2015/5/16

指の骨折3  骨折

あの子はイケメン君1号っていうのよ〜
という同室のオバサマの言葉にも表面上は「そうなんですか〜」
と平常を装うアタクシ。で心では
ヨッシャー!

1号君は入院の為の手続きや手術を受けるまでの流れや、その他色々なことを優しく説明。
アタクシもルンルン

パジャマに着替え少しすると昼食です。
献立は忘れましたが、味は結構美味しい・・食器がもう少し何とかなってればいいんだけど。
そして
量が少ない!
米飯が多い!おかずが少ない!


食事を終え、シャワーを使いたいとお願いして、髪の毛までしっかり洗ってさっぱり。

シャワーといっても大変ですよ!まず右手は一切使えない。水に濡れないように腕を高く上げ左手だけで洗ったり、身体を拭いたり、頭を拭いたり、ドライヤーを使ったり、下着着たりパジャマ着たり・・顔洗うのも、歯を磨くのも何をするにも左手だけ。
字を書くのも左手、お箸持つのも左手(箸は簡単に使えた)


そのあとは麻酔科の説明があり、あとはタイガーが来たら主治医A先生の説明があるだけ。

ベッドに落ち着くと点滴がやってきました。
手術は全身麻酔の為、翌日の夕方まで何も食べることが出来ないので栄養と水分補給です。

女性の看護師さんが針を刺す・・出来ない・・出来ない
次にインターンみたいな先生が来て針を刺す・・出来ない・・出来ない
A先生やってきて針を刺す・・一発でOK!

手は痛くないし、身体も元気。
ベッドの上でな〜んにもやることないので本を読む。
同室のオバサマ2人も良い方。
いろいろ話しかけられて本が読めない(笑)
でも気が紛れます。

タイガーやってきた。
一緒にA先生の説明を受けに行き、手術の説明、そのあとに予想される症状等のお話。

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痛いんだって!いつまでもいつまでも痛いんだって!

今日は21日、手術は22日、退院はたぶん23日。
24日はどうしても聴きたいコンサートがみなとみらいである。
そこで
私「24日にコンサート行きたいのですがいいですか?」
A先生「いいですよ〜なんのコンサート?」
私「オーケストラとヴァイオリンです」
A先生「いいですね!行っても大丈夫ですよ!」



コンサートは行きましたが、退院は24日コンサートの当日になり、そして思ってもみなかった試練が待っていたのでした。


・・・・・つづく
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2015/5/14

指の骨折2  骨折

先生「こうなったら完全に治しましょう!」

この日は手首から先を固定して教室に戻りました。
レッスンは夜の8時まででしたのでちゃんと仕事しましたよ

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そして頭の中を駆け巡っていたのは・・・
しばらくは左手の練習かあ〜12月のクリスマス会はたぶんダメか。来年3月の浅野先生の発表会もどうしようかな〜自分の教室の発表会は大丈夫かな・・
さっそく左手のための曲を探すことにしました。
この時は、もっと簡単に治ると思っていましたから・・

週が明けての月曜日、精密検査を受け診察室へ。
担当の先生と、年配の偉そうな先生がいらして私の写真を見て何か言ってます。

「やはり小指は壊滅的なので手術が必要です。脱臼骨折の部分はアンカーを打って留めます。問題なのは根元の骨折ですが、骨の向きも変わってしまっているので、骨を叩いて向きを整えてからアンカーを打っていきます。外からも針金で留めます。その他の指は手術しちゃうと動かなくなる。小指は手術するしかないです。」

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なんか思っていたより大ごとっぽい。
手術日は水曜日木曜日なのですが、いっぱいらしい。
でも大先生の一言で、翌々日の水曜日の夕方に入れてくれました。
その日だけでも担当の先生は3つの手術が入っていました。

帰ってから生徒さんにレッスンお休みの連絡や、お友達とのお食事会のキャンセルや、入院の準備やらでバタバタ。

でもまだ大したことないだろうとこの時も気軽に考えていました。

翌日の火曜日、入院のために病院に行きました。
この日はタイガー父の目の手術日でもあったため、タイガーは父の方に行かせ、一緒に来ると言っている母も断り一人で行きました。(母が一緒だとかえって気を遣う)

病室に案内され、直ぐに担当看護師が来ました。

「おはようございます。担当看護師のKです。」


ドッヒャー!
超〜〜〜カッチョイイ!


なんと看護師は若い男の子で超ハンサム
あとで同室の方から聞いたのは、彼のあだ名は
イケメン君1号

ちょっと楽しくなっちゃった・・・

・・・・・つづく


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2015/5/9

指の骨折1  骨折

10/17の怪我について、私自身の記録を兼ねて書こうと思います。

オジンがぶつかってきて自転車ごと倒れた私に、オジンは駆け寄り「大丈夫ですか?」

私は特別痛いところもなく起き上がろうとして何気なく右手を見ました。
・・・小指が逆を(腕側)向いていた。
ピアノ弾けないかも・・・一瞬思いました。
血の毛が引きましたが、逆を向いた指を咄嗟に左手で元の位置に直しました。
手を離すと小指は逆を向きます。

私はオジンに「私の仕事はピアノを弾く事です。救急車を呼んでください。」

この言葉にオジンはビビったのでしょうね〜逃げました。

すぐ近くに交番があり、ティファニーを抱っこして指を押さえたまま行きました。
お巡りさんは直ぐに救急車を呼んでくれましたが、近くの救急車は全部出払っていて、田園調布から来るからしばらく待ってくれということに。

