将棋無双 第100番
『将棋無双』の棹尾を飾る本題は、まことに複雑怪奇。
手数が163手もかかり、変化が迷路のように長く、どこで詰むのか、どこで間違ったのか判らぬという、まさに「詰むや詰まざるや」の一局である。
17手目、7三龍の局面から始まって、玉はAコース、Bコース〜Eコースを順に1回ずつ逃げ廻り、最後に右上隅に追い込まれて詰みになる、巨大な龍の追い廻し図式である。
Aコース=74玉−85−95−83−74
Bコース=74玉−65−56−47−38−27−36−45−34−43−52−63−74
Cコース=74玉−65−56−47−58−67−76−85−94−83−74
Dコース=74玉−65−56−47−58−69−78−87−76−85−94−83−74
Eコース=74玉−65−56−45−54−43−52−63−74
逆コース=65玉−74−63−52−43−34−45−56−65
詰方の狙いは、玉をEコースの方に追い込んで、1回転ごとに盤面の4一歩と2二歩を持駒に入手して、最後に4四歩から4二角成の手順で、収束に持っていことである。
玉方は、それに抵抗して、Aコース、Bコース・・を逃げ回りながら手数伸ばしを図るが、順々に各コースを封鎖され、最後にEコースに追い込まれていくという構成である。
まずAコース。玉はB・Cコースの方に出たくないので、ここで頑張ってみるのであるが、1回目に9六とを消された後、2回目で7七歩を消してしまわれると、次には6八角引の手で詰められるので、このコースは2回で終り、やむをえず玉はBコースに逃げてみるが、3七銀(邪魔駒)を捌き捨てられると、このコースも1回だけで封鎖。
それではと、玉は次にCコースに逃げてみるが、6七歩(邪魔駒)が消え去ると、次の回は5九歩と打たれる手ができて、玉はやむをえずDコースへ。
このコースも5九歩のため次に入ることができず、いやいやながら玉は残ったEコースに追い込まれていく(3七銀と6七歩が邪魔駒とは意外な構成である)。
Eコースでは、1回目は2二歩をはがし、次に4四歩、同金、4二角成で回転追い廻しは終りをつげ、4四龍以下約40手もかかる収束となる。
ところで、玉が逃げ回るコースABCDEの順序は問題である。
ACDコースは、駒の損得がなく、単に手数を引き伸ばすための逃げ道なので、逃げ込んでも省略しても本質的には差異がない。このためコース順の限定は創作上至難である。
結論をいうと、コースの順序は一部限定されているが、或る部分は限定されていない。Aコースは、Bの後でも良いがCの後では駄目である(Cコースで7七歩を消されるため、Aコースが廻れなくなる)。
Bコースは、Cの後でも良いがDの後では駄目である(5九歩を打たれた形ではBコースの途中から逆追い廻しが成立して、早く詰められる)。
Eコースは、CおよびDより先でも良いが、Bより先だと早詰がある(Eコースの4六龍の手で3六龍以下逆追い廻しが成立)。
本手順はABCDEの順であるが、玉方の逃げ方の選択で、ABCED、ABECD、ACBDE、ACBED、BACDE、BACED、BAECD、BEACD、以上九通りの逃げ方は、いずれも同手数で詰む(欠点)。
本局のように長手数を達成するのに不規則コースで玉を追い回す作品は、他に久留島喜内の『将棋妙案』第78番123手詰の例があるのみで、絶大な創作力が要求される作品である。
本書第75番の225手詰に手数は及ばないが、内容は遥かに力のこもった難局である。後に看寿の611手詰で発見されたような手数稼ぎの効率の良い手法も長手数の先例もなかった当時、超大作を作るための難行苦行をした跡が偲ばれる。
第75番と云い、本局と云い、当時までの創作レベルから見るなら驚異的な達成であり、粒々辛苦の結晶であろう。

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