていた。祖母である。灯台もと暗しとはまさにこのことである。母と投稿した記事のことを話していたら『あんた、1人いてるやろ!おばあちゃんが。』と冷たく言い放たれてしまった。怖い。機嫌が悪い時に話しかけたからである。母も祖父が病気で情緒不安定気味である。



祖母は現在82歳、それなりにお嬢様として不自由なく育った。
十代の時から祖父と結婚することはまわりから決められていてた。結婚してごく普通の専業主婦として祖父を支えながら私の母を含め3人の子供を育てた。一時、在宅で化粧品販売の仕事などしていたが、人が善すぎるために、おまけばかりして全くビジネスにならなくて、すぐに辞めた。売れ残りの化粧品は母達に使われていた。
手芸にはまりこむ癖があり、家事が終わって夜中にアートフラワーや人形づくりなどしていたのを私も記憶している。はまりこみかたが少し異常で押し入れに莫大な手芸材料があったのを記憶している。
愛情いっぱいで育てられたせいか、あまり人を疑うことを知らない。昔は出掛けたらどこかで何か買わされて帰ってきていた。すぐに信じて買うからである。
優しく愛想よくいつも人に囲まれてる人である。




その祖母の祖父への純粋な愛の一面がより発揮されるのは祖母が65歳になってから。
65歳から外に出て勤め出すのである。理由は、、祖父に今まで養ってもらってきた。。でもこれからは迷惑かけたくないと。別にお金に困っている訳ではなかった。外の世界に出てみたいと少しは希望があったのかもしれないが。



それから17年、祖母は働き続けていた。
働きながら家事をこなし、祖父への愛情を降り注いでいた。骨粗鬆症で足を骨折しても働きに出た。
結局無理がたたって途中入院しないといけなくなったが。退院してからも働き続けた。
女は強い。ましてや戦争経験者は強いと回りは言い続けた。私も祖母を見てそう思った。



そんな祖母が祖父が胃ガンと診断され、ガタガタに弱り出すが、不安や悲しみを抱えながらも希望を持って手術を決断するのである。まわりの手術反対意見をたった1人でひっくり返していくのである。


続く。

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