私は、ティファニーをいったん自宅に連れて行き、母に家に来てもらうように電話して交番に戻りました。

救急車は来ていませんが、救急隊の方と事故係の警官が数名いらしていました。
聞き取りが始まり、逃げた男の様子や事故の状況を説明。
同時に救急隊の方は怪我の状態や、他に怪我が無いかなどを調べてくれました。

その結果、たとえオジンがどんなに悪くても私が自転車にまたがっていた時点で私の方が悪くなる。逃げるような卑怯な男だから、見つかっても開き直られたり自分も捻挫した等言われたら、私がお金を払わなければならない。裁判になったらもっと大変。
したがって、悔しいかもしれないけどこのままただの転倒事故にした方がいいと思う。


と、事故係の警官に言われました。

救急車が到着して希望の病院を聞かれ、
私「東京労災病院にお願いします。」

病院も直ぐに受け入れてくれ向かいました。
救急車の中では救急隊の方が本当に力強く励ましてくださり、おかげで気丈にいられましたが、小指の付け根を触ったら骨が無い・・・骨が感じられないのです。
その時に改めてああ〜骨折してるんだな〜と。
他の指も腫れてきました。
この時は捻挫だと思っていましたが・・・。

見る見る間に右手はボンボンに腫れてきました。
労災病院までは10分くらいで到着。

直ぐにレントゲン。
処置室に呼ばれ先生がレントゲンを見ている。
救急隊の方が「こちらの方はピアニストです。」と言ってくださいました。
すると先生は・・はっきりと覚えていますが
「ピアノ・・・この写真で見る限り、小指は一番悪いところが2ケ所折れています。
このまま普通の治療ではピアノは弾けなくなります。
治っても手を開くと小指は逆を向き、手を閉じると小指は内側に入ってしまいます。
親指以外全て折れています。
この病院には手の外科の専門医が他にもいますので、その先生方と相談して治療をします。手術が必要です。ただリハビリが本当に大変ですが出来ますね?」


このような事を言われました。
もちろん私は「ピアノが弾けるならなんでもします!先生お願いします。」
先生「こうなったら完全に治しましょう!」


となったのです。・・・つづく


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2015/4/27

blog再開いたします!  骨折

みなさま、お久しぶりでございます!
blogを再開する事にいたしました。
更新にとらわれることなく、マイペースで書いていこうと思いますので、また皆様にいらして頂だけたらとても嬉しいです。

先週、いえ、正しくはいであさんと飲みに行った4/16。

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ふっ、とブログを再開しようか・・・と思ったのです。
いであさんに「blogやらないの?」と聞かれた時は「やらない」と答えたのですが、同時に「はっっ」ともしたのでした。

最後の記事から数日後私はご存じの通り大怪我をしました。
よそ見をしていた歩行者がぶつかってきたのです。
私は自転車に乗っていましたが、ほぼ停まっている状態でした。
その人は逃げてしまいましたが、自転車にまたがっていた私の方が悪いので、結果的には逃げてくれてよかったのです。
右手2.3.4.5の指4本、5か所骨折したのです。
ピアノ弾きとしては致命的でした。
運ばれた労災病院の先生からも、小指は壊滅的と言われました。
でも、でもたまたま手の外科専門医だった先生は「これから大変だけど、完全に治しましょう!」とおっしゃって下さり、その言葉が今現在も私の支えです。

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今回の怪我で、私の内外は大きく変化したのです。

さて、骨折から今までの事は追々書きますが、
今日は近況です。

怪我以来、左手でティファニーが入ったバッグを持ちバスに乗って教室に行き来していました。
しかし先週から自転車で教室まで来ることにしました。と言っても乗ってくるわけではありません。
まだハンドルグリップは握れないし怖い。
ティファニーを籠に入れ牽いて歩いてくる。

理由は2つ。
・左手(左腕)にかかる負担で、肩の関節に炎症が起き、寝返りがうてないほど痛い。ひどい時は眠れない。
・依然、右手の筋肉が弱く、手のリハビリに加え身体にも筋肉をつけないとダメだ!とリハビリ科の先生に言われた。

私もそれは考えていたのです。
だから、ワンダーコアも始め(笑)、朝晩、平和島と大森を(片道約20分)歩くことにしました。

昨年の10月17日に怪我をしてから半年が経ちました。
今ではピアノも一見普通に弾けるようになりました。
普通の主婦なら、リハビリも卒業らしいです。

でも、ピアノ弾きのピアノにはまだまだ遠い。
150日のリハビリ期間は過ぎてしまいましたが、先日延長されました。
今の段階では本来の40%の回復だからです。

23日に浅野先生のレッスンに行ってきました。
練習している曲はピアソラ:アディオス・ノニーノ
浅野先生は、ピアノを弾く私をとても喜んでくれましたが、
でも実感した・・・先生の要求する事がほとんど出来ない。
明らかに怪我のせいで出来ない。

先生もお解りになってらっしゃるので指導も難しいと思います。
「できるようになったら」という言葉無しには進まないのです。

力が入らない、すばやく指を動かせない、開かない・・
・・・こういうことかと、あらためて思い知ったのです。

そこを思うと正直簡単に泣く事ができます。
だから考えない。
ひたすら練習する。

あの怪我と手術を考えるとすごい回復だと思う。
整形外科、リハビリ、作業療法士、それぞれの先生方に恵まれここまで来れました。
整形外科の先生は心の支えでもあります。
「完全に治しましょう!」この言葉が全てです。
だから頑張れる!

そして何よりもお友達の皆さんの励ましが無ければその力は湧いてこなかったでしょう!


本当に心から感謝しています。
有難うございました。
これからも仲良くしてください。

またこのブログに来てくださいね!

宜しくお願い致します
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